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今年もOB会

 今年もじいばあ園のOB会をしました。
 
 じいばあ園に開園当初、またはそのころに就職した人で、じいばあ園を退職した人です。
 
 昭和60年(1985)に開園して以来、まだじいばあ園で現役で働いている人が2人います。
 その2人はもう27年も連続勤務ということです。
 
 幹事は勝手にひろ子さんと私がやりました。
 場所は近所の食堂の二階です
 (大きな声では言えませんが、妻の実家です。参加者はそのことをほとんど知りません。結婚当時は食堂ではありませんでした。)
 6月2日、土曜日でした。
 土曜日ですが、退職して別の職場で働いていても、介護関係の職場の場合が多いので、土曜日でも休みでない人もいるので、午後6時からにしました。
 
イメージ 1
真ん中の女の子(当時)はちょっと以前より丸みを帯びました。右は元園長
 
 
イメージ 2
 元事務長(89歳)と調理員の2人
 事務長の変わらぬお元気さに一同びっくりでした。
 
 事務長が持っているのは、私が持参したじいばあ園時代のアルバム。
 7冊持っていきました。 ある女の子に言われました。「あのころ、あおぞらさんは写真をたくさん買ってましたね」と。
  退職してからゆっくり楽しもうとたくさん買ってました。
 
 
 
イメージ 3
              看護婦、栄養士、寮母
 
イメージ 4
                寮母 左がゆう寮母
   ゆう寮母ももう50歳、あの子がねえ、と思うと笑っちゃいます。
 
イメージ 5
           ↑幹事          参加者ほぼ全員     幹事席↑
  懐かしいアルバムを見ている人もいます。
 
  幹事を勝手に2年やりましたので、次回は寮母2人、寮母以外1人の3人の幹事にお願いすることにしました。
 この場で決めてもらいたいと提案しました。
 数秒で自薦の3人が決まりました。年だからということで、年長の人でした。
 話は弾み、9時過ぎてしまいました。
 
     今日もおいでいただき、ありがとうございます。
 
    (席はくじで決めたのですが、隣りが当時気に入りだった女の子だったのでにっこりでした。)
 
 今朝、朝のドラマ・カーネーションで病院でのファッションショーの
シーンがありました。
 
 
 
 私が勤務していた特養ホーム(仮称じいばあ園)でもファッションショーと称するものを開いたことがありました。
 平成9(1997)年11月のことです。
 
 このことは「特養の勤務シリーズ114」ですでに1度このブログで掲載済みです。
 
 今日はその焼き直しです。
 
 じいばあ園では毎年文化祭を行っていました。
 入居者、近隣住民のかた、職員の作品を展示してました。
 
 私に文化祭の実行委員長の役が回ってきたときに、ファッションショーを提案しました。
 実行委員全員がそれは面白いと賛成してくれました。
 要は、入居者が着てみたいという服装をしてモデルになってもらうということです。
 実行委員が手分けして理由を話して希望を聞きました。
 
 私が当たった95歳の女性、「なにがいいかな」というので、ウェディングドレスを勧めてみました。
 「1度着てみたかったんだ」ということでした。
 
 「元気なころに来ていた作業服」という人や、「セーラー服」をと、色いろな希望が出てきました。
 この服装の調達係もよく希望に沿った衣装を準備したものと驚きました。
 
イメージ 1
                          大勢の観客(入居者)
 
                
イメージ 2
ここ、中央がモデルが出てくるところ
 
                  全員が揃ったところで、記念撮影
            (出演中の写真がありませんでした)
    後列の介添え役の介護員もそれなりの服装をしました。
     野球姿。袴を履いた大正時代の女学生。割烹着姿。
            セーラー服。学生服、花婿姿。
 
 
イメージ 4
牧師役の園長は様になってるでしょ。
 
 
 
イメージ 5
1度ウェディングドレスを着てみたかったという95歳の女性
 
イメージ 6
理事長と
 
イメージ 7
85歳の花嫁
 
イメージ 8
私が退職後、100歳を越す天寿を全うしました。
 
 
イメージ 9
おしゃれをして
どう?この姿。
写真を一緒に撮りましょうと誘われました。
 
 
イメージ 10
手ぬぐいをかぶって
 
 
イメージ 3
あこがれだった学生服を着て
 
 
 
95歳の花嫁には「もう着ることはことはないだろうと思っていた
ウェディングドレスというものを、この年で着ることができた。
とても嬉しかった」
と 何度も感謝の言葉を頂きました。
 
出演の入居者には大変喜ばれました。
この企画は大成功だったと自画自賛しています。
 
今日もおいでいただき、ありがとうございます。
 
 
まりちゃん、ヒロさん、えどっちさん、前回コメントありがとうございます。

○じいばあ園OB会

   第1回じいばあ園 第1期生OB会を開きました。
      第1期生とは開園時の職員です。
 
 
イメージ 1
 
 じいばあ園の園長を26年勤めた園長が退職しました。
 同時に26年勤務して退職した女性が園長が辞めたのを機会にOB会をやりたいと相談を持ってきました。

 特に異存もないし、前々から退職したらやりたいと言われてました。
 該当者19人のうち15人が参加しました。
 まだ3人が現役でじいばあ園で働いています。(非該当者)
 
 言い出しっぺの女性が進行役をしました。
 あおぞらは発起人として挨拶と言いましょうか、開園当時の話を少ししました。
 寮母(寮夫)は全員未経験者が採用されました。
 これはなまじ経験者を採用するとその経験者にみんな引きずられてし
まって、その人の色に染まってしまう。
 そのようなことがないように全員未経験者を採用したと思う、と言いました。

 1週間、他施設で研修を受けて開園を迎えました。
 初日は5名の入所でした。第1号の入所者は典型的なアルツハイマー型の認知症の女性でした。

 園では、我々を慣らすように追々入所者を増やしていきました。
 
 我々は意気に燃えていましたので、勤務明けには寄り合ってこうしたらいい、ああしたらいい。
 あの人はこのようにしたい、とか毎日話し合いました。
 じいばあ園を作っていくいう情熱がありました。
 というような話をしましした。
 
 園長は遅れて(事前に連絡はありました)、あおぞらの話が終わってから、到着しました。
 園長のからお話をとなりましたが、はからずも、あおぞらと同じ未経験者を採用した理由を話しました。
 
 言い出しっぺの女性がじいばあ園の古い写真を持ってきました。
 みんな懐かしく眺め、話に弾みが付きました。
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 左手前が言いだしっぺ。右手前が「鬼瓦のような顔」の事務長です。 
 
1年に1回くらいはやってもらいたいという話でしたので、
来年もやることになるでしょう。
 
 
        今日もおいでいただき、ありがとうございます。
  今日は このブログを 始めてから1,000 日目かと思います。
特養の勤務シリーズ179 
   このシリーズを終るに当たって(2)
 
 じいばあ園は平成5年に104床に増床されました。
 増床前は、介護職員の男性が増えてはいましたが、まだまだ少数派でした。
 増床に伴い、職員も増員されました。専門学校の卒業生を主として男子5名、女子5名の10名
でした。
 新人が男性半分でしたので、男性の比率は上がりました。
 入居者と同様に男性1に女性2の1対2の割合になりました。
 
 多分ですが、これだけ男性介護員の比率が高い施設は当時は珍しかったのではないでしょうか

 
 あおぞらは44歳から61歳までの17年間介護の仕事をしました。
 
 その間に介護福祉士の資格を取得しました。
 第2回目の試験に合格しました。
 第1回目も受けたんですが、筆記は合格したんですが、実技で落ちたんですよ。
 実技は実際に人間を相手に介護技術を試験されます。
 いつもはご老人を相手にしてますが、試験では若い女の子に着脱だなんて、やりにくいですよね。
 
 
 介護福祉士の現任研修に出席したのがきっかけで、県の介護福祉士会の準備を進め、平成4年に設立することとなり、設立後は会長に就任しました。

 翌5年7月、当時の厚生省から介護福祉士会が出来たところや準備しているところに集まるようにと声が掛かりました。
 そこに20数人集まりました。
 設立の問題点や今後の方針などのヒヤリングがありました。
 
 その日、厚生省側から 「折角皆さんが集まったのだから、全国組織を作ったら」、という提案がありました。
 ヒヤリングは名目で、この提案が眼目だったかもしれません。

 まだまだ介護福祉士会は未組織でした。
 その時点で都道府県単位で会が出来ていたのは、両手で間に合うほどでした。
 
 呼びかけを受けて、準備委員会を設立することになりました。
 設立準備委員はお互い知らないどうしですから、選びようがありません。
 厚生省側から各ブロックの設立委員が指名されました。
 あおぞらは北海道・東北ブロックからの委員とされました。
 北海道・東北からは2人しか出席してなかったし、もう1人のほうは会員数がぐっと少なかっ
たんです。
 
 6人の設立準備委員が8月から毎月東京に集まり協議しました。
 東京の人は居ないので、厚生省の方で場所を準備し、また出席してアドバイスしてくれました

 集合場所が毎月異なったので、お陰で東京の地下鉄に乗れるようになりました。
 協議を重ねて、翌平成6年2月12日に日本介護福祉士会の設立総会が行なわれました。
 この日は東京が大雪の日でした。
 
  設立総会は各県の代議員数を決めて、代議員による総会としました。
 息子も県の代議員として出席したことはいつか、書きましたね。
 男同士の親子介護福祉士は珍しかったと思います。
 その息子は今でもじいばあ園で介護の仕事をしています。
 
 総会では、あおぞらは5人の副会長の1人に選任されました。
 介護福祉士会の設立の目的は、介護福祉士の資質の向上、職業倫理の向上、社会的地位の向上が大きな目標と思っています。
 
 当時はまだまだ未設置の県が多かったので、各県の設立援助をどうするか苦労しました。
 発足時の会員は7,000人くらいだったでしょうか。

 現在は全都道府県に会も出来、社団法人にもなりました。
 
 

 あおぞらはじいばあ園でちょうど300人の入居者とお付き合いしました。
 思い出の多い人、少ない人様々です。
 極端な人は入所して翌日入院して、入院長期となり、そのまま退所となった人も居ました。
 
 

 開園の翌月(1985年5月)に入所してまだお元気な人も居ます。
 その人には今でもあおぞらは時折面会に伺ってます。
 花が好きなので、庭に咲いた花を持って行くと喜んでくれます。
 もう入所から25年にもなるんですね。
 
 様々な思い出を179回にわたって綴りました。
 勤務年数17年と数字が合ったところで、幕とします。
 
 長い間、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
 
特養の勤務シリーズ178
           終りに当たって(1)
 
 長い間、お付き合いいただきましてありがとうございました。
 特養の勤務シリーズを終了します。
 
 このシリーズは昨年の3月1日に始まりました。
 
 あおぞらは昭和60(1985)年4月1日に開園したじいばあ園に開園と同時に介護の仕事を始めました。

 職員全員(事務員、調理員、看護婦含む)が隣町の特養で1週間、介護の研修を受けました。
 3月に3班に分かれて、1週間その施設に泊り込みで、事務員、調理員、看護婦も介護の実習をしました。
 帰るときは排便記録票、寮母日誌、色々な記録用紙を見本に貰いました。
 このような用紙を確保することから、仕事が始まったんです。
 
 現在はパソコン使用の時代になりました。
 
 じいばあ園では全員が介護の未経験者でした。
 福祉の大学を卒業した人は居ましたが、それも研修だけの経験です。
 採用試験には定員の2倍ほどの応募があったとのことです。
 1次の筆記試験と2次の面接、作文がありました。
 経験者も含まれていたかもしれませんが、採用されたのは施設介護の未経験者だけでした。
 
 園長の狙いは、なまじ経験者を採用すると、その経験者に引きずられて、その人の色に染まってしまう虞があるので、それを避けたい、
ということだったと思います。

 じいばあ園は開所当時入所者は50人の定員でした。
 初日の入所者は5人でした。すこしずつ入所者を増やして、職員に徐々に介護を勉強させようをいうことなのでしょう。
 少しずつ入所者が増えていきました。

 我々介護側は毎日あれはこうしよう、あの人はこういう処遇が良いのではないかと、業務終了後喫茶店などに集まり話し合いました。
 よし、と なれば「じゃあやってみよう」、となりました。
 そんなことが毎日のように続きました。
 娘のような年齢の子と一緒に議論しました。
 
 行事もこんな行事、あんな行事を他施設を参考に増やしていきました。

 個人の好みも異なりますので、生きがいにもとクラブも増えていきました。
 私達の仕事はドンドン増えました。
 いえ、自分達で増やしたのですね。
 いいこと、となるとまずやってみようと色々なものを増やしました。

 みんな意気に燃えていました。
 
 その1つとして、文集も作るようになりました。
 あおぞらは第2集から第14集まで13年間編集長として製作に関わりました。
 
 新聞形式で入所者を紹介することはどの施設でも行なわれますが、きちんと冊子で入居者の生活聞き取り集を作った施設は少ないのではないかと思います。
 
 この文集はこのシリーズの初めのほうに紹介したゆう寮母の発案でした。
 第1集は印刷も園の印刷機で印刷し、みんなで折って袋とじでホッチキスで綴じました。
 第2集は折るところまで寮母がやって、製本は印刷屋さんにやってもらいました。
 第3集からは印刷まで園でやって、その後の作業は印刷屋さんにお願いしました。
 表紙は寮母が入居者の似顔絵を描いてもので通しました。
 ただ、14集のうち2集は入居者から昔話や地元のわらべ歌などを聞き取り、伝承編を作りました。
 
  その入所者の生活歴や考え方を知り、処遇に生かそうという面もあります。
 大きな行事も新年会(酒あり)、運動会、夏祭り、敬老会、文化祭、クリスマス・忘年会を行ないました。
 各月には誕生会を行い、季節には節分、お雛様、お花見、温泉旅行、外出デー、様々やりました。
 また、色々な方が入所していました。
 
 その思い出を177回にわたり綴り、紹介してきました。
 
  今日もおいでいただき、ありがとうございます。

  明日は終りに当たって(2)です。
  それで終了になります。
 
 
 

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