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特養の勤務シリーズ 147 入居者の言葉、色々
① 短期入所の女性。 痴呆は入っていなかった。 「お商売も、お愛想が大変ですね」 と言われた。
別に愛想笑いをしたわけではないんです。
仕事として にこやかに きちんとやっただけなんです。
② 寝たきりの女性。
「私はいつまで、こうしていればいいの」 いつまで、寝たきりの状態で、生きていればいいの、ということです。 返事が出来ませんでした。 ③ 寝たきりで、寝返りもできないが、痴呆は入っていない女性。 90歳を越していました。
「命と言うものは、神様からの預かり物だから、神様から返せって
言われるまで、大事に預かっていなければ成らない」
これを聞いてからは、②のような問いには これを受け売りしました。 ④ 半身不随で、寝たきりの女性
「私は何の罰が当たって、こんなになってしまったの」 半身不随の女性、右手で 自分の不随の左手を 叩きます。
そして、「さっぱり、役に立たないんだから」 と。 「そんなこと、いうものじゃありませんよ。 今まで、もう十分に働いて
きたんですから。休ませてあげたら」 と言うと、「だって」 と腹立たしげ
でした。
彼女は勝気なので、悔しいのでしょう。 (でもねえ。「役に立たない」と言ったら、自分自身はどうなの?)
⑤ 車椅子自力走行から寝たきりになった男性。
当時90歳ほどだった。
「オレは 120歳まで生きるんだ」 そんな状態でも 意気込みは 素晴らしい。 でも、段々痴呆が入り、 「息子が死んだ」 と言うようになりまた。 「三途の川から呼び戻してあげる」 と言って、息子さんに連絡して面 会に来て貰いました。
何度かそんなことがありました。 面会に来てもらいための方便を弄する能力がなくなってからのこと で、「死んだ」 というのは妄想だったんでしょう。。 ⑥ (聞いた話) 「ドラッグってなに?」
痴呆が中程度の女性を連れて、買い物デーに行ったときのこと。 彼女はスーパーの 「DRUG」 の看板を見て、そう言ったそうです。
付き添いの寮母は驚いたそうです。 読めるんだあ、と。 彼女は当時、既に90歳ほどでしたが、女子大を出ていたそうです。
当地では、この歳の女性が女子大を出るのは 極めて稀なことです。
勉強が出来ることのほかに、親の理解や家庭の経済事情にも 大き
く左右されます。
私も薬と言えば 「medicine」 でした。 「drug」 は学生時代は知りま
せんでした。
⑦ 「ありがたくない!」 痴呆が中重度の女性。お尻で擦って進みます。 何かをしてあげると、「ありがたくない!」 と言います。 「ありがとう」 と言わなくてもいいのです。 でも、わざわざ 「ありがたくない」 と言わなくても良いと思うんですが。 この特養の 勤務 シリーズは 昭和 60年からの ものです 。 用語は 当時のものを 使用しています 。 私は既に 退職しています 。 お読みいただき、 ありがとうございます 。
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特別養護老人ホーム
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特養の勤務シリーズ146 世の話が お世話
男性入居者高橋さん、周りから見れば、やれそうに見えるんですが、できません。 高橋さんは この世の名残にある 桜の花が見したい と思っていました。 その桜は車椅子では行けないほどの険しい坂道を登った上にありました。
春先に職員と会話をしていました。
「雪も解けて、温かくなってなってきたねえ。もうすぐ梅も綻んできますねえ。」 「お孫さんも大きくなってきたでしょ。」
高橋さんは何も言いません。でも、心に何かを感じました。
職員は更に話を続けました。
「梅が終われば、すぐ桜が咲きますねえ。今年の桜はどんなでしょうね。」
高橋さんはあの桜を思い浮かべていました。
「でも、あそこには行けないなあ。」
「でも、行ってみたいなあ」と思いました。
高橋さんは 「桜かあ」 と一言 言いました。
職員は「行って見たいですねえ」、と応じました。
高橋さんは 「あそこの桜は最高だよ」 と、話が進んできました。
職員は、「あそこってどこですか」 と聞きました。
高橋さんは 「ほら、三角山の 枝垂れ桜 だよ」。
職員は、「ああ、あそこのは最高ですね」 と 同意しました。
そして、「高橋さん、行って見ませんか」 と誘いました。
高橋さんは 「あそこは車椅子では 難しいよ」 と しょんぼりしました。
職員は 「車椅子が難しかったら、歩いて行きましょうよ」 と 誘いました。
高橋さんは驚きました。 歩いて行くなんて 思いも付かないことでした。
職員は 「桜が咲くまで間がありますよ。歩く練習をしましょうよ」
高橋さんは それでやる気が 起きました。
「やってみようか」
一生懸命練習して、少しずつ歩けるようになりました。
お孫さんも一緒に行くという話に、高橋さんはますます練習に励みました。
そして、あの 枝垂れ桜 の咲く頃には 杖を突いて 外を歩けるようになりました。
本人のやる気と 職員の援助が マッチすると、色々なことが 出来るよう
になります。
やる気を起こさせるにはどうしたら良いのか。
このように、世の話をするのが、世話 というのだ という話でした。 もう、20年近くも前に聞いたことです。
そのとき、さらに言われたのが、 手足を 動かしての お世話だけなら、犬猫、動物の世話 と
変わらない
ということでした。 厳しい言葉です。
この特養の 勤務 シリーズは 昭和 60年からの ものです 。
用語は 当時のものを 使用しています 。 私は既に 退職しています 。 お読みいただき、 ありがとうございます 。 |
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○ 特養の勤務シリーズ 145 行事の職員の踊り
誕生会、敬老会、クリスマスなどで アトラクションとして 職員が
踊りを踊ることが よくあります。
今までも載せてきましたように、職員の踊りは まともなものが
ほとんどありません。
練習時間があまりないので、内容の少ない分は扮装でも楽し
んでもらいます。
誕生会は毎月やってました。
しかし、入居者に楽しんでもらおうという気持だけは いっぱです。 誕生会
これは珍しく まともな日本舞
踊です。
月はおぼろに東山、かすむ夜毎のかがり火に・・・・
祇園 恋し〜や だ〜ら〜りの帯よ〜。 誕生会
調理員の 出演
誕生会
黒い衣装は
ビニールのゴ
ミ袋を利用
誕生会
フラダンス
顔が見える人は
その月の誕生者
いつか相撲の出し物で 行司をやった ヒゲの寮夫も。
誕生会
鹿のダンス
敬老会
花笠音頭
誕生会 もうすぐ出番
これはなんのときなのか、不明。
この特養の 勤務 シリーズは 昭和 60年からの ものです 。
用語は 当時のものを 使用しています 。 私は既に 退職しています 。 ご覧いただき、 ありがとうございます 。 |
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特養の勤務シリーズ 144
昭和61年12月のこと。
同じ福祉法人が運営しているベビーホームのサンタクロース役 を頼まれました。
同じ法人内とは言え、業務外ですので、夜勤明けの時間に頼ま れました。
その頃の夜勤は夕方4時から翌朝の9時までなんです。 ベビーホームに行くのは初めてでした。
そして、サンタクロースの服装をさせられました。 一応の手順を聞いて、子どもの待つ部屋に行きました。
サンタの入場
ベルを鳴らして
皆さん、
こんにちは。
私も体を低くして、プレゼントを渡しました。
行事が終わってから理事長や園長、子ども達と一緒に昼食(カレー
ライス)を食べました。
カレーライスよりも、早く解放して欲しかったなあ。
昭和62年の研修旅行のとき.
夕食後1つの部屋に集まって談笑していました。
誰かが言いました。 「はい。皆さん、手をだしてくだい」 みんなの手が揃ったところで、はいパチり。 左下が私の右手のようです。
昭和63年の夏のある月の誕生会。 いつものことですが、アトラクションは何をやったらよ良いか苦慮します。 一緒に誕生会の担当に当たった調理員が踊りを一緒にやりましょうと言いました。
青少年ホームで習ったと言う。私は何にもないので、従うしかありません。
で、確か「春まだ浅く」という題の踊りでした。
去年3月29日のブログで書きましたように「ほめ上手」のqさんに褒められました。
この特養の 勤務 シリーズは 昭和 60年からの ものです 。
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特養の勤務シリーズ 143 オムツ交換台車
おむつ交換車。
このようはものは一般の人は見る機会が少ないと思います。 各施設では、それぞれ工夫して その施設に あった方法を 取ってます。 とは言え、もっと良い方法が 無いものかと 悩んでもいます。 これはじいばあ園が まだ布オムツを 使用しているときのもの。
右側の大きなポリバケツは 使用済オムツを 入れる。 手前の白い小さい入れ物は 使用済の清拭布を 入れる。 その脇のママレモンの容器は洗浄用のお湯を入れる。
白く、重ねてあるのは 布オムツ。
撮影日が見える。 95.10.2 (平成7年10月2日)
緑の取っ手の付いたボックスは発泡スチロール製で、熱い清拭布(お尻や陰部を拭く)
が入っている。
その右の青い箱に立ててあるのはオムツカバー。 大、中、小 とある。
その下段ボックスは 取替え用のシーツなどが 入っている。
積んでいるものを降ろして、単なる台車として 使用することもある。
これは研修旅行の時の 秋田県の
施設のもの。
既製品を購入する場合と、設計し 作ってもらう場合がある。
これも研修旅行の時の 福島県の施設のもの。 撮影日がみえる。 92.9.3 (平成4年9月3日)
じいばあ園と 同じように普通の台車を 使用している。 そして じいばあ園と 同じオムツカバーを 使用している。
でも、紙オムツを使ってる。
この特養の 勤務 シリーズは 昭和 60年からの ものです 。
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