nigel's bookshelves〜幌苦総合車両所・文書庫

「乗り物」好きな私の「乱雑な本棚」From KOBE。去年の台湾旅行の写真、やっと整理完了しました。

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大糸線436D(糸魚川17:37→南小谷18:38)の乗車レポートの続き。

根知を出発して小滝、平岩と進んでいくここからが大糸線非電化区間で最も地形が厳しく険しい区間となります。

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(はてなフォトライフ:http://f.hatena.ne.jp/o_keke_nigel/20090731220158)

☆174:大糸線436D車窓・根知−小滝間/姫川第六発電所090724

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(はてなフォトライフ:http://f.hatena.ne.jp/o_keke_nigel/20090731220159)

☆175:大糸線436D車窓・小滝−平岩間/姫川の奔流090724

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(はてなフォトライフ:http://f.hatena.ne.jp/o_keke_nigel/20090731220503)

☆176:大糸線436D車窓・小滝−平岩間/姫川の奔流090724


1995(平成7)年、神戸在住の私にとっては地元を大震災が襲った年として今なお鮮烈な記憶が蘇ってきますが、ここ大糸線にとってもこの年は節目となる年でした。


1995年7月11日、新潟県上越地方と長野県北信地方を襲った集中豪雨により、急峻な流れと周囲の脆弱な地すべり地形のため「暴れ川」として知られる姫川が大氾濫、流域の各所で土石流や地すべりが続発しました(死者2名、家屋の全半壊39戸)。国道148号線(千国街道)は新潟・長野県境の国境橋が流されるなど不通となり、国道とほぼ平行して走る大糸線も各地で寸断され、根知から電化区間の白馬までが運休するという事態に陥りました。懸命の作業により、白馬から南小谷は翌月に、小滝までは9月に復旧したものの、残りの小滝−根地間の復旧には2年4ヶ月を要しています。

車窓から見える姫川は、水量はそれほどでもないようにも思われましたが、所々白濁して激しく流れている様は、まさに「奔流」「暴れ川」の名にふさわしいたたずまいでした。

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(はてなフォトライフ:http://f.hatena.ne.jp/o_keke_nigel/20090731220506)

☆179:大糸線436D車窓・平岩−北小谷間/トンネルに分け入る090724


大糸線436Dのキハ52-156は、鉄橋をいくつも渡っては「奔流」姫川を右に左に縫うようにして歩を進め、また、幾度となく現れるスノーシェッドやトンネルに分け入っては、勢いよく吹き上がるツインエンジンの咆哮を壁面に響かせていきます。トンネル内には所々に霧が立ち込めていて、その白い塊に飛び込むたびに漆黒の車窓が一瞬鈍く光ったように感じました。

また、カーブ区間にこれでもかというほど立っている制限速度標識も35kmや30kmはざらで、中には25kmというものまであり、急カーブにキハ52がさしかかるたびに車輪が激しく金属音を立てて軋みました。

懐かしい22年ぶりの大糸線非電化区間の車窓……と書きたいところですが、実はその当時のことを私はほとんど覚えていません。忘れてしまった、というよりは元から全く頭の中に入っていないのです。大垣夜行、新宿夜行と車中2連泊は学生の身にもさすがに無茶だったのか、松本から大糸線に乗り換えてからは、穂高、南小谷、糸魚川と3回連続で車掌さんに「終点ですよ」と起こされるありさまで、南小谷からもキハ58の2両編成に乗って出発したところまでは覚えているのですが……その次の記憶は下校する高校生で満員の北陸線475系が糸魚川駅のホームにたたずむ姿でした。

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(はてなフォトライフ:http://f.hatena.ne.jp/o_keke_nigel/20090731220509)

☆182:(左)南線1348M(McE127-112)/(右)北線435D(キハ52-156)/南小谷駅

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(はてなフォトライフ:http://f.hatena.ne.jp/o_keke_nigel/20090731220511)

☆184:大糸線・南小谷駅駅名標(写真版)090724


18:38、とうとう南小谷に到着。ここから白馬・大町・松本方面へは跨線橋を渡って反対側に停まっているE127系電車(1348M)に乗り換え、ここまで乗ってきた436Dは約10分の休憩の後、435Dとして糸魚川に折り返していきます。

神戸からここまで5本の普通列車(新快速含む)を乗り継ぎ、約500km弱&10時間。「スキモノ」にとっては苦にならないどころか楽しくさえあるのですが、まぁ我ながら本当に酔狂な話だと思います。

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1つめの鉄橋は撮影名所になっていますよね。それにしても私が行った頃と比べると、西も東も車両がだいぶ変わったみたいで!?西はよいのですが、東のは愛想ないなぁ(`口´;)

2009/11/23(月) 午後 5:20 うーちゃん 返信する

南小谷と言えば私も20年くらい前に、そばにあるコルチナスキー場で滑った思い出がありまして、その時は183系の「あずさ」や381系の「しなの」が乗り入れてて華やかなイメージがあったんですが、ずいぶん様変わりした感を受けます。E127系がせめて115系であれば…と個人的には思うわけですが、しっかりとE127系の幌チェックが行われたんでしょうか?( *´艸`)フフフ

2009/11/23(月) 午後 9:37 [ naojazeera ] 返信する

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うーちゃん、確かに今の車両はどれを取ってもステンレス地むき出しでラインがいくつか入っているくらいであまり「色の豊かさ」を感じないですね。E127系はすそ絞りも入れてないから余計に愛想なく感じるかも。

2009/11/23(月) 午後 10:11 ナイジェル 返信する

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naoさん、確かに「スキー列車」華やかなりし頃は確か京総(というより大ムコ)のキハ181までも南小谷まで来ていたような。今は確定期列車で特急型はもう昼間の1本だけのようです。

>しっかりとE127系の幌チェックが
はい、それはもうもちろん、サンプル採取完了です(爆)。次回記事で詳しく書きますがそのためにこのあとここで2時間半居たようなものです。

2009/11/23(月) 午後 10:48 ナイジェル 返信する

1995年に死者が出るほどの大変な災害があったんですね〜。。。小滝−根地間が2年以上も不通だったというのも知りませんでした。険しい地形を通る路線は、これまでにも色んなことがあったんだろうと想像します。明治・大正の頃に、様々な困難を乗り越えながら全国に鉄道が建設された歴史にあらためて思いをいたしました。モータリゼーションの現代から見ると隔世の感がありますが、鉄道敷設は近代化の象徴だったんでしょうね〜。。。

2009/11/26(木) 午前 0:44 トンコ 返信する

トンコさん、同じ年の暮れに国道148号線の復旧作業中に土石流が発生して作業員の方が14人亡くなるという事故も発生しました(このニュースも結構衝撃的でした)。地すべり地形の真ん中を地域の幹線道路や鉄道が通っているとどうしてもこういうことになります。高山本線、越美北線、三江線……この後台風や集中豪雨で不通となり、復旧に長期を要する事案が相次いで発生したのもまだ記憶に新しいところです。

2009/11/27(金) 午前 7:13 ナイジェル 返信する

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