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「乗り物」好きな私の「乱雑な本棚」From KOBE。去年の台湾旅行の写真、やっと整理完了しました。

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「海外の鉄道・バスの旅」、今回は韓国鉄道博物館の10回目として、水仁線で使用されていた保存車両のスナップをご紹介します。

水仁線(スインソン)とは、読んで字のとおり、水原(スウォン)と仁川(インチョン)の間に運行されていた軌間762mmの韓国国鉄唯一のナローゲージ路線で、現在は休止中(実質的には廃止)となっています。水原と仁川の間、と書きましたが、実際は何回かに分けて路線が縮小されていきました。水仁線の歴史を下に簡単にまとめておきましょう。


*1937年8月6日 沿線の米や塩の運搬のため、京東鉄道が水原−仁川港(南仁川)52.0kmを開業。

*1942年11月 朝鮮最大の民営鉄道、朝鮮鉄道に買収される。
*1946年5月 国有化により韓国鉄道庁の路線となる。
*1965年?月 狭軌用ディーゼルカー160形(後に9160形)が入線。
*1973年11月 南仁川−松島(ソンド)間5.7kmが廃止。
*1977年9月 蒸気機関車廃止、無煙化。
*1992年7月 松島−蘇菜(ソレ)間8.3kmが廃止。
*1995年9月 蘇菜−漢大前(ハンデアプ)間17.8kmが廃止。

*1995年12月31日 営業休止。  

韓国の鉄道路線図には、水仁線の最後に残った区間水原−漢大(漢陽大学校)前の標記が残っており、「(休止中)」と書かれていますが、実際には橋脚や線路はほとんど撤去されており、実質的には廃止扱いとなっています。それでは、水仁線の保存車両を順に見ていきたいと思います。


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ヒョウキ11形13号機 2006年10月


上の写真は、狭軌用としては最大クラスのヒョウキ11形蒸気機関車で、国有化以前は「朝鮮鉄道900形」(ナキ-ホ)と呼ばれていました。車軸の配置は1-D-1(前輪1軸/動輪4軸/後輪1軸)でいわば「狭軌版ミカド形」ということになるでしょうか。ナローゲージのSLといえば、タンク形のミニロコというイメージが一般的ですが、このヒョウキ11形はテンダを持つ本格的なスタイルが異彩を放っています。写真だけを見れば狭軌用とは誰も思わないかもしれません。

製造年は1944年で、地元水原運転事務所製とされていますが、日車製のコピーとも日車/汽車会社製の追加生産品とも言われているようです。車両寸法はいろいろと資料を調べてみましたが、残念ながらデータを見つけることはできませんでした。


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9161形ディーゼルカー(No.9163)


次は、1965年仁川工作廠製の両運転台ディーゼルカー・9163号車ですが、製造当時は163号と標記されていました。全長14.1m、幅は2.153mで高さは3.2mとこちらはいかにもナローらしくこぢんまりとした感じです。それでもパワーユニットはエンジン本体にカミンズ、液体変速機はニイガタ製がおごられた(?)なかなかのもの(最高60km/h)。

妻面は全面青に塗られてしまっていますが、現役当時の写真を見ると、側面と同じように頭部が青、中間部分がクリーム、そして腰部がまた青とツートンで塗られていたようです……はまだいいとして、どうもこの保存の方法、正直言ってこれはアウトでしょう……。

スペースの都合なのか、ヒョウキ11-13号機に連結されてしまっていて、うまく形式写真が撮れないのはマニア的には残念なところです。もうちょっとSLと間を空けて置いておくわけにはいかないでしょうか。


イメージ 4

9163号車の座席配置(中には入れず)

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簡素なスタイルのコクピット(笑)、スピードメーターはない


残念ながら車内には立ち入ることはできませんが、それでも窓越しに中の様子をうかがうことは可能です。運転席はマスコン、ブレーキと圧力計などのメーターがちょっとしたオブジェのようにこぢんまりまとまっていますが、椅子は「鉄道ジャーナル」誌のレポート('94年7月号)によれば、エンド返しなどで運転士さんが移動するときは、ステーから引き抜いて持ち運びする形になっているようです。

ちなみに、館内の敷地を走るミニ列車、初代の「観光列車」にはこの車両が使われていたようで、web上でもちょっと古い記事ではこの9163号車が動態保存車として紹介されています。


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18011号客車


今度はディーゼルカーに牽かれるトレーラーとして使われていた18011号客車のスナップです。この車両もディーゼルカーと同じく1965年仁川工作廠製で、車両の寸法もディーゼルカーとほぼ同じとなっています。定員は54名で、座席のアレンジはロングシート……残念ながらこの車両も中には入れませんでした。でも、何とか窓からカメラを差し入れて室内を撮ったのが次の写真です。


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画面手前右側に扉があり、小部屋がしつらえられているような感じですが、これは車掌室でしょうか、それともトイレか……外観写真の対応する部分、つまり手前右側側面の窓のアレンジから考えると、やはり車掌室ではないかと思われます。トイレなら窓にスクリーンがかかっているか、窓自体極めて小さいものになっているでしょう。


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最後の写真は、狭軌用の有蓋/無蓋貨車の組み合わせです。水仁線の貨物が廃止になった時期は定かではありませんが、これらの車両を使って沿線で採れた米や塩を仁川港に運んでいました。冒頭に挙げたヒョウキ11形SLとこれらの貨車の組み合わせで展示、という方がそれっぽい感じがするのですが……。


次回は、韓国鉄道博物館シリーズの最後、事業用車の色々なスナップを予定しています。





【参考記事・文献】

◎追憶の水仁線(K-Bahnさん)
〜1990年、91年の乗車レポート。この頃の終点は松島(ソンド)。1日3往復(午前、日中、夕方各1本づつ)という撮影には厳しいスケジュールの中、走行写真もモノにされているのには脱帽です。

◎Deep Seoul : Railroad / Su-in-seon Last Summer(DEKOさん)
〜1995年夏、廃止直前の乗車レポート。終点は漢大前(ハンデアプ)。ちょっと車両の塗色が変わっている。前面の貫通路を開け放ちながら激走する狭軌用DCの姿はなかなか萌えます(爆)。

◎今はなき韓国のナロー・水仁線(MATTさん)
〜こちらも1995年夏、廃止直前の乗車レポート。こちらでは車両の前面貫通扉はちゃんと閉まっています(笑)。

◎水仁線廃線跡を歩く〜漢陽大前駅編(栗原景さん)
〜営業休止9年後の「廃線跡」レポート。レールやホームの遺構はけっこう残っているようです。蘇菜駅跡の記事もあります。

◎水仁線 -Wikipedia
〜水仁線の一部(漢大前−安山)に沿う形で地下鉄4号線−安山線が現在開通していますが、2009年を目途に仁川まで延長される予定です。

◎韓国 富谷(プコク)・鉄道博物館(NOBATAKEさん)
〜1999.6のレポート。狭軌DCが初代の動態保存車として使われていた頃。

◎「メルヘンと望郷の鉄路」(鉄道ジャーナル'94.7)
〜竹島編集長の水仁線乗車レポート。この頃の終点は蘇菜(ソレ)。

◎「韓国鉄道の旅」(JTBキャンブックス)中島廣氏・山田俊英氏
〜水仁線の歴史、車両、廃線後レポと充実。


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