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家族でアメリカン〜なカフェ&レストランへ行きました。
お店の名前のU.Kとはオーナーが留学していたUnivercity of Kentuckyの略だそうです。
外観もいかにもアメリカン〜♪
ハードロックカフェみたいな感じでしょうか。
アメリカかぶれの夫も私もこんなお店が好きなんですよね。
店内は
アメリカンロックがガンガンかかってました。
お料理の種類は多くて何にしようか迷うほど。
そしてどれもかなりのボリュームです
まるでアメリカンサイズでした。
以前、来たときに一人一皿ずつ注文して食べ切れなかったので
今日は4人で2皿+ハンバーガー(息子用)を注文しました。
今日は、ちょうどよい量でした。
ボンネビル・イーターズ・カリー スープ付き
ドライカレーの上にチーズ入りオムレツが乗っています。
写真ではわかりにくいですが、かなりの量でした。
二人で分けて丁度いいくらい。
一皿850円。コストパフォーマンスは高いと思います。
KANSAS CITY ビーフステーキ
ガーリックチャーハンの上にステーキが乗っています。
どちらも美味しかったです
テリヤキバーガー
レモネード |
お出かけ
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詳細
コメント(17)
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いつも使っているカメラにゴミのような影が写っていたので
ブロウワーでローパスフィルターを掃除したのですが、黒い点が取れず、
今日の午後、夫と梅田のヒルトンプラザウエストのニコンプラザへ持って行きました。
どうやらローパスフィルターとセンサーの間にゴミが入りこんで
両方を取り替えないといけないみたいです。
修理が終わるまで10日くらいかかりそうです
受付ではたくさんのニコン愛用者がカメラを修理のため持ってきていました。
隣の方は、新しく買ったカメラの写りが安っぽいという苦情でした。
写りが安っぽいって・・・どう修理するんだろう?(笑)
そこではニコンのいろいろな種類のカメラを試し撮りできるのですが、
旦那様が奥様を被写体にしていろいろなカメラを使ってパシャパシャ
かなり長時間撮ってる方がいました。
いろいろな方がいて面白かったです。
カメラを掃除してもらっている間に、
同じビルのカフェで夫とお茶をしました。
私はチョコムースとアイスティー
夫はチョコタルトとアイスコーヒーをいただきました。
そこのカフェから見えた梅田スカイビル
JR大阪駅方面
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今日は、午後から夫と二人で、平清盛が貿易拠点として築いた大輪田泊周辺(神戸市)を散策しました。
お天気もよくて気持ちいい散歩になりました
今日のコース
和田神社→薬仙寺→清盛塚→能福寺→今光寺→古代大輪田泊の石椋→来迎寺(築島寺)
→歴史館→ハーバーランド(スタバで休憩)→ドラマ館
和田神社
平清盛が大輪田泊修築の際、事業の無事と兵庫の地の繁栄を祈願した神社
薬仙寺
「萱の御所跡の碑」
萱の御所は、遷都に異を唱えた後白河法皇を清盛が幽閉した場所だと伝えられています。
兵庫住吉神社・清盛塚
かつては平清盛の墓所であると考えられていましたが地下調査の結果、墳墓ではないことが確認されました。
能福寺
清盛が出家したと伝わる寺
「平家物語」では京で没した清盛の遺骨をこの寺の住職が持ち帰ったとされています。
来迎寺(築島寺)
清盛が経ヶ島を築造する際、暴風大波のため工事がなかなか上手く成功しなかったので海神の怒りをなだめるために、30人の人柱をたてることになりましたが17歳の松王丸が進んで人柱になったと伝えられています。
けなげな松王丸の菩提を弔う為に建てられ、念仏の道場となった寺だそうです。
前方は兵庫埠頭
ハーバーランドのドラマ館内の
松山ケンイチの等身大の蝋人形
リアルすぎてびっくり 半日大輪田泊周辺を歩きましたが、たくさんの史跡から清盛にとって愛着のあった土地だったことがよく分かりました。清盛は晩年この地を本拠にし、実現はしませんでしたが都を移そうとまでしました。その後神戸は国際的な港湾都市として発展しますが、その基盤を築いた清盛の功績は大きいと思います。
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部活がお休みだった息子と夫と私の3人で日帰りで京都へ行ってきました。(娘は部活です。)
2年ぶりの京都です。大河ドラマ「平清盛」にちなんで、京都市街の東山南部を訪ねました。
大河ドラマの「平清盛」は夫と私は毎週観ています。視聴率はあまりよくないみたいですが、続けて観ていると面白い
と思います。松ケンさんも応援したいです。キャストも豪華な俳優さんばかりですね〜
JR京都駅→三十三間堂→法住寺→昼食→六波羅蜜寺→六道珍皇寺
→清水寺周辺のお土産屋さんで買い物→ここからタクシーでJR京都駅の順でした。
まずJR京都駅から徒歩で三十三間堂へ。
三十三間堂はもともと平清盛が後白河法皇のために建立したお堂です。その名の通り33間あり、南北に
約120メートルと長く江戸時代には通し矢が行われていました。現存しているお堂は鎌倉時代に再建されたものですが、
それでも時代を感じさせられます。お堂の中には、1001体の千手観音像や風神、雷神像、そして千手観音像の
守護神である観音二十八部衆像など数多くの仏像・神像がまつられています。すごい迫力でした
またお堂やまつられている仏像の多くが国宝に指定されています。これらの仏像、神像の多くは鎌倉時代に作られたもの
ですが、千手観音像の一部は平安時代のものあるそうです。
次に向かったのは三十三間堂の東隣にある法住寺です。
このお寺にちなんで「法住寺殿」と呼ばれていたそうです。法住寺には後白河法皇の坐像があり、
GWの期間限定で公開されていました。
法住寺から更に東大路を北に上がり、国道1号線から北側一帯が平家全盛期の本拠地となった「六波羅」で、
この一帯に清盛、重盛ほか平氏一門が邸宅を構えていました。六波羅のほぼ中央部にあるのが六波羅蜜寺です。
六波羅密寺は源平時代の更に遡ることおよそ100年前、醍醐天皇の皇子だった空也上人によって開創されました。現在の本堂は南北朝時代のだそうです。六波羅蜜寺には歴史の教科書でおなじみの平清盛坐像のほか、鎌倉期の代表的な木造が多数所蔵されています。平清盛像は、血なまぐさい闘いや権力闘争に明け暮れたと言われる清盛のイメージからは想像がつかないほど穏やかなものでした。
写真を撮っていませんが、境内には平清盛と平氏方の武将平景清の恋人だった白拍子の阿古屋の供養塔が並んでいます。阿古屋は歌舞伎の題材になっているということもあり、2つの供養塔周辺の整備は歌舞伎役者の坂東玉三郎さんの寄進により行われたそうです。
左が平清盛坐像写真
右が空也上人立像写真 (見え難いですが口から六体の阿弥陀像が出ています。)
六波羅蜜寺の少し北にあるのが六道珍皇寺です。京都のパワースポットの1つだとか。
ここは平清盛とは直接関係ありませんが・・・
六道珍皇寺の周辺は鳥辺野と呼ばれかつて墓地のあったところですが、すぐ西を流れる鴨川を「三途の川」に見立て、この六道珍皇寺は、あの世とこの世の分岐点「六道の辻」に建てられたお寺だそうです。
ここが現世とあの世の境だとか・・・
興味深い逸話があって、朝廷の役人であった小野篁(おののたかむら)は、閻魔庁の役人で閻魔大王の部下であり、小野篁がこの世と閻魔庁を行き来する為に使われたという「冥土通いの井戸」と「黄泉之井戸」が境内にあります。また、小野篁作といわれる閻魔大王像が閻魔堂に安置されていました。
(わたのはら 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り船)
小野篁が読んだこの歌は百人一首に収められています。また平安一の美女と呼ばれる小野小町の祖父であるとも言われているそうです。
六道珍皇寺の次は清水坂周辺のお土産屋さんで漬物と娘のお土産のお菓子を買って帰りました。
撮影禁止の所が多かったです。写真もあまりよくありませんね^^;
歴史好きな夫の解説を聞きならが息子も私も勉強になりました。私は歴史に疎く、お寺など興味がなかったのですが、こうやって時代背景などを知って京都のお寺を訪ねると意外と面白いですね。
大河ドラマ「平清盛」のこれからの展開が楽しみです。
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