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昨日は広島に原爆が投下されてから62回目の記念日であった。
マスコミも様々に原爆の日に因んだ特集を組んでいたようである。
今回は、特に原爆被害の当事国としての日本と、被害者(当事者はそうは思っていないが)であるアメリカ合衆国との原爆投下に関してのスタンスの違いを比較するものがあったようである。
被害者である日本人の多くが、核兵器使用について、断固反対の意思を明確に示すのは至極当り前ではあるが、戦後60数年も経過する中で、この国がアメリカ合衆国を始めとする世界中の国々を相手に無謀な戦争をしたという記憶さえ多くの日本人から消え去って行っているようである。
現代の若者にとって、核兵器が唯一投下され、阿鼻叫喚の地獄絵図を味わった日本の体験が、何処か遠い世界での出来事なのか、はたまた、戦争体験の生き残りである祖父母、曽祖父母からの伝承、教育での伝達が途切れてしまっているのか、頭の片隅にも無いといった状況である。
これには、むしろ、外国人の方が驚かされる始末である。
アメリカ合衆国にとっては、むしろ、好都合である現代人の核兵器使用についての忘却は、途にも直さず、日本政府と合衆国政府との暗黙の了解の中で意図された国策によるものなのかも知れない。
仮に、被害を受けた当事国が、アラブの何処かの国だとしたら、彼らは、その怨念を、日本人があっという間に水に流すが如く忘れ去さるように許容してくれるだろうか・・・!!!??
アメリカ合衆国のように勝者、強者至上主義の国と、目には目を、歯には歯をの国との間に、果たして現在の日本対アメリカ合衆国のような関係は築かれはしないだろう。
だからこそ、アメリカ合衆国大統領の駄々っ子ブッシュが言うようなアメリカ型の資本至上主義的民主主義など根付くはずがないのである。
そのアラブの国に、大量破壊兵器を隠匿しているなどとのあらぬ疑いをかけ、無理やり戦争を始めた国アメリカ合衆国こそ、世界で最も大量の大量破壊兵器を所持し、有史以来唯一、大量破壊兵器を非戦闘員たる市民に向けて使用した鬼畜国ではないのか・・・???
このことで、日本の戦争責任が無くなる訳ではない、ナチスドイツ、日本帝国陸軍の犯した野蛮な非人道的行為も消えはしない。
それにも増して、一部特権階級による、思想統制、弾圧によって、戦争を想起させ、善良無垢な市民を煽情し、幾数百万の尊命を失わせた、戦争当事国の統帥者達は、戦勝国、敗戦国を問わず万死に値する戦争責任を有するものである。
元に戻って、合衆国では、学校教育に於いて、広島、長崎への原爆投下は、より多くの人命を失わせずに、より早期に戦争を終結させた手段として正当化されているらしい。
原爆投下の当事国にあっては、日本の一部戦争賛美主義者のように、如何に野蛮な行為と言えど、その事実を認め、真摯に反省するという誇り(プライド)は持ち合わせていないようである。
今日のニュースでも、ヒラリー・クリントンは、合衆国大統領が核のボタンを押す可能性について肯定的見解を述べている。
つまり、この事は、これから先の時代に於いて、あくまで核兵器の使用の可能性を否定せんがための正当性堅持のためであり、何としても、世界の警察国家として君臨するための論理である。
皆さんは、日本が、世界の最先端技術の保有国である日本が、なぜ、航空旅客機を外国にばかり頼らなければならないか、不思議に思われたことは無いだろうか・・・!!!?
日本は終戦後暫く、航空機を飛ばす事も、もちろん製造する事も連合国(アメリカ合衆国)によって禁止されていた、その上、戦争中までの航空機の技術資料は全て接収され、戦争で技術者の殆どを失ったため、生産の構想を練ることさえ出来ないでいた。
朝鮮戦争の勃発で、日本での戦闘機製造の必要に迫られた合衆国は、講和条約締結などによって、その縛りを解くことになった。
しかし、その頃の日本には、その力も無く、技術力も復活していなかったため、ライセンス契約による製造再開などによって徐々に体力、知力を回復していった。
今日、資金の上に於いても、技術の上からも、日本が本気で旅客機を生産したとしたら、どれだけ高性能なものが造れるか知れない。
然しながら、航空機は国家産業に等しく、それだけ外圧も厳しく、アメリカ合衆国からは、クレームのつけられ放題である。
それ以上に、もし、日本が自国で、航空機を始めとする軍需産業を展開するようになったとしたら、(仮にあなたがもし、殺人の加害者だったとして、被害者の庇護者の感情を考えた時、加害者に対する被害者側の感情は八つ裂きにしたい程苛烈なものになるとは思いませんか・・・!?)
北朝鮮民主主義人民共和国など問題にならない位、恐ろしい国になってしまうのです。
核弾頭ミサイルはもとより、核兵器、戦闘機(UFOのようなものまで)、戦艦、空母、ありとあらゆるものが脅威の対象となる事でしょう。
そして、60年以上も前の時代では、アメリカ合衆国は遠すぎたけれども、現代に於いては、日本とアメリカ合衆国は余りにも近くなった事で、本土防衛が儘成らなくなってしまう状況にあるという事です。
今後、日本人はアメリカ合衆国の最大の脅威が他ならぬ日本にあると言う事を自覚して行かなくてはならないでしょう。
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