無題
「親鸞」について
yahooのカテゴリー設定、問題ではありませんか。これ投稿する側に任せるようにできないんですかね。困ってしまいます。
親鸞の(正確に言えば弟子の唯圓による聞き書き帳)『歎異抄』でいつも問題になるのは、「悪人正機」の解釈をめぐってである。第三節に次のようにある。「善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、悪人なほ往生す。いかにいはんや悪人をや」。現代語訳は「善人でさえ浄土に生まれることができる。まして悪人が浄土に生まれないわけはない。ところが世間のひとはつねに、悪人でさえ浄土に生まれるのだから、まして善人が生まれるのはいうまでもない、と言っている」。だがこの考えは他力の趣旨に背いていると親鸞(唯圓)は言うわけである。自分の力で善行を積んで往生したいと願うのは、阿弥陀の力に任せる気持ちに欠けている。だか
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佐野眞一『クラッシュ』その2
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