強迫性障害(OCD)

メカニズムを理解し、行動療法で治しましょう。

【本の抜粋】

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本の冒頭の文章をタイプしました。

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1947年のある夜、ハワード・ヒューズが女優のジェーン・グリアとロサンゼルスのサンセット大通りにあるレストラン、シロで食事を
していた。
途中、ヒューズはちょっと失礼とトイレに立った。
驚いたことに、彼はそれっきり一時間半も戻ってこなかった。
ようやくあらわれたとき、グリアは更に仰天した。彼は頭から爪先までずぶぬれだったのだ。
「いったい、どうしたの?」彼女にたずねられて、ヒューズは答えた。
「シャツとズボンにケチャップがとんだので、洗いに行ったのさ」
彼は洗った服をトイレのひとつにかけてしばらく乾かした。
それから身につけたのだが、「ドアのノブにさわれないので、トイレから出られなかった
それで、誰か入ってくるのを待っていた」のだ。
パット・ブロークスとの共著『ハワード・ヒューズー語られなかった物語』を書いたピーター・H・ブラウンによると、
ジェーン・グリアは二度とヒューズとデートしなかったという。
ハワード・ヒューズは変人ではあったが、狂っていたわけではない。
彼は典型的な強度の強迫性障害に苦しんでいた。
1976年に亡くなる頃には、重い症状の為に身動きならなくなっていた。
晩年はアカプルコのプリンセス・ホテル最上階のスイートに閉じこもり、黴菌を恐れて病院にいるような暮らしを
していた。
どの窓にも遮光カーテンをめぐらしていた。日光が恐ろしい黴菌を媒介するのではないかと怖かったのだ。
ティッシュで両手をつつんだ使用人が食事を運ぶのだが、その食事も正確に計量され、切り分けられて
いなければならなかった。
彼が人前にあらわれないのは麻薬中毒のせいだとか、梅毒だとか、狂気のせいだとか噂が乱れ飛んだ。
実際には重症の強迫性障害の症状と考えれば、彼の奇矯な行動は容易に理解できる。
気の毒なことに、ハワード・ヒューズが生きていたころには、OCDの治療法はなかった。
この病気が脳機能に関連する障害だと判明するのは
その死から十年たってからである。
OCDがいかに恐るべき怪物か分かってもらうために、私はよく患者にハワード・ヒューズの話しをする。
この怪物は譲歩すればするほど、飢えてたけりたつ。
巨万の富を持ってしても、またおおぜいの使用人を使って、OCDに命じられる
奇妙な儀式をきちんと遂行しても、ヒューズは病気から逃れられなかった。
結局、脳から送られる間違ったメッセージが彼を圧倒してしまったのだ。
ヒューズほど重くなくとも、あなたがOCDに苦しむおおぜいの患者のひとりなら
この本を読めば、病とどう闘い、どう打倒すべきかがおおぜいがおわかりになるだろう。
OCDは恐ろしい敵だが、やる気と強い意志をもっていれば克服出きる。
同時に脳のはたらきが理解でき、どうすればもっとうまくコントロールできるか
もわかってくるはずだ。また、四段階方式を実践して、OCDがひきおこす
ブレイン・ロックを克服した勇気あるひとたちも紹介しよう。
四段階方式で脳のはたらきが変化することが科学的に証明されている。
この方法をみなさんが活用できるように説明していこう。


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