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昼日中、街を歩いていると、すっかり秋の景色となっています。
紅葉のうつくしく、まだすこしばかり凍てついた秋の深まりには一歩はやいかといったところも、
それなりによいものがあって、目をみはります。
一日の時間帯にもよるのでしょう。
やはり夕暮れ時は華やぎにことかかないようです。
べりーちゃんとお散歩などをしていると、西の空に沈んでいく夕陽の漏れ日に影の伸びた舗道を歩くららの背中をあたたかな光線がさしているのがわかります。
草花や家々のサッシや瓦などがキラキラとしていて、
コスモスの頃は穏やかな気候にとどまらず、せつない乙女の感傷まで思い起こさす、
ある種、ひとを時の旅人とする魔力にあふるるのが、秋から冬にかけての今頃ではないかとおもいます。
毎年、秋のフレイバーも様変わりし、そのめまぐるしさに秋自体をどのようにとらえるべくか思考することもあります。なにしろ、常に変化していて定めないのですから。
時を静止した中で、平常な心を保つことはわりとたやすいことで、流れの急な時間軸の中に置いてこそ、
揺れる思いをなにか形象化してとどめたいと思ふのも、
ひとのこころかとおもわれます。
先日、通っている学校のスクーリングがありました。
毎週一回の授業です。
「秩父学」という地域学の一端で、ららのブログでも柳田國男さんや秩父学の書庫名でいくつか記事をのせています。
足を延ばしたといっても、西武秩父駅まででしたから、周れた巡礼地はいくつかでした。
でも、慈恩寺はお医者さんのお寺。
お地蔵様はおへんろさんといったらまっさきに思いいたることに通じていました。
観音様が氏神様であられるそうだとききました。
そのためでしょうか。音楽堂というプロのミュ-ジシャンも願掛けに参られる地処も山合いにありましたが、
残念なことに参れないまま年を終えるかなと言ったところです。
観音信仰についてなどにも触れました。
また今週の金曜日に埼玉学習センターまで参ります。
あと、ちなみに秩父は埼玉県にあります。地図などを見ますと、奥多摩の上あたりに位置しています。
ひなびた寒村に秩父おろしのやまつかぜのふくころは真近いのでしょう。
なつかしい民俗の旅愁のかげることも明日は到来することと信じて。
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
生存競争の熾烈さに、泣いたこともあったまだ十代のころのことをはっきりと覚えているのも、
ららにとっては値打ちのある思いでだからだろうとおもいます。
「餓鬼」などともいいますよね。
まぶしい秋日に、かつての学びやで。
裏庭からの撮影でしたが、じき秋ももっともっと深まってゆくと、こころ寂しいとともに、よろこびのあふるる
うつくしい秋をみることのかなうことに感謝の念がつきません。
ひとり、孤高の思索者となっているらら。
じきやってくる季節に「冬」があります。
冬鳥たちの渡り飛んでくる頃も近く、待望しているのがわかります。
まことから、善光寺参りとおなじく、つつましい庶民の憧れを身につけもして、のこりわずかな青春を楽しみにかえてゆきたい。
そんなことをかんがえた秋の日の朝でした。 |
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rarachan。ブログをがんばっているわね。
これからもつづけていって、青春のよい思い出としてね。
写真、よく撮れているわよ。
2011/11/8(火) 午前 5:35 [ 午後のお茶会 ]
午後のお茶会さん。コメントと御訪問ありがとうございます。
ららも午後のお茶会さんのブログに遊びに行かせてくださいね。
またいらしてください。
ブログ、楽しいでしょ。
2011/11/8(火) 午前 5:39 [ rarachan ]
秩父の秋は素晴らしいでしょうね。34ケ寺巡りも20数番札所で中断しています。総ご開帳の年にと思っているうちに中断したままになっています。そろそろ再開しなくては・・・。
2011/11/8(火) 午前 11:22 [ 野辺山の仙人 ]
野辺山の仙人さん。
来訪してくださってありがとうございます。
あちこちと旅をしていらっしゃるんですか?
とてもうらやましい・・・・モモちゃんはベリーと違って高級なトイプードルという感じがします。ベリーは伊勢のような野趣だけが取り柄と言えばとりえです。また遊びに行くことを許してくださいね。
2011/11/8(火) 午前 11:28 [ rarachan ]