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楕円の標準形は「1」です。
これは、今、読んでいる西田哲学の「善の研究」における冒頭文、主も客もなく、ひとつであるという直接経験に当てはまるのではないかと思います。
ながいあいだ、ららにとって、「経験」を解することは困難なことでした。
とてもむずかしい因子でした。
想像すること、思ふことなどがはばをきかせて、現実を変化させているような、そんなかんじがついてはなれませんでした。
ですが、ららもそれなりに変わり、現実をゆがめることなく、そのままとして把握するという艱難がクリアできるようになりました。
実験心理学のブントは間接経験のひとつとして、「化学」などをあげています。
体内では、つねに化学物質の変化がおこっていますが、そのことをこころとしてとらえるとき、言葉への変換は間接的であると言うのです。
この変換を、実にうまく感覚の鋭さをもって表現するのが、ことに、日本文学の筆者に多いきがします。
五感の鋭敏さにおいて、ことばの純度さにおいて、日本語はうつくしいなにかを秘めているとおもいます。
つまり、背景にうまっているかというほどのリアリズムさなのです。
対して、「もの」というとき、対象化が、あるひと、ある時期のひとにとってむずかしいことであるというのは、いうまでもなく、こういった作用によるのだと思います。
常日頃から、「もの」と親しんでいるといえば、経済的に言って「豊か」な層のひとたちがはいるのではないでしょうか。
そういったかたたちには、背景そのものからして、「もの」と均質感があります。
つまり、きわだった命名などは必要ではなく、ただ、やさしさをもって「もの」を大切にしているのです。
しかし、実際、日本人の大半は、そういう西洋的な体質とは対置の自然のなかあいに身をおいているようです。
自然との調和。
豊かな自然と、こころの発露がおなじ出所をもっている。
ロマン派において顕著な姿勢のようです。
「自然」とは「おのづからシカリ」と書きます。
「シカリ」とは「はい」。つまり、「イエス」です。
自分自身にたいして、正直であるということ。
こころのままに生きているということ。
このことが困難なことであるというひともいるとおもいます。
また、ブントのいうように、間接経験のひとつとして化学反応があるというのも、現代哲学のいうところの「デザイン」という考え方に端的にでているとおもいます。
わたしたちは、生まれてきた時点で、すでにデザインされている。
このことが障壁となっていて、経験を艱難なものとしているという自明性が、さいごのとりでであるとおもいます。
つまり、わたしたち日本人の多くは、自明性のなかにいて、主も客もない
おおきな変容の波の中にただよっているようで、しっかりと地に足をつけている。
このことは、「善」というとりでが光輝さを放つこととつながっている意味合いを付加するように思います。
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哲学について
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こんばんわ。
もうじき草木も眠る丑三つ時ですね。
ららは最近天体観測をします。
といっても、双眼鏡で夜空をみて、星図版や本などをたよりに星の名前や星座を見つける程度です。
黄道十二星座の星占いはちいさなころミニレディー百科の本でよくよんだりしたものです。
あと、今度、シルバニアファミリーのセットを購入する予定です。
このアップはほんとうにひさしぶりです。
みなさま、ごぶさたしておりました。
ららはあいかわらず元気にくらしています。
話は戻って、星の瞬きはほんとうに美しいですね。
きらきらとダイヤモンドのようにかがやいています。
こころもおなじようにうつくしくなっていくようです。
そのため、星の観測がすきなのだともいえます。
あと、読書などもしています。
書道は、お正月の書初めまでまっているところです。
このあいだ、詩をひとつつくりました。
ららは、トイプードル犬をはじめとして、みにうさぎ、うづら、せきせいんこ、いしがめ、イエロージャンガリアンハムスター、などなどを飼っています。
まいにち、動物たちの世話でてんてこまいです。
あと、学校にも行っています。
合間を見て、作曲活動もしています。
楽器の演奏もしてたのしんでいます。
あいかわらずもなにかしらしていたいららです。
このブログも趣味をきわめていったら、書庫がどんどんとふえていってしまいました。
もぉこれ以上はふやせません。
書庫数にはかぎりがあるらしいのです。
冬になると、やはりなにかと活発になることが困難となり、ふさぎがちになります。
寒いからでしょう。
年賀状には「迎春」とよく書きますが、一月はすでに春なのでしょうか。
だとしたら、うれしいです。
はやく「春」、こないかな。
あたたかな春。
花の咲き乱れる春。
冬を、人生にたとえるひともいます。
今がこらえどきと、一生懸命がんばるのです。
そういうひとは、春が本当にやってきたとき、とほうもないしあわせにつつまれるのではないかとおもいます。
困難を乗り越えたこと。
辛抱したこと。
悲しみに耐えたこと。
ひとりでがんばったこと。
ひろいひろいこころが、冬を経て春をむかえたとき、花開く気がします。
こうしているまにも、時は過ぎていきます。
人間は生き物ですから、寿命があります。
いまわのきわまでに、なにかしらをしたい・・・・・と願う人はおおいみたいです。
大哲学者カントは「これでよし」と言って、臨終しました。
ららもできるだけ時間を有効に使って、なんとか人生でこれだけのものを得たという喜びをつかんで死んで行きたいです。
石の上にも三年。
まいにちのこつこつとした努力が実を結ぶこともあると思います。
それは、今からでも遅くはないきがするのです。
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たとえ、内面の世界に思うことのおおくても、外にでてゆかねば知られぬまま終わってしまう。
そのことを惜しむものは、きっと一度きりの人生なのだからと、取り組みをはじめるにちがいない。
なんらかの手管をもたねばならない。
とっかかりがなければ、同じところにとどまるよりしかたがないのだから。
しかしなから、そうした尊い経験を生かそうとする人達がたしかにいて、一方で、あらんかぎりの持つ者でありつつも
死んだ目をした生きるしかばねとなってしまった者がいる。
どちらがしあわせかは本人が決めることであって、はたでいうべきことではない。
結局、自分自身が終幕の時、悔いをもつかもたぬかの瀬戸際にたってこそしかわからないことがあるようだ。
ひとは変化してゆくものである。
気づかずとも、変わってゆく。
そのことにためらいや疑問を抱いたら、時を生きる求道の世界に住むものとなるしか道はない。
ひとによっては合格できるか、できないかで人生が決まってしまうというだろうけど、それは他律であって、自律ではない世界に住む人たちの特徴であるにすぎない。
たしかに、自分自身、おもうままにいきた、選択してこれまでやってきたというのは自尊心に足るものであろうけど、
従容と宿命を受け入れ、身を徹して奉公しつづけたひとがえらいと感ずるのは普通であるかとおもう。
家族のため、親、きょうだいのため、ひとのために生きてきたひとが尊いのは当然である。
しかし、そのことを、経済社会に生きている活動的な人たちは忘れがちであるというのも、指摘されている。
根なし草のまま、浮遊した身体の感覚をなんともおもわない若人がいるだろうか。
まなざしの奥に、秘めているものがあるのである。
それこそ思想世界であって、人生を生きる者にとって、最も大切とされる尊重されるべきものなのである。
すくなくとも、鉄学を愛好するものは、そういった姿勢をいつかは体得する。
そういった運命の中にいる。
状況をしらぬまま生きていけるわけがない。
自分自身を知ろうとつとめ励むものである。
書物をひもとき、感動するなにかに惹かれ、愛を得ようとする。
愛し、愛されることが人間の誇りである。
このこと以外に価値はないといってもいい。
人間に生まれた者は、人間として死んでゆくしか道はないのだから、終幕まで人間たる誇りをわすれるはずがない。
ここに、思想世界がなによりも威厳あるものだとする威儀があるのだ。
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太宰治の有名な小説に「走れメロス」がある。
わたしは、この小説が好きである。
メロスの思いはメロディーである。リズムのない、分析のしようのない絶対の地平がメロスの内心である。
おおきなもののために自分は走っている。時間に間に合う、間に合わないなどは問題ではないのだ。
なにかおおきなもののために、走っているのだ。
この場合、走っている場所は空間だが、日暮れに間に合わなければならないという時間的制約がある。
だが、時間より大切なものがある。
メロスにとって、おおきなものを感受することがそれだった。
走るという行為は、からだを動かす運動である。
メロスは、運動することによっておおきなものを知った。それは生きてゆく意味であるとか、大義名分よりももっとより内心からの要求である直接的な人間性故の迷いであるとか、自由であるとか、使命感とかである。
わたしはこの小説を読むたび簡素な時代背景のなか、どこまでも簡素で素朴な心情を大切なものとしたギリシャ・ローマ人たちの高邁な精神に触れ、感動する。
おそらく、物質的に豊かすぎる現代のなかにおいては、人間間の信頼であるとか、不信からおおくの悟りが生まれたりとか、あるいはもっとメロスに即して言うなら、普通(牧歌的)に生きるというテーゼほど困難を強いる複雑な家格はないであろうかと思う。
生きることが難しいと感ずるのは、すべて「我欲」のためであり、執着心をなくして無心になることも難しいときく。
メロスはそのことを知ったのではないだろうか。
今をいきるのだ。
自分に未来はもうない。
何故なら、処刑されるために自分は走っている。
だから、今をいきるのだ。
このことは、対話からわかるのであって、決して高尚な哲学書類からのみ知りうるものではない。
ソクラテスは「愛知」を説いた。
この考えは危険とされ、彼は処刑される。
端的に言って、知を愛することは知者として最高位にあるため、しかしながら、この哲学の初歩で学ぶ「愛知」の精神は現代にも愛好されてやまず、文化遺産として地位も確立した定位をもつ。
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私が、自身の若かったころのことを振り返ると、随分と浮き足立っていたように思う。
あまりに若かったから、私が女だったから、それはそれですまされるかもしれないし、余計に罪深いと感ずる
静かなこころとなることも余計にある。
私が街を歩くことを好まなかったのには、とりたてたわけがあったわけではない。
既に、街路樹は色あせていたし、街並みも変わっていた。
親しみ深く感じさせるに十分な温かみもおよそ感じられず、したがって、私が愛や恋に憧れて、
こがれると言った方がよいくらい一体どんな思いを恋愛とよぶのかに時を費やしたというのも、若いのだし、あるいは若いくせに随分とませていたのではないかというおもいもある。
校風からして、経験を大切にするものの見方を好む性質を持っていたし、
そこで、浮き足立っていた私に生き場があったとしたら、それは、多くの書物であるとか、冒険小説のなかであったろうかと思う。
この時代に生まれてきたのは、私の落ち度ではない。
わけあって、縁あって祝福されて生を受けたはずである。
しかし、私は年頃となりやがて大人としての自覚も生まれつつあったころには、点となっていて、
あまりに背景が自身のこころにそぐわない何ものかであったことを、嘆いたところでなにもはじまらない。
人間、どういきるかは重要なものの見方であって、捨て去るべきではない。
私はこのことに対して、負けていた。
というのは、努力をして向上してゆく向きすら失い、かといって、なにに生きる喜びを見出したらよいのかまだみえてこず、ただ、学ばなければいけない。決して、おろかな若者ではなく、考えているという事を示すためにも
私はあらゆることに対して逃げてはならない。
広い世界をしらねばならない。
自分とは異なった考え方、ものの見え方をするひとたち、老若男女、また障害者であるとか、こころに病をおった
気の毒なひとたちと話し、すこしでも、自分を越えてゆかねばならない。
そう考え着いたころには、女として私は確かに既に年を重ねていて、明るい器質で楽しく世間を渡ってゆくように写った女性もまた、過度に私を圧迫し、私の弱った心をいたぶると言ったこともなくなった。
自分で自分を励ました。
負けまいと思った。
一体何に負けまいと感じたのかと言えば、私はひとりの人間として、けだかくあろう。ひととして、よろこびを愛し抱擁できるだけのこころのひろさをもちたい、そのために、私は落ちてはいけない。恥ずかしいおこないをしてはいけないという、つよい願いがいつでもかたわらにあった。
思い起こすと、どうどうめぐりの青春であったが、一貫して遺伝がつらぬいていたとしかいいようがない。
私自身であろうとした。
この青春を、駄目にしたくはない。
なにかをこころに得ていたという点で、私は生きていたし、それだけで十分幸せだったと思う。
ただ、悔いがあるとしたら、思い切りこころのままに異性を愛せなかった。
哀でしかなかった。
くるしみの愛を「哀」という。
対象のない、思いのつのる切なさに、眠れない夜が続いた。
やがて、人は変わるもので、私は無事おとなとなることがかなった。
心身とも、安定した落ち着きのなかにいることがかない、毎日が平和のなかにある。
もっと、たくさんのことをかんがえていただろうけど、今はこれきりしか描けない。
寂しかったという記憶が、青春を思い起こす時いつもある。
孤独を知って、得たなにかを大切にはぐくんでゆきたいとかんがえている。
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