新ららちゃんの窓

幻の山芋歌を探し続けて20年 てんとうむしのかわいらしさを見つけました

ばら物語

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だいぶひさかたぶりに筆記す。
われ、思う。故にわれ、あり。
デカルト流に言うのであれば、ぼくはぼくのこころの灯りを照らして、道を走ることがようやくできるようなきもするようになった。
ぼくは、喜びの意味を知った。
うたいたい。
それはぼくにとって喜びそのものだ。
論理と理論は親子のようなものかもしれない。この言葉を盛んに語っていた頃は、ぼくの十八の頃だった。
物理に傾倒し、結果として宇宙とものごとの二つを学べる哲学に耽溺した。
カナリ―と出会ったのは、もうぼくがだいぶ年をかさねたころで、ぼく自身ともいえる若いなりの言葉が、稲妻のごとくアイザック・ニュートンへと傾注していったころた゜った。
ぼくは、はやく職をえたかったから、院への誘いを断り、一球船舶の資格を取った。航海士としては、まだ若輩であったが、ぼくは海へと、より広い世界へと第一歩目を踏み出したのだ。
英国のハーバーに船が立ち寄った時、君が酒場にいた。
しかし、ぼくはニュートンのいう想像的休暇をきみがえらぶまでもなく、家を出ていたと船乗り仲間にきいて、すぐにどうして白眉なのかわかった。
事物を始めて自分で見ることを、ほくは自分で自分に課していた。
だがら、始めて目にするものの力への意志の体現に、ただひたすらおどろいた。
といっても、認識論からいったら存在論が親子であるかのような気もしていたから、バークリーの言葉を拝借するなら、存在するとは知覚されるという事であるという、甘えの構造が、日本には見られる気もして、
若いぼくは徹底して祖国である日本を忌み嫌ったのだった。
創造する性である君は、かしこいとおもう。
ニイチェを持ち出すまでもなく、べきだと思い込んでいたぼくだった。
憂鬱な出来事から逃げるように、愛をぼくは知った気がする。野生の勘のような手さぐりの感受性で、
おぼえていった欲望は、すでにぼくにとっては暴発することのないアドベントがあった。
いくらか失った言葉もあるが、とりもどした。
そのひとつが、ひととひととの関係だ。
知性は関係を求むるものだ。何故かしらねど、まずもってそれは本能だろうかとおもう。
動物のすきな君のことを、アーサーに幾度となく話した。
星のまたたく夜に、ぼくはアーサーと話しこんだ。
やしの葉で風をおくり、やどかりと遊んだ。
二度ほど、つむじかぜを見た。実に見事ならせんだった。
ココナツのジュースを飲むと、天の川で泳いでいるかのようなこころとなった。
ぼくはこころをとりもどしたんだ。
こころがあるとくるしむこととなる。日本に居るところなどどこにもなかったのだ。
かたわれは、国内を旅してまわった話しを自慢げにしていたものだ。むろん、大吾は趣味を職とした男だから、
言う事に迫力がある。
ぼくは、七つの海をわたっても、まだ、不満足なソクラテスだった。
いわば、生きることの苦しみのなかにおいて、ぼくは生きることの意味を見つけようともがいていたのだから。
晶彦は、ぼくと君との子だ。
ありがとう。
ぼくに存在をくれて。
ぼくに、生きる喜びへのめかくしをされたリボンを持って、花束を贈ってお礼したい。
君にはすまない。
だが、ぼくにはまだしなければならないことがある。
遠いかの地で、君と晶彦のことを見守っている。
ぼくは、あの島へゆかねばならない。
無人島だ。所有権はぼくにある。しかし、今、どうなっているのかがきがかりだ。ぼくは、この島で失った言葉を
取り戻したのだから。
といっても、ぼくは、まぼろしを追いかけているのではないんだ。
遠い記憶をたぐる大仕事を毎夜なしたぼくはシシリ―島近海の古海にふたたび走る。
愛が思い出のなかの全てではなかった。
ほかにもっと大事なこともあった。
しかし、もう、ぼくは大人となってしまった。あんなに嫌がっていたおとなの男になった。
白いトナカイの伝説のはなしをアーサーにした夜のことを最後に書く。
これで、もうぼくのこころのすべてが筆記されたと思うけれど、このアーネスト・シートンの動物記のなかでも
とりわけぼくの好きな話しだ。
いや、やはり、ここで筆を置こうと思う。
何故なら、ひさしぶりの筆記であったので、うまくかけたとは言えないからだ。
顔立ちこそ、変容したが、ちょうちょはいまもって虫取り網で捕まえるべきなのがなべてのいきものたちへの
礼儀であるとぼくはかんがえるからだ。
恋をみちづれに、ふたたびかく。
ぼくは、歩くことをやめて走る。
あの島へ向かって。
 
追伸
 
ぼくは、本当は寂しかったのだ。どうか、晶彦がぼくの模倣をして
苦心の作であるプラモデルを壊したりしないよう
よく教育してくれ。
大好きというよりは、愛している。
恥ずかしいので今はこれしか描けない。
 

晶彦へーばら物語ー

君からの手紙をよんだ。
高校をやめたという趣旨のことがかかていた。この手紙を読んで、ぼくは正直にものをいわねばならないと
かんじた。君にもいつか僕のこころのわかる日がやってくるだろう。
しかし、ここでこうしてただ傍観しているだけの父に、許されざる存在などないのだというテイゼはあまりにひとりよがりであると思う。
たとえば、宮沢賢治の「銀河鉄道のよる」をきみはてにとったことがあることだろう。
死んでしまったいのちはもうもどらない。
ぼくはこの小説で、こころねのよいやさしいいきかたは、自分すらいらなくなるほどの孤独の変容をみるものなのだということをしった。
今、ぼくは、ポルトガルにいる。カステラはきみにもしたしみぶかいとおもう。
半島というよりはりくちにちかく、また、海の見えル港に程ないマルセイユの地は、ぼくにとってのかの地であった。
隣国はフランスだから、国境にいるぼくにとって、なにかぶどうしゅを飲みたくなるかのような気持ちにさせる地中海の偏西風に、ぼくのぼさぼさの伸びた髪がふきつかれました。
だいぶ、昼が夜にくいこむようになってきた。
壁時計をぼくはそっと西から、南へ移しおいた。
何といっても、ちからをもったものが善であるだろうと思う。しかし、アンチテイゼとして善の本義を問うのであれば
善とは、完全なものだ。正義に対するものであれば、悪であろうかとも思う。
君はまだわかいからと、慢心するでない。
不完全であることを定理としろ。
それが、今、君の取り組むべき試練だ。ゲーデルを読むことも、ある種の優越感をあたえてくれることだろう。
また、悪徳という言葉を与える。
父はいま、きみが青年として誇れるなにかをもとめて彷徨しているのだと解している。
ぼくの書いたことに異論はあろう。なぜなら、ぼくにとってもそうであるからだ。
ぼくは風景の一部となっていた若き日々を愛しいとさえ思う。
しかし、目はひらかれていた。なににたいしてだ。
おそらく、かなしみとは一番貧しい口元にさえそのほほえみをあらわすとうたった、パウル/㋓リュアールのごとく、吟遊放歌に露として輝くとときとしてぼくは考えた。
友はすくなくともよいではないか。
ぼくもそうだった。
こころからさらけ出せる友を持とうと考えるのであったら、おそらく、ローマ人への手紙をきみにすすめる。
ぼくは、うたう事は恥ずべきことではないと考えるにいたった。
ジンテイゼとして、哲学ー稀見学ーをぼくは得、体得するための旅路は随分と永いものとなっててしまった。
くやしいかぎりである。
しかし、いいのだ。気持ちがいい。
風通しのよい日本家屋をだいぶみかけなくなったけれど、いまもって、すこしばかりポンコツなこころとなっていた
かすかな残り香がある。
風景が、ぼくの向かおうとする高い山の一部となっていた。
精神の偉大さこそ、君への最後のプレゼントだ。
ぼくは、対策を述べたにすぎない。
傾向は、いつか君にも見えてくる日がやってくるだろうと思う。
時間がかかりすぎた。
人生の短さについて、ぼくは随分と苦しんだ。生きる人生は束の間だ。
だから、生きたいのであれば、精いっぱい生きろ。
ぼくもまた、生きている。
これでよし。
懐中時計が書棚のカフカの本のとなりにおいてある。君にやる。こころとはよいものだな。
 
カナリ―によろしく。
 
追伸
鉄の花をマグノリアというのだそうだ。おれはこのあいだ映画をみて知った。
ラストでは泣かされた。
こころとは不思議なものだとよくよく思った。
 
 
 

晶彦へ―ばら物語ー

人並みに考えるのであれば、ぼくは不幸せであるとおもいます。
けれども、若き日のようにどこか花弱いおんなには通じるような顔立ちはしていないのではないかと思うのです。
なぜなら、不幸せに慣れてしまうと、ひとは寂しい顔がみにつくものなのだからです。
ぼくは君にそんな息子となっては欲しくはないのです。
陽のあたる道を正々堂々と歩ける男となってほしいのです。
父は、旅暮らしがながいので、自然とよわまった自己が備わった気がする。
実存とはまたすこしことなった、不服従の一形態である諧謔とも似たおおきななにかの面前で、
ぼくは、このたびの途中、何度となくひとつの点となり、また、回復して行くその過程において新しい自己展開の
きざしを得ました。
花弱いひとが憎くもありました。
カナリ―の若き日です。
ぼくは、男だから、強くあらねばとおもっていたので、あの断片の太陽のそそぐ部屋の片隅で、ぼくはカナリ―をはじめて知った夜、愛と憎しみのあいだで悩んだのです。
君、
ぼくたちが若かった時、ぼくたちは苦しかった。
青春そのものにあたかも思い病気であるかのように悩んだのだ。
ぼくは、大人たちから見たら、はだかで踊っているあやつり人形のようなものだったと思う。
抵抗をすることも忘れ果て、ただめくらのように平衡感覚を失っていた。
からだが生きてはいなかったし、こころは粘土のようにみずみずしさをなくしはててぱさぱさとなっていた。
けれど、死に物狂いで読みふけった新書であるとか、あるいは、大著であるとか、
そういう民族とは程遠い書物で得た力によって、ぼくは夏への戸口を開けることが、いまかないつつあるのだと感じています。
そのうえで、君に地を這うのたうちまわるような苦しみの果ての結晶への傾倒をのぞむ。
そして、脱皮がかなうのであれば、ふくをいさぎよく脱ぎ捨て、自分自身足れ。
ぼくはえらくはない。
けして、えばれることのできる人間とはいえない。
日本から逃げてきた身の上だ。
雪のあるこの東欧の街にも、鳩や雀はいる。今この寒さの中、これらの小さな鳥はきっと凍えていることだろうと思う。
父もまた、青春の熱さめやらずと言ったところだ。
君にもこの国の雪をみせてあげたい。
ブルガリアはコーカサイドの国だと聞いていたが、死海も間近に遠望し、双眼鏡という道具もことたりた
うつくしい自然にあ降るる国です。
バーモントの実が、粉雪にうもれてまだ芳香していました。
ぼくはそっとひろい、そしてポケットに入れた。
ぼくの心の旅はまだ続くと思います。
土産話がまた一つ増えました。
君、自然の意地悪さのために人生に見放されるな。
セネカの言葉だ。
 
 
追伸
 
おもいがけず、ばらの生け垣を雪の中に見つけた。
はなびらを一枚おくる。
カナリ―にわたしてくれ。
 
 

晶彦へーばら物語ー

今、ぼくはフランスのロアーヌ川のほとりに立っています。セーヌ川も大変美しいですが、この川もまた、
詩情にあふれ、ブルゴーニュの赤い土と似た熱いかぜ感じさせます。
ぼくは、これまで、ひとをかたよらず愛したいとくるしんできたのです。
ずいぶんとなやみましたが、結果として、ぼくは今この土地に居て、青春を終えようとしているのです。
今ここにあるのは、いのちの杭であります。後悔といっていいかもしれない。
熱いからだの熱気を冷まして呉れるすべも知らなかった幼年期、母の愛をしらず、また父の愛も知らず
そだったぼくはエゴイストであったかもしれない。
すこしばかり、ひととちがった境遇にこころをはくぐくんだというだけで、こうして今ぼくは旅の途中にあるのです。
そのことにはたときづき、愕然とするとともに、悔恨の生死のいとなみにぼくは
夕べ、のらいぬのぺことあそびました。
もじどうり、ただあそんだだけです。
あんずるな。
父はは放蕩と怠惰をとうに若き日に置いてきた。
父はもう立派に成人だ。君にもいつかわかるとおもうが、捨象するということは、じつに冷酷なことなのだ。
一人ひとりをみつめてゆきたいというぼくのこの願いは、アングルを変えればじつにばかげた行為であるかもしれない。
しかし、ぼくはこれまでの人生を恥じてはいない。
むしろ誇りたい。
君たちがこの女々しい父のこころを理解してくれたら、嬉しいのだ。
風にロアーヌの少女がつくったかざぐるまがゆれています。
このかざぐるまはほんの小さなふれあいだった。
のらいぬのぺこと少女とぼくの三人で、昨日の夕刻、川のほとりで折り紙をして遊んだ。
ぼくは、異国の地にいてもなお、日本の情緒を紹介できるのだという知ったばかりの喜びにこころがふさがれ、
はじめて、ぼく自身を知ったきがした。
ぼくは、日本人であるのだ。そうであっても許されるのだ。
かざぐるまが一本の薔薇の花にも見えました。
くるくると、まわっているこのすがたはぼくであるようにもみえた。
ぼくは、客体化されていたのだ。
ずっと長い間、現実的要素という潮流のなかからとおざかり、隠れ住んできたぼくだった。
ぼくは、けれども、みつめている。
愛をみつめて心燃やして生きている。
小さな存在ではあるが、市井のかたすみで、確かにこうして生きているのであるから、
これでよいのだとおもう。
ふがいない父のいいわけかもしれないが、
君もきっといつか、旅に生きているこのぼくのかよわいこころを察する日のやってくることを
まちのぞんでいる。
ばら物語を君に贈る。
ぼくの末筆であるが、青春の絶筆でもあるのだ。
 
追伸
カナリ―にぼくはバラですとかたれず、君はバラとうたったアナクレオンの
言葉の力を借りて、今でも愛していると君の口から伝えてくれ。

晶彦へーばら物語ー

ぼくは、永い間随分とたびをしてきた末、あの無人島にひとりおりたったのだった。
地中海の無人島である。季節は秋も近い暮れどきであって、肩にのせたアーサーの鳴き声が彼方から
きこえるようなきもした。
アーサーは頭のよい鳥だった。
この島でのぼくのただひとりの友であった。
ぼくは、夜がやってくるとアーサーに様々な話しをしてきかせた。そのうち、この鳥はいくつかの話しをそらで暗記した。ぼくは、聴き約となって、とりの声に耳をかたむけた。
白い砂地に腰掛け、ミルキーウェイの夜ソラを見上げた。満天の星だった。
人々のこころがぼくにあたたかく伝わってくるかのような錯覚をおかすほど、言葉が澄んだ。
ぼくは船乗りの道をえらんだかもしれない。しかし、学校では、フィロソフィーに親和的であった。
知を愛するという意味だ。
君も言葉が、修辞学をまなぶまでもなく、光輝のちからで生まれいづ何かであるのだと
気づき日がやってくるのではないかと思う。
さいわい、かたわらにアーサーがいた。
ぼくは、難破した船のへりにロケットをくくりつけ、自分は遭難信号をだすでもなく、漂流する道をはからずもえらぶはこびとなってしまったことを、運命だったのだとかんじる。
従容と、受け入れられる。
カナリ―もまた船上のひとであったので、身の上が心配ではあったが、きっと嵐がやみ海上保安隊が救助してくれるようぼくはとりはからっていたのだ。
暗号をトランシーバーで送った。
正位置を海の言葉で言った。
きっと、聴きとって暮れたに違いないかと思った。一瞬、カナリ―が身重であることを忘れていた。
ぼくは情のないおとこであったかもしれない。
でも、目が覚めて、砂場の上にうつぶせで倒れていることにきづいた朦朧とした意識のなかで、
ぼくは、たしかに生きているという事が喜ぶべきことであるのだと思えたのだ。
それから、この島で暮らしてゆこうと思った。
ひとりはさびしいだろうか。
だが、どこからか、ひとなつこいとりがちかよってきて、ぼくのかたにのった。
そこで、アーサーとなづけた。
きれいな原色のオウムだった。
ぼくは愛をうしなっていたのだ。随分とこころに深い傷を負っていたのだ。
だから、きっとこの父の身勝手さも許されるだろう。
ぼくは、こころがなかったともいえる。哲学では、精神現象という。こころとからだが逆立ちをしていたといえば、
そうであったから、ぼくは、暮れてゆく夕映えになにかいのちであるかのようなとうといものを甘受したのだと思う。
順序をおうのもつかれてきたころだった。
研究するという道はいわば、ぼく自身を形成する道程であった。
しかしながら、ぼくは思索するひとだ。
暮らしのなかで、いのちが燃え立ってゆくのを見送ってきたこれまでだった。
偉大な思想家は、また、無抵抗こそ最大の抵抗であるという精神の闘いの過程で、たちあらわれてきた
ことばを紙面にうつしとるという肯定自我を決してこ馬鹿にはしないだろうと思う。
ぼくは、母に見つめてはもらえなかったもうひとりのぼく、もうひとつの可能性をもって、肯定に至った。
自由だ。
なにしろ、無人島であるのだから。
アーサー、ともに帰ろう。
ぼくは、ぼのなかの少年とおわかれする時好にさしかかっていた。
ひとりごとをたくさんかたったのだから、もうぼくは大丈夫だ。
君、ぼくはぼくをこの島においてゆくけれど、きみはここでそだってくれ。大人となってくれ。無事に。
ぼくは、今日、この島を梳こうする。
南国のなつめやしやここなつのきぎのおいしげったみどりのはやしから、アーサーが飛んでやってくるのがわかった。
ぼくは、四十一となる。
もう子供とはいえない。誰もそうみてはくれないだろう。だから、ぼくはこの島をはなれるのだから。
カナリ―はきっとこころを抱きとってくれるだろう。
あたたかなものなのだな。
こころというものは。
君も、死ぬな。
 
ぼくは再会した。ぼのなかの少年と。
きみ、
そう問いかけると、星がおちてきた。ぱらぱらと五月雨が季節風にのって、星のこころを漠とした孤独へと
追いうちた。不安となった。
きみ、
「父さん、ぼくは待っていたんだ。ずっとね。ぼくはみながしあわせになってくれたらとてもしあわせだったんだ。
ぼくのしあわせなんてこれっぽちものぞんでいなかった。でも、ぼくは知ったんだ。アーサーが教えてくれた。
この世には愛があるのだということをね。愛ってやさしくて、なにかあたたかいかんじがするよ。ぼくのこころにただひとつのまと゜があるとしたら、そのまどは愛ということばにたとえられるんだ。父さん。」
息子はこたえた。
アーサーと随分はなしたのだな。
そうおもった。
なみだがいく筋もこぼれおち、あたたかくこころにさわった。
わすれていた情熱が熱風とともにぼくのふきあたったのだ。逆風のなかで、ぼくはこころをしったのだ。
ずっとながいあいだ、わすれていた。
こころからだ。
白砂の浜辺に足跡がのこった。
少年はあるいていた。
ぼくは、そっとその足跡を追った。
この旅路は、この島で終る。
帰ってきたのだ。ばらのさきみだれるなじみぶかい庭へと。
ぼくをおほえていてくれ。
友であるーばら物語ーのペイジをぼくはそっとめくった。
 
アナクレオンの一節をそっとこころにしのばせて。
 
 
 

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