このあいだ、東京都の高尾山を登山してきました。
ららは一号路を行きました。
今回で三度目の高尾でしたが、当日は天候にめぐまれ、山頂から富士山がくっきりと見えました。
すばらしい景観にこころほれぼれとしました。
最近、人生についておもうことがあります。
若い頃は先を思って不安に感じましたが、今は、人生、中盤に差し掛かり、なにか、何をしても意味がないのではないかといったあきらめの感がこころをおそい、漠とした不安感につつまれます。
といって、完全にあきらめきれているわけはありません。
これまでの自分に執着があります。
せっかくここまでやってきたのだという自負もあります。
人生、順調ではないか・・・という思いもあります。
なにごとも気の持ちようという気づきも当然出てきます。
これは世に言う「仮面うつ」の兆候ではないか・・・・
そこで、今の思いを短歌にしてみます。
人生の秋にして見むこれまではただ眺むるにすぎなし楼か
富士の音の瀬寝するにおきぬけのみずのどにつばくらめ声若しか
おぼろづきじもくに世すつ儚しき旅人にあらずさとるにあれか
おうぎふうとこきすつにはなくびとあろうよおもふにいてられまいか
さかさふじさかえにあるにはきんぎんしんちゅうやわらかなるうらせよ
おもうままつくってみました。
解釈はおまかせします。
人生の中盤に、なんらかの背負いをかんじつつ、また、はかなきひの繰り返しに窮傍観をかんじながら、それでも生きるしかない人の世の情けをおもいました。
なんにんかにでも、共感をおぼえてくださったなら至上の喜びです。
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