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今日も一日を無事終えます。
まだ朝のうちは寒いですが、日中となると暖かくなってシャツ一枚でちょうどいいくらいです。
ららはひさしぶりにテニスに興じてとても楽しい爽快な気分をあじわいました。といっても、テニス練習機のゴムを短めにしてスピードと反射の練習をしたくらいなんですけど・・・・・
でわ、唐突ですけどららのブログ「新ららちゃんの窓」の書庫、「「人生の短さについて」に今日から連載をはじめます。タイトルは「今日一日を振り返って」です。
まず、朝、
7:30
起床・・・・・・・・蒲団の中でまどろみながら、朝がやってきたことに気づく。セキセインコ達がピヨピヨと鳴いている。
部屋のカーテンをあけるとみにうさぎのうさが小屋から顔を出している。
なでてあげてからいしがめのぴよちゃんの冬眠状態を確認する。元気、元気!!!!!!!
階下へ。
朝食・・・・・・・・今日の朝ご飯。
ごはん。にらのたまごとじのお味噌汁。納豆、アボガド。
来訪・・・・・・・・パソコンの調子が悪く契約先のケーブルテレビさんに来てもらう。
外出・・・・・・・・ドラッグストアまででかける。自転車。
お昼 トースト、たまねぎのスライス、チーズ、牛乳、
テニス テニスで時を過ごす。
パソコン おくつの買い物をする。今使っているテニスシューズはもぉ古いので、新しいのを欲しいところでし た。でもまとまった額の購入なので新規は諦めていましたが、パソコンをしていたらお手頃価格の 品を見つけました。ついに買ってしまった!!!!!!!
はやく届かないかな。
ブログ用の写真を撮る。アップする。記事を書く。
夕食を待つだけのらら。
以上、今日一日を振り返って思うに、夜がこれから始まりますから、ゆっくりとお風呂にでも入って髪の毛を洗ってさっぱりしたら、昨日図書館で借りてきたご本のつづきを読むことにでもしようかな・・・・といったところ。
そういえば、このあいだ短編の小品を載せましたけど、それっきり、詩であるとか短歌であるとか小説はいうまでもなく、何も書いていないなぁとしみじみ思いました。でも、今日はずいぶんとひさしぶりにテニスもしたし、良いという事にしよう。
あと、おととい作曲をしました。作詞もしました。
あとはぜんぜんです。
きっとなにかをもとめているのでしょう。この空虚なかんじはきっと現状に不満だからなのでしょう。
とにかく、満足することをきちんとして、後悔のないようできるだけの努力をして、日々を過ごそうと思っています。
いやなんですけど、しかたありません。
あとで後悔先に立たずとならないよう、頑張って一日一日を大切に過ごしてゆこう。
時間がもったいない!!!!!!!
]無駄に過ごしていい時間も時もないのです。
とにかく、生きるしかない。
もとより、ひとりぼっちで生きるよう定められているのですから。ららは・・・
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人生の短さについて
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らら、埼玉県北本自然学習センターへ行ってきました。
たったいま、帰ってきたばかりです。
冬晴れのうつくしい気候の中、大宮から高崎線でいくつか乗り、北元で下車。
メディカルセンター行きのバスに乗り、自然観察公園停車場にて下車。
目の前に荒涼たる真冬の里山が続いていました。
まずは、板渡りを通ってせせらぎをいくつも渡る。
大変きれいな水のすみわたる透徹した自然美のなか、歩をすすめると、幾種もの小鳥たちがひなびた田圃のような畑地から飛び渡りました。
きれいな小鳥さんの姿に心いやされたらら。
きっと、あの鳥はるりびたきでしょう。
美しい小鳥。
良かった。来てまいってよかった。
自然愛好家の方がたが、多く見られました。
絵画描きに興じたり、写真を撮ったり、目をほそめたりと、様々でしたが、一貫して自然好きなことのわかるナリでした。きっと、質実が性にあっているんでしょう。
すると、かっこうも自然とそうなってくるもの。自然の摂理ですね。
春にはしだれ桜で満開となる名物の古木をあとにし、野鳥観察もおこない、ぐるりと里山を一周したらら。
とりあえず、自然学習センターの建物にはいってみました。
自然関係の書物がおいてあり、そのとなりに、かわいらしいたぬきさんの剥製がありました。
交通事故で死んでしまった親子たぬきさんは、子供が夏毛、親が冬毛で、さわることができます。
こんなにもかわいい動物がこの世にいるのかとおもうくらい、とってもかわいいたぬきさんでした。
写真をアップできないのが残念ですが、次回は春に行くので、その時しだれ桜と一緒にアップしますので楽しみにしていてください。
埼玉県にも絶滅危惧種という動物の種がいるのだという事も知りました。
こはくちょうの剥製も見ました。
とってもうつくしい、こはくちょうさんでした。
ただ今は会館の屋根工事中であり、望遠鏡の固定設置がなくなっていましたが、ららは双眼鏡ももたずぷらっとでかけたわりに、眼鏡をかけていったので、なんとか小鳥観察もおこなうことができました。
今の季節は冬なので、里山は私有地もふくめ、しばいろにそまっていました。
乾燥した凍てついた空気の中、一月の風が凍った湖面にふきわたっていました。
当たり前のように自然にあふれていたむかしがなつかしいらら。
いたるところで、昔のおもかげを喚起するどこかロマンチックな冬枯れの自然学習センターへのぶらり旅でした。
動物注意という標識には、たぬきさんの絵が描かれていて、ららはなんてかわいいんだろうと思ってしまいました。
動物がだいすきならら。
このあいだ、ジャンガリアンハムスターの王子が死に、亡骸を埋葬したばかりでした。
昨日はカラオケボックスにフリ―で入店し、ロッキーチャックのアニメーションを見て、「王子」とぽつりつぶやいたらら。
ずいぶん歌いましたが、みなナツメロでした。
最近の歌はわかりません。
ららには難しすぎるのです。
ただ、声がボロボロになるまで歌を歌えるほどの曲が現存していることに、今更ながら感動を覚えるらら。
今日ははりきってつぶやきまくりました。
はがくれ暮らしもここまで続くと快挙です。
もぉ二十年にはなるでしょうか。
ららは現実不適応者なのです。しかし、この精神のびっくりするくらいの健康さは一体何故でしょう。
きっと自然が大好きな気質がららを保護してくれているのでしょうね。
らら、われながら、風光を愛でる器質がかわいい。
ららは自分で自分のことが大好き。
まれにみる美徳ですね。
今回、行って良かった。
本当に目の保養となりました。
自然の中にいると、人間性が回復されます。
素晴らしい美質です。われながら。
かわっているといってしまえばそれまでですが、平和な性格がなにより、内面の幸福をものがたっているようでもあります。
ららはしあわせです。
何故なら、好きな物がいっぱいあって、嫌いなものに目が全然行かないという特異体質と結局のところなってしまったか゜故、今のららがあるからなのです。
らら、感度良好。
健康大好き。
自然大好き少女。
面白いことが大好き。
毎日、良かったをさがしつづけています。
このこころがけは、ららのなかの仏です。ららのなかで永い間かかってみがいてきたこころの宝です。
大切にしてゆきたいものなので、ららはいまのところ、しあわせです。
この幸せにあらたに今日のなつかしい自然の景色を添えてくれた一人旅へただひたすら感謝のららです。
ありがとう。
埼玉県北本自然学習センターさん。
奇特なかたですね。
あのようにきれいだなんて。
きっと、努力なさっているのであのようにきれいなのでしょうね。
その姿勢に学ぶところのあるららでした。
まる。
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今年も残すところで、今日一日となりました。
ららも、このブログをスタートさせてから、はやいもので一年がたとうとしています。
歳月、ひとを追わず。
また、ひとを待たず。
どちらにせよ、過ぎてしまったことは、過去であるとともにやがて懐かしい思い出となってゆくことと思うのです。
こう思い起こしてみると、今年も無難に、ゆったりとした気持ちのゆとりと供に時を送れたことかと感慨深いものがあります。
まず、風ちゃんの紙芝居に入会したこと。
それから、ハーモニカクラブで慰問したこと。
大学に入学したこと。
作曲したこと。
楽器と遊んだこと。
日曜礼拝に出向いたこと。
短歌の腕が鳴ったこと。
油絵と取り組んだこと。
種種のサークル活動で様々な人と交流を持ったこと。
高尾山に登ったこと。
飲み会で楽しんだこと。
そのほかにもたくさんの生活を送る上でのこまごまとした思い出。などなどたくさんの収穫を得ました。
そうそう、ダンスがプロ並みに達したのも、今年だった気がします。
いやまてよ、去年かな?
いずれにせよ、本当に楽しい一年でした。
カラオケにもいっぱい行って楽しくたくさんのお曲にチャレンジしました。
ビリヤードもしました。
バッティングセンターにも行きました。
パチンコもしました。
らら、思い出がいっぱい。
雪ちゃんとぴっぴを飼ったこと。王子を飼ったこと。メダカさんを飼ったこと。
それから、ベリーちゃんと仲良くなれたこと。
たくさんの触れあいがららをかたちづくってくれました。
いやなことが全然なかったといえるくらい、補うだけの楽しいことがホントにたくさんあって、ららは今、しあわせでいっぱいです。
今年は、青春後期のこれらの思い出を胸に秘め、また来年へと時をつないでゆきたいと考えています。
今年一年、ご訪問くださった皆皆さま、
ほんとうにありがとうございました。
来年度も初心を忘れることなく、楽しい記事をアップしてまいります所存ですので、よろしくおつきあいくださいね。
いついつまでも、心に太陽を抱きて、あかるいこころで毎日をおくってゆきたいらら。
それもこれも、コメントやご訪問くださるみなさまのおかげです。
改めて年賀状などはおくりませんが、読んでくださった方々に、この気持ちが伝わりますように。
ららも、真心と言うたいせつなものを大事にしてゆきたいこころもちですから、来年もまたひと花咲かせたいところです。
こころあるかぎり、花はさくものだとかんがえています。
二年目のシクラメンで良いのです。
ぶかっこうでも、味のあるきれいな花を花開かせたい。
こころつづくかぎり、このいとなみと言う心の構えは消えはつことのないと思います。
みなみなさま。
本当に今年一年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
皆さまのより一層の、ご活躍を期待しつつ、この年末、新年のお慶びを申し上げます。
迎春。
1910 12 31
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ー何処に連れてゆかれるにしても、ともかく論証(理性)についていこうではないか。ー
この言葉は、プラトンの哲学の標語であった。
のみならず、
またギリシャ天才の全てについて、
通ずる基本的な特徴であった。
古代哲学史は、ギリシャ人が他のいずれの民族にもまして
「知識の愛」を
それ自身のために
有していたことを物語っている。
事物を如実に見る。
その意味を識別する。
その関係を整える。
それが彼らにとっては本能であり
情熱であった。
「根拠づけ。ロゴスが我々を風のように運んでゆく方へ
そのほうへ我々は行かなくてはならぬ。」
かかる真理への情熱に捉えられた時
かれらは信をどこまでも理性の上に置いて
その先導に従いつつ
しかも大事なことにはその結果を顧慮しないという
勇気を持っていた。
感情無き虚心の状態や
ブァニティ―のほうへ
眼をそむけるということはない。
苦痛や知らざるに自足する盲目の状態は
ないであろう。
かくのごとく地上の悲哀の事実を知った上で
なお
希望なく
救いなく
永遠に
悲哀は正面から迎えられるであろう。
これこそ近代から現代への胎動であった。
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ららのこころ。
さぁ。かんがえていきましょう。こころとはなんでしょうね。
一体、まったく不思議なナゾ解きが、わたくしたちが生きる場にはふくまれております。
そのふくまれるものの見え方が、わたし、あるいは私たちのこころといわれる
何かである気が、
私はします。
この
ぽぁっとした実体のないこころとは何でしょう。
古来から幾億もの人々が
このこころについて考えを巡らせて参りました。
まことに
人生の勝敗とは別の次元でもって、こころとしうおおきななにかが
あるのであります。
わたしは
そのこころとは体とともにあると確信しております。
体をはなれ、浮遊した感覚でもってとらわるこころこそ
かなしむべきなにかであるきがいたします。
その昔、「華麗なるギャッっビィ」や
「風とともに去りぬ」など
おおくの小説によって描かれてきた
このこころの「ここ」は「炉」と当て字するにふさわしいきが
ららは
いたします。
文よりも
さらに
字にこそ
性ーしょうーやどる。
これ
ことだまなりき。
しかれども
なべて
星のこころしるものは
うらないいかけしおどるすべしるにつく。
これ
古よりのこころの構えにあるとふうひょうすつひと
これまた
いぬき。
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