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はるは川瀬という地までやってき申した。すでに、近江は遠かった。
故国を発って、じき二十日ほどとなる。幾分疲れがでたのか、藤次は川瀬川の土手に腰かけると、
はるに
「はるっ、魚釣りでもして時をすごそう。」
と話しかけた。
ずっと、押し黙って、藤次のあとをついてきたはるであったが、藤次の思いがけない笑顔に
光明を見た。なじみ深い観世音の如来光を見た思いがした。
はるにとって、神は一体どなたであったろうか。大和の国に生まれおち、金閣、銀閣を仰ぎ、法隆寺にちいさな
親しみとともに心落ち着く真名心を抱いた。
やがて、ヤソへと改宗したはるである。
むろん、金閣、銀閣が禅寺であることもよくは幼心に知らなかった。父は、はるによくこう戒めたものだ。
「はる、利得を追求すること、忘れるな。」
しかしながら父上様、はるは、いえ、ふゆはまだ、たったひとつのいのちを大切に思えるほどおとなとはいえないのでありまい。自分を犠牲としてまでも、ヤソは愛を解かむとするのであります。
愛とは、まだ、ふゆにとってわからないけれども、
きっとあたたかなものなのでしょう。
「はるっ、びくがひいてるっ。」
はるは、はっとすると竿を上に持った。川魚が二匹同時に釣れた。それは見事なフナだった。
「藤次のだんな、稚魚ですか。」
「あぁ、はるはよく知らんか。これはふなの大物だ。メスとオスの、そうだっ。きっと結婚式をあげていた時に
はるに釣られたんだろうな。」
「もどしてあげましょう。」
「いや、食べよう。」
「何故。」
「生きるためには、食べなければ死んじまうからだ。ふなもはるにたべられることを望んでるさ。」
「そうだろうか。」
二人は魚を焼いた。
メスを藤次が、オスをはるが食べた。
はるはおいしいと思った。おなかがすいていたせいもあっただろうが、そう思って静かに食べた。
ごちそうよりも、おいしい。ふゆは小さなころから城下で遊んで育った。友はみな町の子たちだった。
男兄弟のように儒学を賜りながらも、こころは農民思想や町民思想、ひいては下からの改革といった一揆思想までもむさぼった。
泥んこ遊びをしつつ、おとなの動向に耳をすました。
ひとみもつぶらなかった。
はるはまだちいさかったから、その人格形成に父の与えた教訓や、開国思想は時代の浪としてかぶさったのだ。
ことに、東国の将軍様のもとに嫁いだ実母の残り香が、今のはるをつくって暮れているよな気もする。
「母上様。」
野宿しながら、夜虫の鳴き声に混じって、藤次のいびきがきこえてきた。
満月が、西にかたぶいていた。
はるはもう一度、ささやいた。
「母上様。わたくしはあなたの娘のふゆです。存じてあられますか?」
きっと、存じないに違いない。はるは秋成よりききおよんでいた。産んだ子供は他家に養子にだしてほしいと実母はいわれたのだそうだ。そうして、産後まもなく、旅立たれた。
満月は美しく、虹彩を放ち、うさぎの影が見えた。
ふゆのひとみに月が写っていた。
いったい、ふゆのこころのうちにあるこの月と、この金色に輝く満月は一致いたすであろうか。
はるは、からだが、春わむかえようとしている目覚めを感じ取った。
まぼろしが、見えもするきがする。
「母上様。」
やはり、このおのこ、ふゆか。藤次はそれと覚知しながら、そうであっても、じぶんの子でない娘をそだてているときいた秋なりの、あの無償の善意を忘れることはないと思った。
呼ばれた席で、藤次は秋なりにこう聞かされていたのだった。
つづく
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フユ物語
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江戸ではヨタカの女が、宇木環橋あたりに出没し、うわさでは大名とも通じていると聞く。 |

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藤次が何故、秋なりの宅に来訪していたのかが気になった。 |

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ふゆの父君、秋なりはもとは公家の出であった。 |

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フユは十五歳になりかけの、看目麗しい少女だった。 |

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