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昔飼っていた柴犬とシェパードの雑種のりょうすけ。
どんな犬かは、写真が「ららちゃんの窓」に載っています。このブログの前に開設していたブログです。
紹介ブログの所に載っていますのでもしよろしかったらあそびにいってみてください。
でも、置物の写真を載せる前に故りょうすけの写真をアップしますね。
まだ子どもの頃のりょうすけ。かわいいでしょ?
成人から少し老年期に入ったかなと言ったところのりょうすけ。
しろいくつしたがかわいいでしょ?
じゃっかん、鬼がわら五んぞうのフレイバーがありますが、まだまだ潔癖なものでした。
思い出すに、ほんとにいい犬だったな。
じぃさんとこのハルちゃんやヨネヤんさんとこの紗南ちゃんと少し似てますでしょ?
あそびにきてくださいね。
ららも参ります。
では、100円ショップで見つけ、購入まで至ったりょうすけに似た置物の写真をご紹介いたしますね。
そっくり。
かわいいでしょ?
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りょーすけ
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むかし、飼っていた犬のりょーすけ。
ららは大好きだった。
シェパードと柴犬のミックスのりょーすけ。
白いくつしたをはいていたりょーすけ。
こんこんとお咳を繰り返して、あなたは血をはきましたね。
ららが獣医さんをお呼びしてりょーすけは病院に運ばれていった。
電話口で獣医さんが、
「あと一回血を吐いたらりょーすけ死んじゃうよ。」
と涙ながらに言われました。
ららは自分のお金がないという無力感にさいなまれました。
もしモットはやくお医者さんに連れて行ってあげれていたら、
そうくやみました。
ところが
退院したりょーすけはなにもエサをたべられなかったせいか
一回りちいさくなってかわいくなって帰ってきたのです。
ひとみをきらきらさせて
ららのおひざの上に前足をのっけ
しっぽをふってくれましたね。
獣医さんもあまりのかわりようにびっくりされていました。
りょーすけ。
ららは今でもその日のあなたのことを覚えていますよ。
あんなにかわいいりょーすけをららは見たことが無かった。
こころから愛しいと思いました。
あれから二十年近くたち、
ららも人の親となる年をはるかに超えました。
でも、
あなたのあの日の姿を思い出すたび、
我が子、晶彦への思いとはとはちがった思いがこみ上げて
ららは涙がこぼれるのです。
りょーすけ
ららにたくさんの思い出をありがとう。
ららの青春にひとりぼっちではなかったという
しるしをくれて
ありがとう。
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ららが昔飼っていた犬。
の
りょーすけ。(オス)
母の実家は酒屋兼魚屋さん。昔はそこでお手伝いしていました。
結果
りょーすけのエサも残りものの魚のあらとなります。
でもりょーすけにとってはすごくおいしかったみたい。
キャベツの芯と(葉っぱは宅でサラダに使った)、まぐろのあらとを少しの塩で味付けして
煮ます。
いわば和風ポトフです。
それを残ったご飯の上にお汁ごとかけてよーく混ぜ合わせて身をほぐします。
母はいつも直手でやっていました。
すると
りょーすけは大変喜んで食べるのです。
ちなみに
食べてる時近くに手をやったことはありません。
うなるかどうかわからなかったのですが
雑種(シェパと芝のミックス)
だったのでおっかなかったのです。実際母もでした。
あと
オスだし。メスだったらおとなしいということもあるだろうけど。
ちなみに
おやつにはまぐろの魚の軟骨をあげていました。
これもごく薄く塩で味付けしたものです。
まぐろの解体をしちゃってたのですよ。
母の実家でわ。
こう、まぐろをつりさげてでかい包丁でスパっスパっと切り分けてゆくのです。
映画「ロッキー」で牛の解体工場がありましたけど、
それのまぐろ版です。
りょーすけはおしゃぶりのように骨をもてあそんでいました。
そのうち
無くなっちゃうんですよね。どこかに消えてしまう。骨が・・・・・・・・・・・
今日も暑かったですけど、りょーすけの横になっていたハクレンの木は
引っ越しの時
永眠しました。
ららちゃん。わたしきれいだったでしょ。春の日に白く咲いていた私のことをいつまでも
忘れないでね。
りょーすけはわたしのおともだちだったのよ。
一緒に
わたしのお葬式してくれたでしょ。
わたしが死んで
泣いてくれたでしょ。
ありがとう。
実際
ハクレンの花木はきれいでしたね。
ららのこころのアルバムに今でも真っ白に咲く
ハクレンの姿と
根元に横たわるりょーすけの姿が
おりかさなって
ららを時空の旅人とするのです。
なつかしい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(^u^)
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りょーすけは捨て犬でした。
ららの家のそばのゴミ捨て場で
まだ目も開かないりょーすけがミぃミぃ泣いていたのだそうです。
からだにぱっくりキズを開いて。
だれかがいたずらしたのでしょうか。
かわいそうに。
りょーすけは傷口にウジ虫までたかって
それでも必死になって生きようとしていました。
本能だったとしか思えません。
兄はそのりょーすけを見てどうしても素通りできなかったといっていました。
りょーをつれてきて水道水でウジ虫をきれいに洗い流してやりました。
傷口には赤チンを塗って
自然にふさがるのを待ったのですが
今考えると原始だったなと思います。
なんといってもららはまだ十三歳の中学二年生だったのですから。
知恵足らずで当然です。
でも、ららは学校へ行っていませんでした。
いわゆる「不登校児」でした。
学区制がまだ機能していたといえば
ららが不登校になったわけもわかってもらえるのではないでしょうか。
ららは成績が良い方だったんですけど
学校はポンコツでした。
だから
生意気ないい方かもしれませんが友だちづくりに大変な苦労をしたのです。
いじめにもあいました。
今では皆無の「不良」もげんぜんとしていました。
ららはめだったので目をつけられていましたし
なにか異質な気のようなもの、「シャドウ」があったのか
絶好のふっかけのターゲットでした。
かつあげされたこともあります。
でも
学校へ行かなかった一年間。
ららはたくさんの書物にふれました。
りょーすけもミルクからあげて
ららが母親がわりとなって育て上げたのです。
りょーすけは不幸な犬でした。
でも愛きょうがあってかわいくておもしろくて
ひとなつっこくて
写真も数えるほどですが
いまでは宝物のようにららのこころの奥のほうで
ひかっています。
ららは「らら物語」のなかで全てを語りました。
ららちゃんの窓の無題をクリックすると出てくると思います。
中学三年生から学校へもどったららですが
その後は不幸の連続でした。
シャドウに流されづづけてしまって、とにかく潜在的な同化主義者だったららでしたから
それだけ言えば、
話の通じる人にはわかっていただけるのではないかと思います。
ららは学区トップの成績で鳴り物入りで中学校に入学したはずなのに
はいった高校はちんけでした。
母校をけなしたくはありませんが
やはり目をつけられてこてんぱんにいびられました。
不幸せの連続だったと書いたので
もうこれまでにします。
りょーすけ。
らら。
まる。
そして、べりー。
そしてそしてインコの雪ちゃんとハムスターの王子。
なにより生き残ることがかなってららはうれしい。
ちょっと人より神経が細いというだけで
大人となれずに死んでゆく子供たちが本当に多いのです。
ららは紙芝居を通じて
これからも
「やさしいこころ」をかたりついでゆきたい。
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天国で達者にしていますか?
ららはだんだん、トイプードルのべりーとの暮らしに慣れてきてしまっています。
とても幸せだと感じることがあります。
でも、りょーすけを肺の病で苦しめてしまった。
しっぽの後遺症で
くるくると同じところを回っていましたね。
右腕の裂き傷のふさがった
ちいさな跡に
動物病院の先生が
「おまえはこんなおおけがをしていたのか。」
と
悲しんでくれましたね。
こんこんと
冬が到来するたび、
おせきをしていたりょーすけ。
ららは
お金がなくて
りょーすけにセキ止めの薬を買ってあげることができなかった。
ごめんね。
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