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フォスター先生は言った。ぼくは最近、チルカ先生の恋人で英文学の先生のフォスター女史の取り巻きのひとりとなっているんだ。フォスター先生はとにかく美人だ。うつくしいことこの上ない。そのうえ、あたまもいいんだからね、これでもてないっていうのはさぎではないかとおもうの。
ちなみに性格もこのうえなくいい。どういいかというと、それとなくいうんだよね。たとえば、今日は放課後、先生を呼びとめて講堂ではなすことになったんだ。
ぼくが
「先生、ぼくは大人になって行くのが嫌です。ずっと子供のままがいい。先生ののぞむような、やさしいこのままでしたい。」
そうなげかけたら、先生は、わらった。
「ピッコロ、あなた、ずいぶんと大人となったのね。自分の昔をふりかえれるようになったなんて。昔と違う自分がにょっきりかおをだしている証拠よ。大概の人はそれと気づかず、通過してしまうものなのよ。あなたはえらいわ。
大変な問題と真剣に取り組もうとしているんだもの。」
そう笑顔で言った先生はやっぱりぼくの大好きな先生だった。
ぼくはそしてはたとおもった。
先生は主情からそういったのでわないかもしれないけど、浪漫主義の真骨頂はこころの昂揚にあるから、つまり、いきているという実感のようななにかだから、きっと先生は昔、僕と6おなじ様な事を考えていたンではないかと思ったの。つまり、それだけ、こころが゛たくさん動いていて、たくさん使っていたんだって。
「先生、ぼく、ビルデとはまた違う思いを先生にいだきはじめています。」
「まぁ。こまっしゃくれた男の子だこと。」
うふふふふっ。
そうほほえんだ先生はすこし子供っぽかった。でも、わりとぼくのチルカ先生の影響で、もちろん、流行の浪漫主義的な物言いになれていたらしい。
やっぱり、チルカ先生とできあがっているっていうのはうそじゃなかったんだ。
ぼくは最近、おとなへとからだが動いているのが分かる。すこしづつ。でも、それははたからはよくわからないかもしれない。今は、冬だから。季節は冬かもしれないけど、ぼくのこころは冬ではなく夏なのだ。
青春を愛せるのだ。こころのつよいおとことなるのだ。ぼくは。
でも、だから、ちいさなころまこどもごころをわすれたくなかった。山積みの毎日の課題をこなすだけではなく、ツと自分や自分のこれまでや、周囲について気を回したかった。
かんがえたかった。ぼくはかんがえることによって、無秩序たろうとしていたんだ。
無秩序を嘆くよりは、不正を犯したいと過激な物言いをしたフォン・ゲーテも、ほんとは調和を重んずる平和主義者だ。年取ったものは、規則を欲する。なぜなら、すべての法律は男の人によってつくせれたものであり、女性と若い男は例外をのぞむ。われわれが道徳的なものをやめねばにらぬとき、われわれは力をうしなってしまう。
そんなことばかりぼくはかんがえていたんだよ、ぼくはゲーテに傾注している。惑溺しているといっていいかもしれない。
ぼくのなかで、いろいろななにかがたたかっていた。それはごちゃっとした、一慣性のないもので、そんなとき、何より主情感が、たっとばれることとなるんだ。
主情、主情、主情。!!!!
なんてすばらしいんだ。
「ピッコロ、わたしもまたそうだったのよ。でも、私はおとなになってしまった。もう小さな少女ではないわ。」
「先生はまだ若いよ。」
「あら、おませなこといって。」
「ぼくはもおおとなです。」
「そうね。はたからみるともぉ立派に青年ね。」
ぼくはタッとかけだした。講堂の鐘が鳴りだした。午後5時をつげる就業の鐘だ。
ぼくのこの日記は半分はつくりごとです。おとうさん。フォスター先生は、ぼくにやさしくしてくれるけど、チルカ先生の奥さんになるひとなんだ。
結婚しても、かわらずにいてほしい。いつか、子供をもつひがやってきてもさ。
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