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ようこの家は母子家庭だ。だから、ようこのこころは花弱いにつきたし、自信といえるようなものももっていなかった。むろん、大学をめざしているのだから、青雲のこころざしはある。
だが、まずいと思う。
日本の教育はどこか欠陥があるように思う。それが、何によるものなのかわからねど、ようこは勉強することによって、自己自身がつくられていくどころか、逆に自分は男なのか、それとも女なのかとか、同性である女のひとであってもようことは違うんだかいった、じぶんの性の不安定さがたちのぼり、現象としての女性像にじぶんをあたはめてみたりもした。
しかし、それは異世代からみたら華美であるとか、あるいは、地味であるとか、また、露出狂であるとか、とにかく
さんざんな酷評でもってむかえられて、よくよくかんがえてみるとその言葉の大半が母のことばであったのだ。
母の見え方とようこの見え方がときとして対立をよび、ようこは随分と訴えかけねばならない羽目となった。
「おかあさん、へんてこりんな認知をわたしに吹きこまないでちょうだい。わたしの邪魔をしないでちょうだい。」
そう、くりかえしかたったにもかかわらず、ようこのわかってちょうだいはほぼ毎日のように繰り返されることとなった。
それは、十八のようこにとって地ごくであるといえた。
ようこにまだ解釈はできない。
好きなように生きればよかっただけである。しかし、みみのよいようこは、わかって、わかってを連呼しつづけた。
それは一種の啓蒙主義であるともいえた。
ようこが百科全書派となってゆくには、こうした経緯があったのだ。
限界をようこは知りたいと思った。
限界効能だ。限界効用ではない。
しかし、ようこには、概論、あるいはより強固に概説といった教科書がなかった。
あの、戦争の時代、産声をあげた、新書の精神に傾倒していたようこであったので、高等教育を受けれぬまま
知的な精神の古渇をみた同砲のくやしさが、ようこにそのころ早朝、ラジオで放送されていた通信教育の高等学校講座へとむかわせた。
朝、四時にはじまる。その講座で、ようこは社会科のようこ自身の基底部となった基礎を知った。
無文字の耳学問だ。
何といっても、わりと頭の良いようこであったので、それはようこにとっては落ちてたといっていいかもしれない。
学歴のはばをきかす、現代社会において女性ははたしてどんなかたちで、生きていったらよいのか。
くりかえすが、ようこの家は母子家庭だ。
けっして、お金に余っているとは言えない、
だから、働かなければならない。
そのためには、精神の力がいる。
生きていけるだけの自信を得なければならない。
ようこのこころはかよわかったから、また、母一人子一人であったから、社会というものがどんなものであるのか
見当もつかない。
だから、のこされた道と言ったら勉強をつむことだけだ。
そのためには、また、そのための精神のあり方が必要だった。
ようこは男とならねば。
そうかんがえた。
通信教育のラジオ講座ではこんなことをかたっていた。
「私たちのうけている教育には、今、いったいどんな問題があるでしょうか。ノーベル賞を獲得した高名な作家はこんなことを言われています。
ここまでいっらた作家の名が思い浮かぶのではないかと思いますが、彼は日本と西洋の懸け橋となるべく
奔走されました。古典の研究からはじめられ、日本的美と、日本女性の悲しみについて、おおくの書きものをのこされました。その道にしか、わたしたち通信教育をうけている青年にはないように思われます。」
世相は、高等大学生徒たちの学生への変態の過程が、拡大解釈されほぼおおくの学徒たちが、身の丈を忘れ果てフロイト博士のいうシャドウに動かされていたと言っていいかもしれない。
そのシャドウがなにかといったら、「性」であったとしかようこには理解できなかった。
自己の性は、自己にとって未知である。
求道を選択するのであったら、話は別であろうが、社会へとはばたき資本家のもと労働せねばならない身のおおくの学徒にとって、そのことは打って散る。
観念をもつことを、冷めた言い方で「機能主義」というとようこはいわいから聞いた。
そう言った意味で、ようこはドイツの観念論を探求する必要があった。
そして、機能主義を身につけ、本質を見抜きロマン主義へと帰還せねばならなかった。
それをさして、哲学という。
知を愛する。とはそういう意味である気がする。
ロマン主義こそ、ようこの母体であった。ふるさとであった。
この、あたたかい血の通った生命のかおりのする浪漫こそ、母の生まれ育った時代の教えであって、
遺伝のちからがどこまでも時代をようこにも、またいわいにも、風景とさせていった。
ふたりは、心中しようとちかった。
玉川上水でいのちつきよう。
いや、ここは旭川であるのだから、あさひかわで服薬して死ぬのだ。
これはある種のアンチテイゼである。
経験にとぼしい若いふたりであるから、テイぜはよわよわしい。
だが、アンチテイゼははげしかった。
なにも死ぬことはない。
市井でいきていったらよい。
スーパーで買い物をしないひとはこの世のどこにもいない。
この庶民的な日常への埋没こそ、光景だ。
ふたりは、そっと秘密のちかいをたてた。「けっこん」のことばのちからをかりて。
ふたりは、新自由クラブともいえる、人生の愛好者となろうと、そのよ、結ばれた。
ようこが十九歳となる直前であった。
入試の日はちかい。
ふたりだけのせかいにいながらも、けっこんしたみであるから、精神力がついた。
狂気がきえていった。
母のもとをさって、いわいとふたり暮らしてゆこうと、ようこはかんがえ、離れをでだ。
ながいあいだくらしてきた、この家とさよならするのだ。
愛惜のねんに、こころがふさがれた。
ちいさかったころのおもいでがおしよせた。たくさんの夢をいだいた青春時代だった。ようこの青春だった。
青年という言語の力を借りて、今、ようこといわいは大海に沈没しかけつつあるいっそうの舟に再び乗ろうとしているのだ。
すべての風景がふたごのパスカルとポルックスのように、夜ソラに飛び上がって行った。
いわいの大学卒業の日もちかい。
それまでの、辛坊だ。
ようこは、悟った。
それこそが、ロマン哲学という生きた思想のエイトスなのだとしんじている。
ただ、真っ白な雪がまわたのごとくふりしきった。
雪国の冬はトンネルのさきに、海がみえるのだという。
どんな海かは知らないが、きっと見たことのない景色であることと思う。
信頼を、ふたりは互いに知った気がした。そのひとみにうつるすべてが、うつくしくただまっしろだった。
けがれない、しろいしろいこころ。
愛情をきざんでゆく。
楔形文字。
インダス文明のかぜを、ちょうちょがふたりに贈ってくれたのだ。
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