新ららちゃんの窓

幻の山芋歌を探し続けて20年 てんとうむしのかわいらしさを見つけました

短編小説

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犬姫ーいぬひめー

 むかしむかし、武蔵の国に犬姫というたいそうきれいな娘がいました。
髪を長くし、束ねていました。色は黒ぐろとして、たっぷりと豊かにありました。
城持ち大名の一人娘として、たいせつに育てられましたが、それがあだとなったのか、性格がこのうえなく意地悪でした。しかし、面持ちはやさしそうな温和さを醸し出していて、いいよる殿方の多いことでも、名をはせていました。何とは言っても、京から遠く離れた、東国にありながら華やかな都の便りを頼みとしながら、世をはかなく暮らしていました。
 犬姫も、年頃となり、容貌のきになることもしばしでした。しかし、一向にこころの容貌のきになる気配もなく、心配した母君は、父君と相談し、丹頂ヅルを見に行かないかと犬姫に誘いました。
程ないところとはいえ、ふせごに乗っていくばくか峠も越えたところに、湿田がこうとひろがり、たなびく畝傍の里ともおもわす秋の頃の色とりどりの山々の肢体に、いろを添えるようにして、真っ白ななかに赤と黒の映えた丹頂ヅルがとんと、百羽はいたでしょうか。
たいそう美しく、またかわいらしく、どこかむすめさんの姿にも似て、母君はツルにえさをあげながらこういいました。
「犬姫。ツルは大変情深い生き物なのです。めおととなってのちも、互いにおもいをつなぎます。子をなしても、夫婦ふたりでたいせつにそだてるのです。」
「はい。まこと、あっぱれな鳥ですね。」
犬姫は答えました。
「御前、あのつるの鳴き声はどうきこえます?」
「はい。くーくーときこえます。」
「わたくしには、こうこうときこえますよ。」
母君はいうなり、湿田に高価な草履をはいたまますっと足を運びました。ぬっと、泥が母君の足をおしつつみ、ふかくふかくその足をくいこんでゆき、やがて、母君のお顔もみえなくなりました。
父君があらわれ、夕焼けの空を背に、「やはり、母君はツルの化身であられたのだよ。」そういいました。
 「あれは、わたしが16歳の頃のことだった。この地に視察に来た私の目に、めおとか、つがいのツルがとびこんだ。メスのほうは、腹に赤子をなしていた。このあたりは飢饉とひでりがつづいていた。母鳥はだいぶんやつれていた。もぉ、一歩もあるけんのか道のはたにうずくまって、「こう」と切なげに泣いた。わたしは、いてもたってもいられなくなり、もっていたこばんをやった。けれど、弱った母ヅルにこばんなど、意味がないこともわかっていた。
あいにく、ツルのえさとなるものの知識さえなかった私は、かんがえて、泥炭からどじょうをすくうと、母ヅルのくちばしをお付きのものに押しあけてもらって、とっといれてやった。こくんと飲み干した母ヅルの黒い瞳が、娘のように濡れていて、しきりに頭をうなづき、礼を言おうとしているのがわかった。わたしは、よいことをしたと思った。
民にとって、なにをすば、善政となるのか、若者であったわたしはかんがえていた旅の途中のことだった。
しばらくして、わたしは隣の国の縁関と言う娘と婚姻した。きづかなんだが、おなかに、こどもがいたという。
月足らずで御前が生まれ、思いを込めて「犬姫」と名づけた。犬のように、果敢でつよい魂をもったおなごになってほしかったのだ。飢えて死んでいったあのやさしい母ヅルのようなめにはあわせたくない。その一心だった。 たぶん、母君がツルの化身であろうかとは、幾年もともに暮らすうち、そこはかとなくわかってきた。おもかげが、あの丹頂ヅルとにているだけでわない。白いわた雪の降る日など、あそびたわむる御前を見入りつつも、どこか遠くを見ておった。やさしくしてくれた、里山の農民たちのことに思いをはせているのやもしれない。私は思った。それから、私はいつか御前が自分の血にきづいたら、この地にやってきて、母君を自由にしてあげよう。そして、御前に農民たちの苦しみと喜びのわかることを願い、今、母君が泥に帰って行ったように、ツルとしての娘らしい感受性を養ってほしいとはるばる富士やまのあそこに見えるこの土地に、ふせごをいそがせたのだ。わたしは歩いてひとり旅をしたが、御前はおなご。つらかろうとおもい、飛脚をたのんだ若者がいる。
そこのもの。こちらへ、きてください。」
 父君は話すと、ふせごのそばで立っていた若者に声をかけました。若者は、かぶっていたほおかむりをはずしました。
その顔は、犬姫の見知った顔でした。
「御前は、紀州犬のしろが好きだろう。あのしろと遊んでいる時の御前があの若者は大好きだと言っている。」
父君は言いました。
若者はすすみでると、
「城内の犬取り締まり役をおおせつかっております。犬姫様にはお優しい御言葉の数々を賜り、この誠悟朗、以前より大変嬉しく思い、お慕いしておりました。」
「誠悟朗は、獣医学に通ずる。いずれ、姫もツルへと帰ってゆくであろうから、案じて、寂しいおもいゆえに病になどかかりもし、無念の死をとげることのないよう、養生に後世をこの誠悟朗とめおととして暮せ。」
「おとうさま。おとうさまはわかっていてくださっていたのですね。」
犬姫は袂にすがって言いました。
「わたくしは武家の娘。しあわせなど、ないものとあきらめておりました。そのうち、ひがみごころもでて、ずいぶんと、いやな娘となっておりました。しろがかわいいのであります。しろのようにかわいいおなごとなりたいのでございます。わたくしに、その手本と生きる道を授けてくださったこと、御恩に反せません。わたくしは、誠悟朗とこの地で、ツルにかこまれて生きてゆきます。しろを手元におくことをお許しください。」
東国では、紀州犬のしろが、秋から冬への移りゆくさまをじっと虚空をみつめていると、真っ白な雪がちらと舞いました。いくぶん、はやい冬の到来です。
動物達は、自然の異変をすぐさま察します。冷害がおこるかもしれぬ。もぉ、雪見を楽しみ風流だなどとうたっているひまはないのかもしれないのです。
しかし、雪はすぐに止みました。
そのころ、富士やまのたもとではツルにかえった犬姫と一笑を添い遂げようと、しゅうげんがとりおこなわれていた。その祝いの雪であったのかもしれません。
「一生、おそばにいますよ。わたしをたよってもよいのです。ツルにかえったあなた様のことを、ずっと、見守ってゆきます。何故なら、思っている人が、ツルに変わったからと言って、何故心まで変わるでしょう。わたしには、たいへんうつくしい娘御にみえます。こう、こう、となくきれいな鳥です。」
 
父君はしゅうげんをながめていましたが、思いは、死んでいった、ツルの化身である母君のことに向かっていました。
少年の日の、あの弱っていた母ヅルの花弱い姿がおもいだされました。
父君は遠く、夜富士をながめました。
あたらしい世づくりがまっているのだ。
強いものが、よりやさしくなれる国を興そう。みな、母ヅルのくれたこころの具現。
自分の腹のすくことよりも、子をおもうこころにあふれていた妻のすがたと、ちょうど娘の頃のツルとなった犬姫がかさなり、
「やさしさなるこころ大道たる」
生きるものすべてが、いとおしく感ぜられた晩秋の夜はふけてゆきました。
 
 
 
          夜富士やま根付くに血のしたたるにこの土地のみぞ知るすべもなく
 

こころに咲いた花

みなさんは、「心に咲いた花」をみたことがありますか?
この花は、とてもかわいい花で、でも、咲かせることのとても難しい花なのです。でも、ある少年がこの年、私に話してくれました。瞳を輝かせて。
きらきらとまたたいた、夜空の星のように、青白くてどこか儚い、夢を描いた少年は、かんがえていました。
「こころにしかない花を、この山でみつけるんだ。きっと見つかるさ。こころにぴったりとした花が・・・」
山の木々は春から夏へと向かい、薄緑色をしたフリルのようなきれいであるとともに、また、音もなく静かな枝葉をひろげ、そこに、一本の老木であるとちの木が、その夏を最後に枯れ落ちようとしていたところでした。
「へぇ。随分と立派な木だな。でも、ぼくのこころにはもっととてもおおきくてすてきな花がもうすこしで描けそうなんだ。その絵を描くために、ぼくは、本物の花をこの夏山で、見つけなければならないんだ。」
少年は、とちの木に別れを告げると、そっとスケッチブックを開きました。
少年は画家でした。
食べてゆけるはずはないことなど、知ったつもりでした。
しかし、あふれるばかりの熱い思いが、少年に木炭をとらせたのです。
ふと、足元に、しろつめくさのさいているのを見た少年は、クローバーの上に座りこみ、つめたくすずしい風に吹かれて、しろつめくさのデッサンに取り掛かりました。
少年は、実物のようにしろつめくさの花を描くことができました。
でも、まだ心に花が咲きません。沸き起こる、情熱が少年をここまであるかせてきたのかもしれません。
しかし、その情熱は、にせものでした。
なぜなら、少年は、自然についてまだよくはしらなかったのです。
まだ、年のゆかないにしても、そのことが、彼を苦しめました。
「絵だ。ぼくだけの花なんだ。心に咲いてくれた花なんだ。あの少女を、ぼくは傷つけてしまった。それなのに、彼女はこの旅に、やさしい笑顔で送り出してくれた。」
愛が、そのこころに咲く花だったと知ったのは、少年が、もぉ少年ではなく、老人となったころのことでした。
彼は、今年76歳となりますが、こころは、いまだにあの少女のすがたを追っていて、そのために、妻をめとらなかったのかもしれません。
天才少年画家であった過去が、老人のひとみにまぼろしのはなを見させました。
庭に咲いていた一輪の深紅のばらです。
おもいのほか、ちかくにあったのです。
あの少女が旅の前日くれた花の種を、まいたのはつい最近のことでした。しかし、そんなむかしの種が、芽をだすなど、おもいもしなかったやせた老人のひとみには、今、青春の頃好きだった言葉「情熱」の花言葉をもった、
ギルガメシュ叙事詩にも登場したおなじばらが、時をこえて、咲いている姿が、たしかに写ったのでした。
こころに、激しく、刻印されたそのおもいをかかえて、ひとりきりの人生の終幕に向かって、少年だった老人は生きてゆこうと誓いました。
 
森にまちにまった春がやってきました。
動物たちは、みなとてもよろこんでいます。
元気いっぱいに「うふふ」と笑う白いりすが、芝色の毛色をした野ウサギをからかいました。
白いりすは、仲間のなかでひとりぼっちでした。
なんといっても、シマリスの多いアルプスのふもとに広がった森の中では、とてもめずらしい白い毛色をしたりすだったですからね。
でも、白いりすはとくにふしあわせだったわけではありません。
たくさん、楽しい思い出がありました。
白いりすは、もぉ、年をとって、そんなに若くはなかったのです。
 
ある朝、とちの木の老木にうろがあって、そのなかで長い長い冬を越したクマの親子が、目を覚ましました。
「あぁ。こどもたち。おなかはすいていないかい?はやく目をさますんだよ。まずは、泉に水を飲みに行くからね。」
「おかぁさん。おとうとのジャッキーがいないわ。さっきまで、うとうととして、一緒に寝ていたのに。」
「おやまぁ。そういえばいないね。それに、ためてあったどんぐりもいっさいないよ。どうしたんだろう。」
おねえさんのルビィはジャッキーのことがその実、おかあさんのあたたかなふところを奪い取る邪魔者にみえていましたけど、こうして、ジャッキーがいなくなってみると、悲しい気持ちがわき起こってきました。
 
「おや、あんなところに、白いリスがいるぞ。ぼくは今度の春に目覚めたばかりだから、目はいいんだ。ぜったいに、白い毛をしているぞ。しましまがないなんて、おかしいや。」
ひとあしさきに、泉で水を飲んでいた小熊のジャッキーは初めて見る白い年老いたリスにびっくりしました。
春の泉はたくさんの小動物でごったがえしていました。
みな、ながかった冬を終え、ほっとしていました。また、つらく長かった冬のこころが抜け出ないまま、春ののどかさのなかに、すこしとまどって、てれながら、やがてゆっくりと春を歓迎して行くさまが、とてもごく素朴で、ありふれた森の風景になっていたのです。
でも、寒い、寒い、冬でした。
年召した白いリスにとって、つらい冬でした。
生きて、春をむかえられたことが不思議なくらいにおもえました。
 
「ねぇ、君。ぼく、芝色のウサギって言うんだ。君。白いリスをずっと見ているけど、あのリスはきのどくなんだ。」
「どうしてさ?」
「どうしてかというとね、あの毛のせいなんだ。白いだろ。この森にはしましま模様のシマリスしかいないんだよ。
白いリスも、シマリスなんだけど、なんてっても、毛色がわるいからね。ひとりぼっちなんだよ。ずっとずっと。」
「ずっとずっとって、今年の冬よりも?」
「そうだよ。この冬が終わったって、白い毛がしまには変わらないと思うよ。」
「しろくても、いいとおもうんだけどな。」
「君。しろいと、めずらしいから、かわりものなのだよ。でも、ぼくのことをみるたんび、「うふふ」って笑ってからかうんだ。こまっちゃうんだ。ぼく。じっさい、白いリスはいのちがもぉそんな長いとは言えない気の毒な身の上なんだもの」
「そぉ・・・・」
こぐまのジャッキーはかなしくなって、いずみに涙がぽたぽたぽた、と落ちました。
「ごめんよ。ごめんよ。白いリスさん。さっき、おかしいだなんて言ってごめんよ。」
白いリスがかわいそうで、ジャッキーはしくしくしくしく泣きました。そのたび、丸い涙の粒がぽたぽたいずみにおちました。見ると、水面にジャッキーの真っ赤な目をした顔が映っては揺れてをくりかえしています。
 
 
いずみの水面がゆらゆらと揺れて、ジャッキーのなみだをつつみこみました。
ーどうしたの? なにをないているの? わたしはこのいずみの精よ。あなたみたいなこぐまがだいすきなの。
いってごらんなさい。わけをはなしてみて。−
きっと、ジャッキーのなみだがおいしかったのでしょう。
塩辛いあじのした、こどものなみだです。きっと、いずみの精はこのむことでしょう。
「いずみの精さん。ぼくにはあたらしいおともだちがいるんです。白いリスです。シマリスなのに、毛が白いのでひとりぼっちでずっとながいあいだ暮らしてきたんだそうです。」
「ぼくのことをからかうんだよ。ぼくがこの前の森の会議所で、クマのお母さんが冬ごもりのためにためたどんぐりをもってきてしまったんで、法廷侮辱罪にかけられた時、ぼくがしらをきっていたら、白いリスがちょこちよこっとやってきて、「わたしよ。わたしがたべちゃったの。」っていったんだ。」
ーいったい、それからどうなったの?ー
「議長さんが、「いや、それはあるまい。白いリスよ。きみひとりで子供連れのクマが冬こ゛もりのためにためたどんぐりをぜんぶたいらげられるわけがないのだ。うそは、野ウサギのものと決まっているのだ。白いリス。
いなくなるがよい。おまえは、巣にお帰り。」そういって、その場はしまいさ。でも、ぼくのしらはつづいた。前例があるからね。そう言う目で見られるんだよ。いいんだ。べつに。もぉなれているからね」
ーえぇ。えぇ。そうね。しかたないわね。−
「いずみの精さん。ぼくはないたふりをしたんだけど、結局、罪をきせられて、どんぐりを春になったら倍、この隣にいる親子グマにしはらわなければいけないのです」
「知らなかったよ。ぼく。どうりでおなかがへっているとおもったんだ。やけにさ。」
―ドングリをとった動物はほかにいるのね。−
「はい。でも、ぼくも二つだけたべたから、きっとぼくがわるいうさぎなんだ。うそばかりつくわるいこなんだ」
ーそんなこと。私は知っているのよ。どんぐりをすべてとっていったのは、シマリスの群衆でしたよ。−
とたん、イズミの精はきれいななみだをぽたぽたと美しい両のひとみから落として、ただただ、かなしみにくれて、なみだは、どんどんふえつづけ、やがて、いずみは小川となって、せせらいで、はるのとばりのなか、森中をながれだしてゆきました。
 
「わぁぁっなかないで。もぉなみだをふいて。動物達が強いだなんて、いずみの精さんがいちばんよく知っているはずですよ。」
野ウサギは言いました。
森はどんどん、春の雪解けも手伝って、うつくしくなってゆきます。
春の花々がさきはじめ、くさむらに、たんぽぽがのぞきました。
イズミの精は、たんぽぽをみると、「うふふ」とわらって、ふと泣きやみました。
滝のようにならなかったのが、ふしぎなくらい、いずみの精は本当にかなしくて、なきふしたのです。
「泣いたってしょうがないよ。イズミの精。」
白いリスがいいました。
「シマリスはね。とてもあたまがたつんだよ。いくら森で一番頭の働くたぬきの議長だって、またあの野ウサギがしらをきっているとおもいこんじゃったんだから。そうなったら、しかたないんだ。忘れて、したがって、いうとおりにするのさ。でも、わたしはずっとこのさきも、あの野ウサギの子とともだちさ。うふふ。」
 
動物って、とっても弱くて、でも強くて、すばしっこくてあたまがいいかんじがしますよね。
そのとおりで、アルプスの足元にひろがる森で暮らし続けている動物達も、みんな一生懸命、いきているんです。弱い動物は、生き残るための知恵にあふれていて、とても強いんです。
いずみの精はそれからというもの、白いリスがみずをのみにやってくるたび、甘い水をあげて、自慢の白毛がぬけてこころさびしくなっているりすを励ましてくれました。
いずみの精も、役に立ってとっても嬉しかったみたい。
やがて、夏が来て、秋がめぐりくる頃、冬の気配が耳のしじまにひびきわたりました。
白いリスは、ちからつきて、ふもとの泉より流れ出ていた小川のふちで、たおれていました。
「わたしは、そういえば、ずっとひとりだったわね。さびしかったわ。でも、ただしいことをしたし、ほこれるわ。
いきてきたことをね。死んだって、ふしあわせなんかじゃないわ。だって、いま、あたたかなきもちでいっぱいなんですもの。こころがまだこわれていないのよ。」
 
 
この森で、今年一年のあいだにおこっためずらしいおはなしです。
すくないことなので、目にとまるのです。
きっと、野生動物のいきたあかしは、いのちがつながれてゆくことだけにとどまらず、親切にしてあげたことや、おかえしがあったこととか、季節が今年はよかったとか、たくさんなのです。
森で、ずっと長いこと、とちのきのうろを提供してくれていた老木が、今年は、あらいぐまが、うろにはいったと、わたしにしらせてくれました。とちの木の老木が石のようになって、土にかえってゆくのも、まぢかいことだとおもいます。
 
その少女の名は雪子といった。
文字どうり、雪のようにかわいらしい子だった。むろん、女の子である。きれいな心をした、美しい容貌にもめぐまれた、ひとによい感じを与える美徳を供え持ったまれな少女であるともいえる。
この器質は、雪子を随分と、生きてゆくのが困難であると感ずるほど、苦しめることもあった。
おおくは、通り過ぎて行った。ふっと、雪子に触れて、痛い目にあわせてはすぐに忘れてしまったかのようにさっと過ぎゆきた。
ひどいしうちであったかもしれないし、この雪子の器質が雪子にあたえた試練が、彼女を情感豊かな子としてくれたともいえた。
結果として、今の雪子は、可憐な少女で、もうじき、中学校の門をくぐろうとしているのだから、もしかしたら、幸いなる祝福であったのかもしれない。
月並みなことばで言ってしまえば、艱難汝を玉とすと、くくれるかもしれないが、どこか、そんな言葉では言い表せないほどのおおくの生きた経験を、雪子はしていて、子供らしい満足感を得、そこから想像の羽をひろげて、たまには詩を書いてみたり、小説を書く真似ごとをしてみたりもしたのだから、それなりに、充分幸せであったのではないかとも思う。
 
雪子は、まだけっして美人であるとはいえなかった。これから、あこがれに満ちた青春時代が花開くような気もする。きっと、これから、何もかもが始まるのだといった気もしてくる。
もちろん、小学校六年間で学んだたくさんのことを心に留めたまま、おとなへと勇気ある一歩を踏み出してゆくことは、心に傷を負わせてしまうこととなるに落ちるかもしれないけど、大切な思い出がいっぱいだから、雪子は、その冬、雪の降りしきる札幌で見上げた夜空の白い世界が何よりも奇麗だと思えたのだ。
わたしはもぉけっして子供であるとはいえないかもしれない。何故なら、中学生になるのだから。
中学生になったら、勉強も一段と難しくなる。そう聞いた。
ホントかウソかしらねども、雪子は算数が数学と名前を変え、図画工作が美術と変わり、そのほか、中間テストに期末テストなどといった未知との遭遇もあった。
とはいっても、まだ予備知識の段階で、本当の中学生活は知らない。
きれいな雪景色だった。
真っ白な雪崩のように降りしきる雪が、時の過ぎゆくにつれ、一刻一刻と雪子の内面にまでふりつもってゆくかのようだった。
雪子の名前は、この雪からもらったときいた。
雪子の祖父がつけた名だ。
儚い雪といった印象よりも、雪のけがれのなさを持って、「雪子」ともらった。
この名を心の中で何度となく繰り返すうちに、雪子のなかに彼女なりの雪の景色が育った。
その雪の情景を、雪子は今は現実のなかに見つけることが出来た。このことは、幸福感を彼女に与えるに充分だった。
幸せな気持ちで心が満たされた。
随分と、本を読んできた。
読書感想文では、道展にも出作された。
褒められることが何よりも好きな少女だった。
成績がぬきんでていた。
この特徴は、雪子に、そのほかおおくの同年の娘たちとは異なった景色を彼女に与えた。そんな気がする。
 
純度といったらよいかもしれない。
それは、うつくしいなにかだった。ちいさなものだったので、瞳をこらさなければ、みえなかったかもしれないが、雪子の目には映ったのだから、きれいなのだ。
こころをみつめた。
 
きーんとしたひびきが、雪子の耳を不意に襲い、雪子は耳をおさえると、足を一歩と踏み出した。
札幌のはずれにある、名も知らぬ地だ。
雪子は迷っていた。
このまま、死んでゆくのもいいかもしれない。でもわたしには、明日しなければならないこともある。昨日、お母さんが死んだ。お父さんも死んだ。
自動車の事故でこっぱみじんだった。祖父が待っていてくれるあの家へ、帰ろうかと思った。
ひきかえして、平和な故郷へ行くことは造作ない。でも、雪子は行こうとしていた。中学校へ行くんだ。
雪子は中学校へゆくんだ。
どうしてもこの町の中学校へ行って、勉強がしたい。友だちもいっぱいつくりたい。困難な道を好んでしまう仕方のない性格が、雪子を歩ませた。前へ前へと。
真っ白だ。
世界が、耳元で音を立てて過ぎてゆく。
どうしても、雪子は大人にならなければ。
いそがなければ。時間がない。今日、雪子は十二歳のお誕生日をむかえるのだ。
母は、夜、10時にきっかり雪子を産み落とした。そう聞いた。
12歳になるよりも早く。どうしても雪子はいそぎたい。
かけ出したい気持ちを押さえて、すべらないよう慎重に歩をすすめた。お父さん、お母さんのことが好きだった。
でも、おとなとなった雪子の姿をみることのかなわない世界へと二人は逝ってしまった。
このことは、雪子の問題だ。今、雪子にとって、人よりも早く大人となることが、何よりも値打ちがあった。
大人のことが理解できることに、値打ちがあった。
雪子のお父さん、お母さんのこころをわかってあげられることが、大切なことだった。
でも、もぉ二人はこの世にはいない。
雪子のひとみにおぼろげな建物の輪郭が写った。
学校かもしれないし、ただの民家かもしれない。近づくと消えてしまう何かかもしれない。ただ、引き寄せられるままに歩いた。
雪子は夢をつかむんだ。自分の力でつかむんだ。大人になるんだ。そのために、勉強するんだ。
 
果たして、中学校の校舎が面前にひろがった。大きな時計が目にうつった。校舎の真の中に9時55分をさす時計があった。
まにあった。
まにあった。雪子は11歳で中学校にふれることがかなったんだ。厳寒の札幌は真冬の頃で、冷たい雪が永遠の刻、降り続き、震撼とした冷気はほほをうちつけ、あかりひとつみつからない巨大な暗闇の中に、その時、星が見えたのだった。
あの星は、はくちょう座のデネブだ。
夏に見えるはずのデネブが冬の夜空に見えた気がしただけだったかもしれない。
けれど、雪子には、デネブだとわかった。
神様は雪子を祝福してくれていると思えた。
何故なら、こんなに一生懸命走ってきたのだから。人一倍、努力することが好きなのだから。
しんじることが、雪子にはまだできたのだ。
 
まぼろしが、巨大な山となって雪子にてまねきをしていたことを静かに納得した彼女は、
 
「そうね。雪子はあの星がデネブだと知っていたわ。それに、中学校にだって通って、勉強とスポ―ツを頑張るのだから」
 
そうつぶやくと、悲しさとくやしさから、熱い涙がほほをつたうのがわかった。
あたたかなぬくもりが、何よりも恋しくなった。
恋をしよう。
中学校に行ったら恋だってするんだ。負けるもんか。
そして、時計の針が10時をさし、雪子は晴れて12歳となることができたのだから、別段、おかしくはなかったのだなと思う。

スノウイ―

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