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人形劇について
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ららのセルフポートレート。
一枚目はららの部屋で撮影しました。
二枚目はらら宅で営業している喫茶店のドアのところで。
ついこのあいだまでは、セミロングだったららの髪型。
腰あたりまで伸ばそうかとおもっていたのですが、思い切ってショートカットにしてしまいました。
でも、ショートは伸びるのが早いので、
もぉじき、「プルメリアの伝説」の髪型のみ、似てくるような気がします。
はやくそうなったらよいのだけど・・・・・・・
ららは髪が長い方がにあうのでしょうか?
むかしは、腰までありました。
ほとんど三つ編みにしていたので、気がつかなかったのですけど、
長いと女としての魅力が増すのでしょうか?
いまだに、答えの出ていないららです。
おしつけがましいひとがいて、ショートカットだと「フェミ」だというのです。
髪の毛をだらりとながくして、ブラシでとかすことばかりして、ららに意味不明なことばかり言われるのです。
まるでスフィンクスですね。
きっと、エンゲルスキーマなのでしょう。
らら、今日文楽のページで素養を増やしたのです。
あの伝統芸能の「文楽」です。
関係ないかもしれませんけど、らら「人形劇」に関心があって、
最近そんなことばかりしています。
その勉強のため、日本の古式ゆかしい「文楽」について学んだのです。
なにか、「斜陽」といった風情をかんじさせます。
人形に「お能」でいったら「謡い」にあたるところが加味されて、いきだまがはいるような迫力が
日本の人形にはあるようなかんじがします。
ところが、それではいけないのです。
まず、「謡い」があって、人形が存立するのです。
そこが、童心というか、なつかしむべき、こころのふるさとともいえる
たましいの柔和なのだと思います。
真名心とでもいったらよいのか、
古来には「まこと」という理念もありました。
日本が「主各融合」、あるいは「主各未分」のまったき清き澄みわたったこころを
菩提心としたことは、ひのきが高木とされることからもよくわかります。
しかし、当の俳優に、その言葉はまだ未知であり、そういった心的世界のなかで
くりひろげられていった内心が、外側からとらえると、
結果としてそういったかたちを保っていたというのは、いわば「方言」のようなもので、
方言が独自の魅力をもっていて、
都落ちした高貴な人に、こころをくれもし、うぐいすの初鳴きのごとく
人形が、「謡い」のかたちをもってさえずった、語った。ということなのです。
ららとしては、にあっていれば、どんな髪型をしていても別にいいと思います。
ららのいうところの「方言」の意味です。
写真二枚、文楽の花がたに劣る。
でも、みてね。 |
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