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美世子は嫁入り前だった。
うぶなまだ若い声をしたかわいい少女だ。
美世子に父母はおらなんだ。おっかあはすこぅし前にはやり病であの世にいっちまった。
おっかあのまくらべの言葉はこうだ。
「蓮見様の息子殿はおまえのいとこだよ。今ではうちはこんなだけど、おとっちゃんが生きてた頃はいろいろと親切にしてくださった。お前には秘密だったけど、おとっちゃんが死ぬ前日、御前は蓮見様の息子殿と結婚の約束をしたんだ。かあちゃんが死んだら、訊ねていきな。」
でも、美世子はゆかなかった。蓮見様はこのあたり一帯の地主さまだ。おらとは身分が違う。いとこでも、ちがうんだ。そう、せつせつと泣きたい心を辛抱してふんばった。
まだ小さな娘のことだったから、頼りないのも当たり前かもしれぬ。もとより、ひとりぼっちで田を耕し生きてゆくには
美世子はかよわすぎた。
まだ親に甘えたいこころをおさえられない美世子だった。
そんなころ、親を荷車のしたじきにいっぺんに失った、たぬきの子が暮れどきを畝傍の山を背景に、ただただ途方に暮れてあるいておった。
娘は田を耕す手をやすめた。
「これ、子たぬき。おまえ、どこへゆくの?」
「ぼく、どこにもおうちがないの。だから、旅に出るの。いいの。きっと、途中で野垂れ死にだもん。」
「たぬきの子。おねぇちゃんと一緒にくらす? おねぇちゃんもひとりぼっちなのよ。」
子たぬきはじぃっとまっくろなおめめで娘をみてましたけど、なにかやさしい気風を娘から感じ取ったのか、二人夕陽に照らされて、とぼとぼと家路につきました。
「ついてきているね・・・」
娘は子たぬきの小走りについてくるすがたをみると、嬉しさでいっぱいになりました。
あんなかわいいたぬきの子としばらく暮らせるのね。わたしも頑張って生きていかなきゃ。
自分を励ます美世子じゃった。
それから三日ほど、子たぬきは娘のとこでせわになった。
おいしい食べ物をいっぱいくちにして、娘にやさしくしてもらって、しあわせなこころになったたぬきだった。
十五やの晩、文が届いた。
うたが菖蒲の花にすえられていた。
返歌など娘にできようか。
「どうしよう・・・・」
すると
「おねぇちゃん。かして。ぼくがおうたをかいてあげる。」
「おまえ、歌えるの?」
「うんっ」
そうしてしばらくして、てきあがったおうたを見ようと返歌の紙片をみますと、子たぬきのちいさなかわいい手足の跡がたくさん。
「ありがとう。たぬき。ねぇちゃん。これ持って、いまから蓮見様のとこにゆくね。あまえが懸命にかいてくれたうただもの。きっと、よろこんでくれるわ。」
それっきり、娘は子たぬきのもとにはもどってきませんでした。
花嫁になるとききました。
たぬきは知っていました。母だぬきと父だぬきのいのちが絶ったあの荷車が、娘の花嫁衣装だったことを。
おねえちゃん。ぼく。がんばる。おねぇちゃんが幸せをつかもうとしている勇気とおなじくらい、振り絞って生きてく。とってもさびしいけど、ぼく、がまんする。
ぼくがくっついていたら、おねぇちゃんはしあわせにはなれないんだ。
だから、ぼく、ひとりでいきてゆく。
負けないぞ。
とうさんのぶんも、かあさんのぶんも、生きるからね。
こだぬきは花嫁行列を草陰から遠くみつめました。
きれいになった娘がしずかに息子殿のとなりに座っていました。
すると、気配にきづいたのでしょう。娘がこだぬきのほうをみて、手をふっています。
「たぬきの子。おまえのとうさん、かあさんを奪ったことをおねぇちゃんからあやまるわ。おねぇちゃんのまえで、息子殿が泣いたのよ。あの返歌を見て。」
たぬきはキッと涙をこらえて青空を見上げると、自由にむかってかけ出しました。
このさき、どんなことか゜まちうけているでしょう。
でも、このたぬきの子は我慢して、きっとしあわせの花を見事に咲かすことでしょう。
小さな生き物は、みんなそうしてけなげにいきているのですもの。
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創作むかし話
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むかしむかし、正直ではたらきものの若者がいました。
若者はもぉそろそろ嫁さんももらう頃ですが、ほんの少しも慾を持たず一生懸命にはたらきました。それというのもひとえに小さいながらも目的があったからです。
奉公先からの御給金をこつこつとためて、ついに稽古用の琴を買う事がかないましたが、琴について知りたくてもお師匠がいません。
そうだ。僕の嫁にと、番頭さんが紹介してくれたお嬢さんがいる。
お嬢さんは僕には不釣り合いなくらいのよい女性だ。
ぼくは言葉をにごすべきかもしれない。
でも、お嬢さんは琴をたしなんでいるときいた。いっそ、お嬢さんと結婚してしまえばお嬢さんに琴の手ほどきも
うけられる。これは、これからもずっと働きづめで、芸事の勉強などすることのないはずのぼくには、千載一遇の
いい機会なんだ。
だが、琴の音色のうつくしさとくらぶて、ぼくのはかったこのこころの不純さはどうだろう。
あぁ。でも、ぼくはどうしても琴を上手になりたい。
そこで、若者は月の晩、あずまやで窓越しに射し込む月明かりをたよりに、琴に触れてみました。
上手に弾けるようになったら、ひとなみなこころも持てるかもしれない。
いや、ひとなみなこころがあるから、琴の音がうつくしいものとなるのかもしれない。
そんなことをつれづれと思ううち、夜が更け、月が西に傾き始めました。
どこからか、「ぽんほこぽん。ぽんぽんぽん。」と鼓の音がします。
どうやら、陽気なたぬきが音の主のようです。
若者は外に出てみました。草むらから鼓の音を響かせながら、たぬきの親子が現れました。
「ぽんほこぽん。がんばって!!!!はたらきもののわかものさん。ぽんほこぽんぽこ。」
「おや、たぬき。ぼくを励ましてくれるのか。ぼくはもぉ年を取った。いまさら琴をはじめたとて、一人前になれるはずなどないし、御前達の腹鼓のように一流の手前など到底無理なのだよ。」
若者は、部屋から琴をもってきて、たぬきの親子と合奏しました。
ぽんほこぽんぽこ、ぽろろんぽろん。
「おや、ちびのたぬき。腹鼓が苦手だと見えるぞ。ぼくの琴に合わせてたたいてみるといい。」
夜はますますふけてゆき、月は煌々と照りひかり、秋の虫の音もあおりをかけ、情緒的な演奏会は自然と
眠りについてしまったたぬきの親子に若者がきづくまで続きました。
朝陽がのぼり、山がひかりました。
ふと感づくと、たぬきの親子の姿は、ひとりのわかいむすめの姿に変わっていました。
「お嬢さんっ ! 」
むすめにかけよると、若者はそのむすめが息をしていないことに気がつきました。
おなかにはややがいたようです。
むすめが胸の病だということは、若者のしるところでした。
番頭さんがすすめてくれたのも、若者の器量のよいところによるものだけではなく、むすめの胸が病んでいたのと若者をおもっていたからなのだと、そののち若者は知りました。
むすめのやさしい真心に触れ、若者は娘の一番大切にしていた和琴をかたみにむすめのおっとうからもらいうけました。
若者は奉公をやめ、山寺にはいったそうです。
そして、たぬきに姿をかえて、やさしくしてくれたむすめの最後のちからを供養したいと、ふたつの琴を坊さんに
献納し、めおと琴として、いつか寺のほうもつとなっていったとききました。
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