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こんにちわ。
ららの母で別のノート型パソコンでブログ「午後のお茶会」も開設いたしているものです。
今日は気温もちょうどよく、おでかけにはとてもよい日和の一日でした。
「午後のお茶会」を見てくださるととてもありがたく存じます。
ららが最近ありがたくも「母の友」といいます雑誌を紹介してくれました。とても読み心地のある雑誌でした。
わたしは「婦人画報」を愛読しているのですけど、娘はちょうど十代初頭の子どもも持つ年頃とあってか、あたらしい
教育ですとか、潮流に関心を見せ、またこの世代を訓育する世代、つまり今の五十代ですとか、あるいは六十代ですとか、ららにとっては懐かしい味のするサブカルチャーのつくり手もこの世代となったようです。
とすると、ベビーブーマーの最後のあたりに生を受けたららも、父、母の世代がお友達の父母とは少し違って戦前に生年月日があるということもふくめ、時代のながれをおおきくとると、受け入れやすい時代感覚であるとも言えそうです。微妙な差異はベビーブームの上の方の方たちが高度経済成長のなごりのなかからその足跡を見せてゆくのに対して、娘は十五歳で「平成」という元号を見たというところに端を発すするような気がいたします。
端的に行って、オイルショックの年にうまれたのがららです。
学生運動の静態化がみられ、小売りにとっては巧緻な学を要求する「学歴」のはばをきかす生き馬の目を抜く大型化された「ダイエー」などに体表さるる生活感覚こそに、のちの「バブル経済」の予兆を感じさせるものがありました。
人々のありかたが一変したといっても過言ではないかと思います。
娘の好んで見るビデオのひとつに「星の王子様」があります。
原作はサンデグジュべりです。娘はこのビデオをみるたび感動を覚えるようで、王子様の生き方やこころになにか良い器質をみるのか、地球にやってきて本当の友達をさがして旅を続けていた王子様が、生まれた星へと帰ってゆく。地上を這うへびにさえあたたかなまなざしをそそぐ王子様が「幸薄い」相をしていることがかなしいのでしょう。ひとりきり、足跡をたどって砂漠にすがたを消してゆくラストに、孤独の果てにみつけたものの大きさを思い、すばらしいとおもうきもちを押さえることができませんでした。
もちろん、むすめが語ってくれたことによるとそうだということです。
「時代」とひとくちにいっても、いつのときにも色様々な人たちがいたのでしょうし、とりあげられたひとたちだけが脚光をあびるにしても、清貧を通し、ただしく生きている人の多いことにかんづくとともに、感心させられるとこぼしています。
時代のとりことなってしまうことへのおそれが娘にはごく小さなころからあったようです。
そう言った意味ではできそこないでしょうが、「機能主義」という言葉もあります。
最近になって、ららもやっと携帯電話を持てる身分となったこともおおきいきがします。
お前はこう言う人間なのだ。といわれたところで、かならずしもそう言う人間になる必要はありませんし、権威の失墜にこそ権力への意志が生じたのでしょうから、無責任な自己利益誘導のための発言に何故従う必要があるのかどうかは、いうまでもなくあきらかなことではないでしょうか。
しかしながら、歴史観が成立していないと、虜の身となってものごとの判断のつかない運びとなることはあたりまえです。
従っていればいいという世故地もこと経済社会であればあたりまえであるかもしれませんが、「親」を感じさせる印象に「人格」といったいい意味がある以上、本来「人格の同一性」に「明けの明星」と「宵の明星」の別称である「金星」がたちあらわれるのにも精神的な意味で落ち着く安心感をあたえてくれるものこそが、きっと娘のこのむエサなのだろうという気づきに、「人生はそんなに簡単なものじゃない。自分に甘えている。もっと腰をひくくしないとだめだ。逃げているだけだ。」などどたたかう事ばかりけしかけた過去が、幾分かの後悔とともにむすめはいわば「母の友」のようなひとだったのだなという至極簡単なこたえに、かんがえてみればららは「おんな」だったのだなと、家事労働を強いながら男並みのことを強制してきたことにほんのすこし「わるかったな・・・・」とおもってはいるおかぁさんでした。
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午後のお茶会
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