わたしたちの人格は
繰り返される習慣の結果として育成されるものである
習慣によって 無意識のうちに生活のパターンが決められ
人格が形成され そして 生活そのものが効果的
あるいは非効果的なものになってしまう
「収穫の法則」というものがある
蒔かれたものを刈り取ることができるということであって
それ以上でも それ以下でもない
自然の法則は不変であり
正しい原則に生活を合わせれば合わせるほど
われわれの分別は高まり 世界の本当の構造を理解でき
パラダイムは正確なものになってくる
問題の見方こそが問題なのである
「問題を一刻も早く解決してくれるような」
「手っ取り早い解決方法はないだろうか」
自らの問題に直面したとき
あなたはいつもこう思ってはいないだろうか
こうした即効性ばかりを求める問題の見方こそが
問題なのである
多くの人は 誰かが助けてくれることや
何かが起こることを待っているだけだ
しかし 最終的に良い仕事に就けるのは
主体的に問題解決に貢献している人だけなのである
こうした人たちは 正しい原則の範囲内で
「望む結果を達成するのに必要なことは何でもする」
という率先力を持っている
間違いを犯すことは一つの問題であるが
それを認めないのは もっと大きな問題である
人は間違いを許してくれる
なぜなら 間違いは往々にして
判断を誤ったために発生するものだからである
しかし人は
「心のあり方の間違い」に対しては 容易に許そうとはしない
不正な動機や最初の間違いを正当化しようとし
それを隠そうとする傲慢さは
まったく違う次元の間違いなのである
場当たり的な詰め込み主義で作業することの愚かさを
考えたことがあるだろうか
春に種まきをせず 夏は遊びほうけて
秋になってから収穫を得ようと必死になって頑張る
そのようなことは到底不可能なことなのだ
蒔いたものしか刈り取ることはできない
そこに近道はないのである
スティーブン・R・コヴィー
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