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メールをありがとう。まずは、論文の完成、おめでとう。
しばらく使っていないドイツ語を読まされて、なんとか読み解くことができたのは
午前三時・・・。
返事をドイツ語で書いていると、きっと、数日かかるので、メールは急ぎ日本語で
送ります。冷静になって、ゆっくり理解してください。
フランチェスカさんが、Ryoをどれほど愛していたか・・・それはローマの葬儀のとき
痛々しいほど悲しんでおられたことにも表れていました。
葬式の後も、お墓の前で、半日、泣き明かしていたことを聞き、Ryoが、初恋の人の
墓標の前で、死を決意したほどに絶望していたことを思い出し、やりきれませんでした。
しかし、私たちは、ただ感傷にひたっている立場にはいません。悲しみ、傷ついた人を
立ち上がらせる言葉を見出し、その心とからだをよみがえらせることこそ、私たちの責務です。
もう君は、分析をすませていると思いますが、彼女は、Ryoの死を深く悲しんで暮らして
いたために、心を失ったわけではありません。普通の人のように、愛する人の死を、
好きなだけ泣き悲しんでくれていたら・・・と思うのです。
彼女が心を失くしたのは、むしろ、分析医として、その悲しみに立ち向かい、ほほえんで
生きていこうと前向きになったからです。心がつぶれて元気を失い、絶望に沈み、立ち上がる
にはまだまだ早く、「その時」ではないというのに・・・。
それは、最愛の恋人を、抱きかかえて看取ったこと、ボールを追って道路に飛び出した少年を、
Ryoが、血を流しながらかばって励ましていたために、少年をどなることも、ののしることも
できなかったフランでした。
彼が助けた美談のために、少年には言いたいことも言えず、美しく見送ってしまったこと…。
しかも、その後も、Ryoが助けた少年を励まし、チームの戦力に育て上げたこと…。
笑顔を取り戻し、周囲を元気づけ、結婚を決めたほどに「自分はもうだいじょうぶ」と
アピールしだしたこと。
その一連の理想的な行動が、フタをして、彼女の苦しみをおおい隠してしまったのです。
だから、チャペルで、ヴァージンロードの赤いじゅうたんを踏もうとしたとき、
Ryoの血染めのシャツを思い出した・・・。
それが引き金になって、潜在意識に無理やり閉じ込め続けてきた、彼女の本当の悲しみを、
現実の世界に引き出してしまったのでした。
◆ でも、まだ無意識ですが、彼女の心は、生きようとしています。
あれほどのパニックを起こさせた「血染めのシャツ」を肩に乗せ、事故のあれこれを
思い起こしています。彼女は、立ち上がる勇気を、いわゆる「気」を、自分の周囲に
集め始めているのではないでしょうか。
近くで見守る家族には、心を病んだ人が、出来事と現実の区別ができなくなって、
ただ「思い出に遊んでいる」ように見えるでしょう。それは、辛いものです。
しかし、それは、Ryoの祈りのような気がします。死んだ自分のことを思い続けて、
壊れていく愛する人の姿を見て、いちばん辛いのは、彼だからです。
声が届くなら、あの世から、思い切り叫んでいることでしょう。
(…もうやめてほしい。
死んだ自分のことを思い続けて、
君まで死んだように生きるなんて!)…と。
◆ 心を病んだ人が、立ち上がりたくて、自分の周囲に「気」を集める様子は、ほとんど周りの人に
知られることはありません。しかし、「その時」を求めているのです。フランチェスカさんの
周囲にも、それは起こるでしょう。「気」が「力」となって、「気力」になり、「生きる力」と
なることが、起こるのです。
君は、「その時」のために、彼女の近くにいるのではないのですか?
それも、Ryoの祈り・・・彼が、君を引き寄せたのではないでしょうか。
・・・ ・・・
何も語らなくて良いでしょう。「その時」が目覚めるまで、あきらめることなく、
寄り添ってあげてください。「その時」は、もうすぐ、そこに迫っているのかもしれません。
病む人の悲しみを自分事のように悲しめるエルフへ
Pastorより
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