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★その日は朝から空が澄み渡り、昨日の夜の嵐がウソのような
始まりだった。
ケラーは目を閉じたまま隣りに手を伸ばした。 妻をさぐる・・・、それはいつもの習慣だったが、妻はもう
ベッドにはいなかった。
シーツが冷たい。起き出してかなりの時間がたっているの
だろう。
自分に気を使ってくれたのか、寝室のカーテンは閉めたままに なっていた。
ベッドの中で (う〜ん) とからだを伸ばし、一気に飛び起きる。
サッとカーテンを開けると青い空。マノア・パロロが 太陽の光を
反射させ、きらきらと輝いているのがきれいだった。
目の前の小学校には、そろそろ生徒達が登校してくるの
だろうか、アロハを着た先生が門のそばに立っていた。
バスルームに行き、さっとシャワーを浴びる。ひげを柔らかく したところで、シェービングを始める。
なんとなく視線を感じてカガミの中をのぞくと、娘のルイカが
珍しいものを見るように、父親のあわだらけの顔を見上げて
いた。
「おはよう、ルイカ。おじょうちゃんも おヒゲをそりましょうか?」 シェービングクリームをひと押しして、ピンポン玉ぐらいのあわを 娘の鼻の頭につけた。 いきなり鼻にのった白いあわに興味をしめし、ルイカはそれを
そっと吹いた。小さなアワがふっと飛んで、鼻の上のかたまりが
ぷるるんと揺れた。
きゃきゃっと笑って、娘はからだをくねらせて面白がった。
刃がついていないことを確認して T字のカミソリを渡す。
ルイカは父親を見上げ、そろそろとまねを始めた。
ケラーは楽しくなって、キッチンから流れてくるジャズにあわせ、
お尻を振りながらヒゲを剃る。
そのかっこうが面白かったのだろう。
ルイカが隣りに並んで立って、同じように腰を振りはじめた。
洗面台にあごも乗らない小さな娘が、はじめてのシェービングを 楽しんでいる。
ケラーはニヤリと笑って、娘の顔の前にスタンド・ミラーを置いて
やった。
ノリのいい娘だ。ポーズをとって シェービング・ダンスを
キメていた。
「ルイカ、パパとバスルームで,何をしていたの?
とっても楽しそうで、ママもお料理やめて飛んで行きたかったわ」
ケラーは(しまった…)と思ったが、ルイカは喜んで母親に 報告した。娘の口を押さえ込むわけにもいかなかった。
「あのね、あのね、あわあわしゃぼん玉ダンス!」 「あ〜ら、とっても楽しそうね。こんどママにも教えてね。 ルイカとパパとママと、3人で踊りましょう」
カミソリを持って顔をこすったなど言われては、やっかいな ことになる。
(ルイカ、それ以上しゃべるな…)
ケラーが肩をすくめたとき、電話がなった。
チャンスとばかりに席を立つ。 「黄色いビートル? 倒産したレストラン・オーナー ジャクソンの愛車じゃないか。
それがなんでヘッドの ふもとにあるんだ…。
うん、わかった。分署に出る前に,、ヤツの家に寄ってみる」
ケラーは上着に腕を通し、カガミ越しに妻に話しかけた。 「ケイティ、事件じゃないと思うが用事ができた。
そろそろ出かけるよ」
「あら、しっかり食べたの?」 「君の料理の腕が上がっているから、ついつい食べ過ぎてる くらいだよ・・・。
ルイカ、パパは行くよ。ママのこと、ちゃんと守っててくれよ」
「は〜い。しゃぼん玉ダンス、教えてあげる!」 ケラーは二人にお出かけのキスをして、車に乗り込んだ。 ハワイは・・・どこの国も同じことだが、「常夏観光地の顔」が
すべてではない。オアフ・ワイキキビーチも元はといえば、
タロイモ栽培の湿地だった。そのせいで「蚊」が大量発生
するために、リゾートの繁栄を願って、オーストラリアから
きれいな砂を運んで造成したものだった。
そして、成功した少数の者たちがいれば、小さな部屋に
一家6人が雑魚寝する、貧しい人たちも大勢いた。
雨もりがあれば、夜通しみんなで走り回る・・・、そんな
暮らしが普通にあった。
だから、そんな彼らが住む通りには、常に犯罪の影が
ちらついていた。
ケラーは車を走らせながら、サンバイザーからサングラスを
はずしてかけた。
事業に失敗したジャクソン一家に、貧乏生活ができるのか、
それは疑わしいと、ケラーは思った。
一度でも上流の生活を楽しんだ者は、貧しさは恥と思う
ものだから。
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