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母親は、こどもが最初に口にした言葉を、記憶している。鮮明に。
おとなりのゆりえちゃんは、おばあさまが泣いて喜んだという
「ババちゃま」。
ゆりえちゃんに満面の笑みをうかべてスリスリするおばあちゃんを遠目に 、洋子さんは言った。
「苦労したのよ〜、これはわたしの努力のたまものよ。
自分へのごほうびに指輪を買ったわ。
離乳食はおばあちゃんの写真をそばに置いたし、遊ぶときも、
寝かしつけるときもね。
(は〜い、ババちゃま見てまちゅよ〜)って」。
耳元で小声でささやくから、息がかかってくすぐったい。
初孫に「ババちゃま」と呼ばれ、おばあさまは失神寸前だったらしい。
ショックと感動で泣き出した。
「洋子さん。本当に良い子に育ててくださいました」。
おばあさまは彼女の両手をとり、ほほずりするようにほめてくれた。
それ以来、洋子さんは「最高に良くできた嫁」として、親戚中にふれまわ られたそうな。
「おばあちゃんとは絶対呼ばせません! 100歩ゆずっても、
グランマです!!」と言っていたおばあさまが、初対面で
「は〜い、ババちゃまでちゅよ〜」と自分から宣言して抱きしめた。
ヒトって、心で燃えると簡単に前言撤回。・・・人?いや、女、だから?
「わたし、感動したのよ。母親だってうわ〜っと思うほどよだれで
べちょべちょの顔によ、ためらいもなくほほずりしてるの。
そんなことってある? ただ(孫)ってだけで、100%受け入れてるの。
わたしはなかった。親だって、大好きな先生だって、恋人だって、
夫だって・・・。
人生の先に、そんなすばらしい世界が開けるだなんて、涙が出たわ。
ただ年を重ねて老いるのじゃない。もっと、生き易くなる、
そんな世界が 待ってるって。
その瞬間からおかあさまが大好きになった。仲良くなれるなぁって・・・」
わたしは、そんな洋子さんに感動していた。
人は、やっぱり、人に出会わないといけない。良い人に。
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エリカはその日のうちに「舌打ち」をマスターした。それも、
小さな左手を腰にあて、人さし指を立てて。わたしの見せた表情まで
マネしてる。もう、パーフェクト!
こどもって、親に似るっていうけど、こういうことね。
表情や言葉づかい、感情の処理のしかたまでマネしてる!
夫婦げんかのとき、皿、投げるのやめよう。
そんな(おひとり様反省会)をしていると、娘がやってきた。
鼻の上にシワを作って。
これは夫のくせ。何か高額なものをおねだりするときの、表情。
娘は質問したいだけだからゆるせちゃうけど。
ほんと、ここまで観察してるの? わたしに近づく前からシワを作り、
よく見えるようにして歩いてくる。
「ハ〜イ。マイ・リトル・ハニー。何を知りたいの?」
「あのね、ママ。ゆきは、うみにとけるでしょ? おぞんは?」
「やっぱり海にとけるの。アワのようにね」
今、娘の頭の中では、何億という細胞が、新しいニューロン・
ネットワークを、フル稼動で作っているのだろう。
正しい答え、自分だけの真実を導き出すために。
こどもは3歳までに学び覚えたことを動かして、思考の回路を作ると
きいた。
「おぞんはくうきなのに、うみにとけるの?」
「そうよ、とけるの。ほら、お風呂で、お・・・」
わたしって、下品。純粋なわが子の質問に、それはないよね。
「おふろで、お?」
「違う、違う。海よ、海のお話よ。お…さかなさんたちは、
水にとけた空気を食べて、大きくなるの!」
うまくごまかした・・・とほっとしたときだった。エリカがもっと近づいて
照れ隠しにひと口飲もうとしたティーカップにさわってきた。
小さな両手で、わたしの手をつつむように。
こういうときの小さなこどもの目は、まっすぐすぎて怖い。
「ははは! そうなの? わかったよ、ママ。アワだね」
エリカはくるっと背を向けて、金魚のほうにかけ出した。
そして、思い出したようにきいてきた。
「パパって、おしごと、きらいなの?」
「どうして、そう思ったの?」
「あめのひや、かぜのつよいひは、いつもおうちだよ」
「あら、そういうこと。・・・それはパパが海獣医(かいじゅうい)、
海獣のお医者さんだからよ」
「かいじゅうの、おいしゃさん!?
パパって、かいじゅうのおともだちがいるの!」
しまった! それでなくても一日中めらめらと燃えている娘の好奇心に
油を注いでしまった。
でも、娘よ。いかに賢いあんたでも、100%、その想像は違ってる。
ママにはわかる。怪獣に囲まれて幸せそうな夫の姿が・・・。
なんて訂正しようか考えたていると、エリカはもう金魚のとこ。指を
水の中に入れていた。そばの、ぬれたタオルでしっかりふいたあとで。
「ふふふ。ママって、ほんと、おちゃめさん。おふろで、おなら、だって。
だいじょうぶよ。クーニャンのみずには、そんなのないからね」
純粋な娘には下品だって思って、飲み込んだのに、最悪。
じゃあ、あの子、さっき、わたしの心を、読んだの!?
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それは、エリカに揺り動かされて目覚めた朝だった。
「あのね、あのね・・・」
興奮してる。「きょうの新発見、その1」なのね。
シーツを少しめくると、遠慮しながらもぐりこんできた。
左手でひたいにかかるサラサラヘアーをかきあげてあげる。
「わたしの天使さん・・・何が見つかったのかな?」
「あのね、うみが、いっぱいあかちゃん、うんでる!」
いかん。頭の中で、はだかの赤ちゃんが、空を泳いでる。
まだ、目が覚めてない? それとも、こどもをすごく愛してる母親って、
みんなこうなの?
ふざけて、わざと面白くしてる様子はない。わたしの好奇心が
チャージ120%。
二階、なのね。きっと目が覚めて、部屋のカーテンを開けたときに
見つけたのでしょう。
まだ、そんな運動神経レベルなんだ・・・。一段上がるたびに、ドン、
もひとつ上がって、ドンと両足をそろえてる。
いいぞ、わたし。まだ娘のスローな動きを笑顔で見つめる余裕、
持ってる。
「ほんとだっ! 雲の赤ちゃんが、どんどん空に上ってく!」
これが北国の凍る海なら、海霧はもっと見事よね。
「よく見つけたわね。ごほうびに、質問を受けよう」、
腰をかがめて娘の鼻先をチョコンとさわる。
この子、どうしてこうなんだろ。ごほうびに欲しいものはねだらないで、
質問したがる。自分から産まれてるけど、すごく「ふしぎちゃん」。
キッチンに行ってわたしはコーヒー、娘に100%のリンゴジュース。
カップを持ってベッドにもどる。
「で、お嬢さま。何を知りたいのかな?」
「くもさんは、どうしておそらに、のぼってくの?」
それが、昨日の物語の始まりだった。
オゾンを海に届けるため・・・と答えると
「おしごと、してるの?」
わたしは(オゾン?)とオーム返しに聞いてきたエリカの声の
きれいさに、感動してた。
もうすぐ3歳になる女の子の、澄みきった独特のメロディ・・・。
うっかり次の質問を聞きのがすとこだった。
「そう。お仕事よ。お届け物で〜すってね」
「じゃあ、ゆきさんは?」
「ゆき、さん?」
わたしがすぐに「雪」だと気がついてあげなかったから、
娘は立ち上がった。
両手の指をふるわせ、降ってくる様子を見せてから、からだを
小さくしてふるえてる。
この子、すごい表現力を持ってるんだ。
わたしの笑顔を見て、再び聞いてきた。
「おしごとするまえに、とけちゃうよ?」
わたしは西部の男のように、チチチと舌を鳴らして、
顔の前で人さし指を動かした。
エリカの両目が、二倍の大きさになった。
きっとエリカは一日中、舌打ちの練習をすることでしょう。
親に隠れて、金魚相手に。
「だんなさん、それは違いやすぜ。雪は、こどもの雨。
降ってくるとき、寒いので変身。ゆっくりひらひら落ちてくるのさ。
変身には意味ってやつがあるね。海に届いてからが仕事だよ、
さあお立会い。冷たいからね、波はささ〜っとわきによけて、
とけた冷たい雪を通してくれる・・・」
「おぞんが、いっぱいのゆき!」
わたしは、こんな賢い子を知らない。もちろん、留学中は
研究のため、何人かと会った。
でも、うちの子の十分の一もかわいくなかった。
あ・・・これが「親ばか」ってやつか。
「うみの、ずっとずっとしたのほうのおさかなさんにも、
おとどけするのね」
娘は驚きっぱなしのわたしを残し、やっぱり金魚鉢のそばにいった。
わたしが見ていないことを確認し、人さし指を左右に動かし始めた。
しかも、左手を腰にあて、見事にそのふんいきを作って。
このころからわたしは、エリカのふしぎな力のことを、意識した。
おませ・・・と片付けるには、片付けられない何かがあった。
その力の開発が、わたしの命を縮めるとも知らずに・・・。
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意味のあることがたくさんあります。
このお話は、小さな女の子を育てている
「ママ」から始まります。
ママは「おやつやおもちゃを欲しがるよりも、
お話・質問大好き」という娘がかわいくて、
どんな謎でも解き明かしてあげようと
奮闘中です。
自分の理想に引き寄せようとしています。
でも、気がつくと、引き寄せていたはずの自分が、
いつのまにか娘のほうに引かれていたのです。
母親をつらぬくか、親友になるべきか、悩みます。
そんなとき、あなたならどうするでしょう。
娘を育てるうちに娘のふしぎな力を知って、自分の生まれてきた
意味を知ります。そのことに命の時間を削り始めるとき・・・
小さなお話は、壮大な「海の物語」として
展開していくのです。
気がついた小さな女の子が
ふしぎな力でまわりと心を通わせるお話。
少しして、あれほどお話好きだった女の子は、言葉を失います。
話せなくなるのです。
いったい、なぜ。女の子に何が?
そこに、キズついたイルカが打ち上げられて・・・
物語は急展開していくのですが・・・。
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「そらのおはなし」・・・子育て童話
「おぞん?」
わたしはこんな時間が好きだ。
もうすぐ3歳の娘が、じょうずに動き出した舌とくちびるで、母親のことば
をコピーする。
首を少しかしげて、ほほをそめ、ベッドに腰かけているわたしの目を
のぞきこむように見あげて。
かわいくてかわいくて、殺しちゃうほど強く抱きしめたくなる!・・・けど、
もう母親4年目なんだから、少しは大人にならないと。
「おぞん?」
「そう。雲はね、お空を高く、たか〜く、たか〜〜くのぼって、
オゾンをつかまえに行ってくれるの。いっぱいからだにくっつけて、
雨になって、海におとどけするの」
「は〜い、たっきゅうびんですよ〜って?」
うわ〜っ! なんて賢いんだろ。会話、成立してる!
「だからね? お空をのぼってく雲さんも、ちゃんとお仕事してるのよ」
わたしはこの子と「空の話」するのが好きだ。「海の話」もいい。「山の話」
も。
これは・・・高校生のときには決まっていたプラン。
ノートに大きく『日名子の育児日記』って、書いてあったんだから!!
「じゃあ、ママ・・・うみにふるゆきさんは、おしごと、してる?
おしごとするまえに、とけちゃうよ!」
すごい、この子! 親の話を理解したうえで、遠慮しながら
NOを言っている。この齢(とし)で、異論を唱えているのだ。
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