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「左まわりの太陽」

 
 
 「12時の右どなりは ( 11 )だったのよ。
 
   南では、太陽は逆位置。影も、左まわりに見えるの」
 
 
 わたしが謎解きをした。水野さんが大きくうなずいている。
 
 「世界のあちこちに連れ出して、言葉や建物や市場を、探検
   させたわけ、休みのたびにね。
 
 ほら、アメリカ英語。小さいうちじゃないと、( RとL )の
 発音の違い、ききとれないでしょ?」
 
 (ハハハ…完璧な教育ママだ。話してて、今ごろ気づいた)
 
 「ママは強し、そこまでしますか」
 
 「聞いていいですか…どんなビジョンで子育てされたんですか」
 
 う〜ん、楽しい! 若い人に子育てプランを聞かれるなんて。
 
 エリカが赤ちゃんのとき、心がけていたポイントは三つ、
 
 1)よく話しかける。
 
 2)音楽を聴かせる。
 
 3)触りながら手足を動かす。
 だった。
 
 
 
 
 エリカは特救隊の超エリートたちを前にしても、物怖(ものお)じ
 することも、調子に乗ってハイになることもなく、小二にしては
 見事な礼節を持って会話に加わっていた。
 
 初めは小さなこどもに話すように、易しい言葉を探していた
 彼らも、エリカの聡明さに驚いて、だんだんと「タメ口」になって
 いったのが面白かった。
 
 水野さんがみんなを代表してエリカに質問した。
 エリカがハワイやカリフォルニア、カナダにアラスカ、中国や
 台湾、ロシアにヨーロッパ、アフリカ諸国の話を聞いても、
 既に知っていた、というような顔をしたからだ。
 「エリカちゃん、色々な国の話をしたけど、南アフリカの
  中央公園って、知ってるの?」
 
  エリカは私の方を見た。
  大人相手に調子に乗らないようにしつけたからだ。
 
  私は小さく頷いて、答える許可を出した。
  『はい。中央公園の日時計に驚いたので、よく覚えています』。
 
  うまい。知っているとは即答しないで、行った者にしか
  わからないポイントを押さえて話している。
 
  「水野さん、日時計ってなんですか」
 
  若い女性隊員が尋ねた。
 
  「数字が逆なんだ」
 
  「逆って、裏返し?」
 
  「エリカちゃん、ヒント出してあげてよ」
 
  『はい…ここは北半球、南アフリカは南半球です』
 
 上手なヒントだ。確かに、来たと南とでは違うのだから。
 
 しかし、若い隊員たちには無理なようで、みんなはエリカを
 拝んできた。
 
  『南半球の時計は、上が12で下が6…』
 
   「だよね。おんなじだろ?」
 
  『でもね、12の次が1じゃないの』
 
  「ええ〜どうしてさ〜」
  わかった! 「3、3ばっかり並んでて、いつも3時のおやつ」
 
 うまい乗りだ。エリカはうれしそうに笑っていた。

「春のあらし(2)」


 エリカが朝からはしゃいでる。
 BBQのせいでもない。特級鯛、いえ、特救隊の大人を待ちながら。

 言葉をとらえる感覚が鋭くて、時には面白いから、大人はみんな彼女が好き。
 耳や心ではねまわる言葉を聞くのは、男って、好きだから。
 小学二年で、もう、大人にすぐに囲まれている。

 娘のそんなとこ、わたしも愛してる。
 金魚と話せた子、小川で魚と話せる子。
 「水」をクッションにして、コミュニケーションをとれるのだから、すごい。

 「お〜い、準備、できたぞ〜」

 開けたドアから芝生の匂いがした。
 雨上がりの、草の香りと、ピーマンやマシュマロの匂い。

 ・・・やっぱりエリカはわたしの子。変わってる。いい意味でね。

 「おじゃましま〜す」と水野さんは、数組の「バディ」を連れてやってきた。

 もうエリカは、みんなの中で笑っている。そして、「特救隊」の意味を
 すぐに尋ねていた。

 「"That others may live"・・・、いつでも、どんな人もだよ」

 水野さんが隊のモットーを話すと、エリカは笑顔になった。
 今日は初めての女性隊員が、その説明をふしぎに思ったのか、
 補足しようとしたのだろう。口を開けた瞬間、エリカが答えた。

 『他のために、生かすために、救うために・・・だね』

 水野さんは、笑顔のままでエリカを見つめ、女性隊員に耳打ちした。

 (このくらいの英語は、この子、朝飯前なんだ)

 「おいおい、訪問したら、まっ先、ご主人にご挨拶だろう?」

 ソーセージを串に刺したまま、夫がすねてみせる。

 「ああ〜、先輩? 後姿、すごく太ったから、わかりませんでした」

 「こいつ〜、これでも救ってろ」

 飛んできたソーセージを、水野さんは(パクッ)と口でとらえた。
 エリカは大拍手。まさか、オットセイがくわえたって、思ってないよね?

 軽口をはずませながら、夫と水野さんは1年ぶりの再会を喜んでいる。
 大人の仲のいい友達っていい感じ。去年のキャンプは本当に楽しかった。

 「コールがあったら、すぐ飛んで帰るのか?」

 「今日は、午後から第二待機。急いで食べますよ」

 「そうか、二時間以内だな」

 「エリカちゃん、元気になりましたね」

 「そうだ。クーニャンの死を、やっと乗り越えたみたいだ。
 (死ぬことも、生きることに、入ってるの?)と聞かれたときは
  驚いたよ」

 「そうですか…。直球ですね。真実をえぐってきますね」

 『わたしねぇ、水野さんって、鯛ににてるのかなって、思ったの。
  でも、イルカさんににてて、うれしい』

 (だから、エリカ、特級鯛…は忘れなさいって)

 「それって…喜んでいいのかな、それとも…」

 もちろん、エリカの一番好きな「海獣」。喜んでいい。

 夫は獣医。海のドクター。「海獣医」。

 (パパは「怪獣のおいしゃさん」!) とはしゃいでた日を思い出す。
  …わたしって、昔を思い出す回数が、多くなっている。

 「ゆるやかな人生の走馬灯」が、もう始まってるのかもしれない。

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        「記憶」とはふしぎなもの。

      聖堂の路地で目覚め、感じた恐怖は

      未だにフラッシュバックを誘っている。

      不安が観せる映像・・・その不気味なサムネール

      そのとき、そばに、誰もいなかったという事実

      それがいっそうの不安と恐怖をかき立てる。

      母の腕に抱かれて見た不気味さなら

      こうも強烈な恐怖にはならなかっただろう。

      そのとき誰の腕の中にいたか

      誰に抱かれていたか・・・

      誰もいなかったことが、拭えない傷の正体。

      ひとりが強烈に不安だったころの記憶。

      見えない、あたたかいものに包まれていたと

      それに気づくまで、傷ついた記憶の断片は

      わたしを脅し続けるのだろう。

      やっと、今、それが見えてきた。

[ヴェネツィアの空]

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 自分の生まれた街にも海と空がある。

 だから、今、少し似ている街に住んでいるのかもしれない。

 あの日、聖堂の路地に置かれて見た朝焼けの怖さは、今も

 記憶に焼き付いている。



 それは、わたしの「地上」…「引力」だ。

 どんなに高く飛んでも、どんなに遠くに暮らしても、

 すぐに「ここ」に連れ戻される。

 それを、かつて、「原点」と呼んだ友がいた。

 彼にはその「原点」の記憶がなく、長い間悩んでいた。

 捨てられた朝の恐怖の記憶なのに、友は、ひと言、

 「うらやましい・・・」と言った。

 恐怖の中に、小さな光が見えた瞬間だった。


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