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『ママって、ほんとにおりこうさんですね』 かもめが上昇気流に乗って、高い空を舞っている。
どんなに高く飛んでも、新しい世界に降り立てるわけではない。
いつでも見えない力が働いて、小さな浜辺に引き戻す。
今度も、そう。また、いつもの浜辺に降りるだけ。
だから、遊び気分で楽しむのがいいのだろう。
でも、もしかして?
と、心のどこかで声がして、気流が昇るのを待っている。
今度は、なんだかふしぎなことが起こりそうな気がして。
エリカは浜辺が大好きだ。その日の天気はまったく関係ない。
ひとりでも、出かける。
潮(しお)だまりに指を入れて、小石の下に隠れている小魚、
小エビ、貝たちに話しかけている。
それも、一方通行ではない。どこまで本当かはわからないが、
『ええっ? ちがうの? じゃあ、ほんとうは?』
なんて、本物の会話をしているように話してる。
わたしも海が好きだ。でも、こうして明るく晴れた日の海、
おだやかな気分にしてくれる海が、好きなのだけれど。
エリカがそばに来て、両手を空に伸ばしてる。
『ママ・・・。かもめさんは、かぜのエレベーターがいつくるか、
どうしてわかるんだろう・・・』
それは、何が何でも答えを知りたくて聞いていた、小さい頃の
聞き方じゃない。むしろ、(つぶやき)・・・。
ふしぎを前にして、思わず心が言わせたつぶやきのようだった。
だから、エリカのほうを向かないで、わたしもつぶやいた。
「風さんがさそってる声が、聞こえるんじゃない? それとか、
からだがふわって浮き上がるから、きたっ!・・・ってわかるとか」
『そうだね! かもめさんは、かぜさんとおともだちだから、
ことばがわかるんだよね。わたしもクーニャンのことば、わかるもん!』
「そう・・・。どうしてクーニャンの言葉、わかるんだろう」
『あのね、あのね、みてるだけじゃ、だめなの。みずのなかに、
ゆびをいれたら、きこえてくるの』
「じゃあ、あそこの魚さんや、いそぎんちゃくさんの言葉も?」
『うん。わかるよ。・・・きょうのよるは、かぜがつよいから、
なみがきたときに、もっととおくのふかいうみに、かくれるんだって』
「そうか。いそぎんちゃくの天気予報だね」
『ははは・・・ママってほんとにかしこいね。えらい、えらい』
どうなんだろう。こんな想像話をして、小さなわが子に頭をなでられてる母親。
そうか、そういうことか!
いきなり長い間の疑問の答えが、この空のように、明るくさわやかに
脳内を走った。これを(ひらめき)というのだろう。
わたしは長い間、こどもが大人になることをふしぎに思っていた。
というより、大人になんか、ならせないでと強く考えていた。
どうして大人になったのだろう。
つらく、悲しい日々を、なぜ、くぐり抜けてきたのだろう。
それは、こどもたちに、どんなに暗い一日を過ごしていても
明日があるよ・・・といってあげるために。
そのことを、力強く言ってあげるために、悲しみを生きてきたのだ。
大切なことを、大切な人に伝えるために、わたしは生きたのだ。
でも、これだけは知らなかった。
大切なことを、大切な人に伝え終わったわたしは、
その生涯のつとめを果たし、もう十分に
生きたことを・・・知る日が迫っていることを。
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「いつでも泣いていいんだよ、泣きたい時にはね」
わたしは、ちこっとこづかれただけで、(びぇ〜)と泣き出す、
いじめたくなる女の子の典型だった。
「泣くな! めそめそするな! くちびるかんで声を出すな」。そう言われ続けた。
ついには母親もわたしを見捨て、
(もう知らない。いつまでも泣いてなさい)と、深いため息をついた。
同じ屋根の下に居て、家族から見捨てられるほど、悲しいことはない。
3人の姉たちは、9歳以上離れていたから、わたしは半分ペットだったのだろう。
小さいうちはかわいがってくれたけど、小学生になると、友達と出かけてばかりいて そのうち、わたしのそばから消えた。
ふしぎなものだ。「泣くなっ!」と大声を出されると、もっと泣きたくなった。
「夜中、ひとりでトイレに行けないんだから、寝る前に3回してきなさい」と、
いつも言われていた。
(ふとんにしちゃダメ!)と言われるのに、いつもシーツをぬらしてた。
どうして? こんなにがんばっているのに、どうして変えられないの?
その謎解きをしてくれたのは、大好きな園長先生だった。
「一番に聞こえたのは、(泣くなっ)(ふとんにしちゃダメ)・・・だよね?
でも、小さいこどもの耳には、初めに(泣けっ)(ふとんにしなさい)って聞こえるん だよ、初めはね。
それから(それはダメ)って命令を変えるんだけど、
最初に(泣けっ!)(ふとんにしなさい!)
って命令されてるから、変えられないんだ。
それに、日名子ちゃん、(泣いちゃダメ!)(おふとんにしちゃダメ!)って、
自分に命令してるでしょう?
でも、耳には(泣け)(ふとんにしなさい)って最初に聞こえてるから、
からだは、きちんとそれを守るんだよ」
わたしは6歳。なのに、園長先生は、大人の人に話すようになんでも話してくれる。
いくら否定形で話しても、小さな子供の脳は、まず「肯定形」で聴くから、
(泣け)(ふとんにしなさい)と聞こえる。
でも、不安や恐怖で、否定形に翻訳(ほんやく)できない。
そして、ビ〜ビ〜泣く。ふとんをぬらす。朝まで3回も。
「簡単だよ、変えるのは。
(笑いなさい)(トイレでしなさい)って自分に言えばいいんだから。
それに、泣きたい時にはいつでも泣いていいんだよ。
シーツがぬれたら、自分で洗濯するといいんだから」
目からウロコの助言だった。ぬれたら洗濯をすればいいなんて、
これは、目の前の現実を後にして、先に進ませてくれる言葉だった。
先生は、(明日があるじゃないか)とさとしてくれたのだ。
小さなこどもにとって、
(いつまでも反省してなくていい。明日があるよ)と教えてくれること。
それにまさる福音(Good News)はないのだから。
わたしはますます園長先生にチョコをあげたくなった。
4歳のときから、みんなのまねをして、チョコをあげた。
みんなが帰った後だったから、先生は(パリン)と半分に割って、
わたしの口に入れてくれた。
(男の人が、口に、食べ物を入れてくれる・・・わたしは手を動かしてない!)
今なら、(超セクシー!)な場面。
すごくドキドキしてたのを、昨日のことのように記憶している。
そして、泣きつかれて眠った夜は特に、わたしは夢の中で、
やさしく手を握られていた。
その手はきっと(園長先生)だと思っていたけど、先生の手は握れなかった。
ためらっている間に、中学生になり高校生になって、絶対に(無理!)になった。
大学の卒業をひかえ、就職面接の指導を先生にお頼みしたとき、キャンパスまで
わざわざ来てくれた。
記念撮影のとき、そっと、腕は組めたけれど、手は・・・やっぱり無理だった。
先生は、きっと、わたしの初恋で、いまだに好きだったのだと思う。
空港で別れるとき、「すぐにまた来てください」と言ってしまった。
わたしは、そんな自分の言葉に驚きながら、なんと、さびしくて
泣いていたのだった。
泣きたい時に泣く。声を出してもいい・・・そんな助言を思い出していた。
6歳の助言は、わたしの心の片すみに、小さな灯(あかり)をともした。
そして、肯定形で自分に命令して、泣くのもふとんをぬらすのもとまった。
自分でトイレに行けるし、洗濯までするのだから、家族は仰天してた。
『いつでも泣いていいんだ!』
その言葉は、小さな胸を貫いて、わたしのたましいに届いたのだろう。
そして、心の片すみに「灯」をともした。赤々と、消えない小さな「火」を。
その小さな灯があるから、すぐ泣かないで、
できるだけ強く、生きてみよう。自分の行動で、現実を変えながら・・・。
そう思えたのだった。
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高校生の育児日記(5)
大きな目を見開いたまま、エリカはぽろぽろと涙を落としていた。
しばらくまばたきをしていない。口だって軽く開いたまま。
大粒の涙は、たちまちじゅうたんにシミを作った。
『おっぱいさわったの?』
「そう・・・。さわらせてあげたの」
『そしたらわかったの?』
「きっとね。だって、涙がいっぱいこぼれたもの」
エリカは手を伸ばして、わたしの胸をさわってきた。
そして、目を閉じてから、わんわんと声を上げて泣き出した。
わたしは・・・娘はこんなふうに育ってほしいと願っていた。
お話を聴いただけで、登場人物に涙を流せる・・・。
でも複雑だった。うれしい反面、嫉妬していた。
娘の驚くべき感性に、豊かな感情表現に。
夕食の準備が終わったときだった。廊下続きのクリニックから、
「お〜い。あと10分で行くぞ〜」という、夫の声が聞こえた。
テーブルは整え終わった。食器もそろえた。
スープパンはレンジにある。いつでも温かくできる。
そんなふんいきを見てとって、エリカがソファーのわたしの足元に座った。
「ねえ、どうして?」と、一日中質問ばかりしていたのに、3歳を過ぎると
娘は、よく「お話」をせがむようになった。
どんなに短くてもうれしいらしい。ちょっとからかわれて、からかわれることを
喜ぶようにもなっていた。
「その日は、朝から(夜)でした!」
話し始めると、はじめはきょとんとしてたのに、すぐに気がついて、大笑いしてた。
わたしも調子にのって、
「音もなく雨が、ざあざあと降り・・・」
などとバカ話を続けたが、エリカはじゅうたんの上を、
右や左に転げ回って笑っていた。
うん。上手に聴いてくれる人がひとりいたら、楽しく会話は盛り上がるのだ。
ぽろぽろ大粒の涙を流しながら、おっぱいをさわっているエリカ。
黙ってにぎらせているわたし・・・。
いきなりシャッター音が響いた。
「どうしたんだよ・・・。変な絵だけど、どことなくきれいで、つい撮ってしもた」
「ママ・・・わたし、かお、あらってくる」
エリカは父親に照れているふうでもなく、ひとつ、ため息をついてから、
ニッと笑いかけてバスルームに消えた。
直後、うわ〜んというエリカの大声が、ダイニングにまで響いてきた。
親子って、見えない糸で引き合ってるみたい。
わたしたちは、はじかれたように走っていた。
エリカは・・・、踏み台にのって、両手をシンクのふちに置き、
鏡を見ながら大泣きしてた。・・・転んで頭を打った様子は・・・ない。
わたしたちを振り返りながら、エリカは言った。
「かお、あらうまえに、もう1っかい、ないてみようって、おもったの」
これは・・・笑う場面なのか。エリカのパフォーマンスは、
ユーモアのセンスの現れだったのか?
「なあ、何があったんだよ、すご〜く気になる」
夫はバスルームを出てすぐ、きいてきた。両手を何度もわたしに突き出しながら。
「戦争で、目が見えなくなって、耳もダメ、口も聞けなくなった兵隊さんのお話。
・・・戦友が必死に日本まで連れてきて、ふるさとに着いたんだけど、
何もわからない。傷ついた子犬のように、震えているだけ。
手を握っても、びくついて振り払うの」
「三重苦の上に、精神的に壊れたのか。聴いたことがあるぞ、確か、実話だ」
「みんなは同情して泣いたけど、どうすることもできないのよ。
ふるさとに帰ってきたことや、お母さんが出迎えてることを、何とか知らせて
安心させてあげようとしたの。でも、誰一人できなかった」
「それはそうだ。聴こえない、見えない・・・言葉や身振り、手振りが通じないなら、
もう、お手上げだよ。
視覚・聴覚を失った人に、伝えるすべなんて、何もない」
「エリカもお話を聴きながら、すごく困った顔をするの。
あの子の感性って、悔しいぐらい鋭いのよ。
・・・でもね、兵士のお母さんは、黙って息子の前に進み出た。
そして、いきなり着物の胸元を開いた。そして、みんなの見つめる中で、
息子に胸を握らせたのよ・・・」
「うっ!」
夫は息をのんだ。誰だって、予想なんかできない。
視覚・聴覚をなくした人への、最高のパフォーマンス。
息子を思い、不安でいっぱいの心の暗闇に、なんとかひとすじの灯を
ともしたいと願う母親にしか思いつかない、究極の愛情。
エリカはそれを悟ったのだろう。
母親の、恥を捨てての行動に、激しく感動したのだ。
バスルームから出て来たエリカは、晴れ晴れとした顔をしていた。
そして、言ったものだ。
「パパは、ママのおっぱい、もうさわった? よるにさわってみたらいいよ。
いっただきま〜す」
わたしは「この子」に会いたくて、育児日記を書き始めたのだ。
遊んでいるだけじゃ、母親になれない。
結婚するだけじゃ、わたしが大好きなこどもには、絶対に会えない。
そう思った。
高校生なのに「育児日記」だなんて、みんなは笑ったり、バカにしたりしたけど、
かまわない。
わたしは、わたしが大好きな子と、ず〜っと楽しく過ごしたいんだもの。
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『遠くで見守る 未来のあなたへ』
ときどきでいい
人生の上り坂に
ふうふう言って
苦しくなったとき
ポンと肩をたたいてくれる
ときどきでいい
人生の暗い夜に
しくしく泣いて
悲しくなったとき
笑いながら隣りを通り過ぎてくれる
それだけでいい
遠くで見守るあなたを
身近に感じるとき
わたしはきっと元気になれる
そう
それだけでいい
まわりのみんながふふふと笑い
楽しそうで辛くなるとき
少し離れた木々のかげで
肩をすぼめて苦笑(わら)ってくれる
そんな顔を見るだけで
きっとわたしはほっとする
そんなあなたを感じるだけで
わたしは元気に歩いていける
そんなあなたは
ときどきいなくなる
ときどきでいい
身近に感じるあなたが
どこにも居ないとき
必死に探して見つからなくて
おろおろ歩いて涙ぐむ
元気になってあなたを忘れ
わがままイヤ味になったとき
どんと両手で背中をたたく
そんなあなたもときどきいい
そんなあなたを
わたしは
いつも思っている
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『母親になる自覚』
(1)わたしの声は、赤ちゃんには「最高の音楽」と自覚する
(2)わたしの手はいつも赤ちゃんを優しく包み、守りぬく大きな存在と自覚する
(3)おでことおでこをくっつけて祈ると、愛する心を伝えられる
(4)どんな気分のときにも、おだやかな気持ちになってから話す
(5)否定形を使わないで、いつも肯定形で話しかける
(6)話しかける気持ちにこだわり、メロディーのように伝える
(7)話す内容よりも、こうして一緒にすごす時間がいいねと笑いかける
(8)話す言葉よりも、気持ちや心を伝えることを第一にする
(9)いつもやさしくからだにふれて話すと、愛情を伝えられる
(10)「あなたのためなの」という言葉は絶対に使わない
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