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★ローマの冬は雨が多い。そのおかげか、緑は意外と鮮やかなのだけれど。
日本のように南北に細長いイタリアは、四季がはっきりしていて、
二月からひなげしの花が野山をうめる。
サルデーニャでは、アーモンドの白い花がいっせいに咲いて、祭りの間中
青い空に揺れ、3月にはミモザが海岸線を黄色く染め始める。
シチリアではサボテンが花をつけ、イタリアの春は、こうして南からにぎやかになっていく。
ローマでは、コロッセオ駅から北へ500m進んだだけで、藤の花が春まっさかりを告げる
ヴェネツィア広場に出るが、それは四月になってからのお楽しみだろう。
そんな早春の夕暮れ、郊外のある建物の裏口に、少し大きめのバスケットが置かれてあった。
その日は大きな集まりがあって、来客たちがおおぜい押しかけることになっていたので、
いつもなら夜8時に閉じられる裏口は、夕方4時にはカギが下ろされてしまっていた。
だからそのバスケットは、次の日の明け方まで、そこに置かれたままになるのである。
朝の祈りを終わったシスターたちが、それぞれの仕事について、その一日を開始したとき、
戸締りのすべてを担当していたシスター・オルネッラが、裏門のそばにバスケットが
置かれてあるのを見つけた。
予感がした。
小走りで近づき、深呼吸をしてから息をとめ、彼女はそっとバスケットをのぞいた。
思った通り、二つの小さな目が、大きく見開かれてシスターを凝視していた。
顔のそば近くで固く握りしめられていた両方のこぶしが、かすかにふるえているのを
彼女は見た。
太い両腕でバスケットから抱き上げ、大きな胸に包み込む。
生後7ヶ月を過ぎているだろうか、
まばたきを忘れたように見つめる目は、彼女の故郷の海の色、そのものだった。
きれい…と思わず声に出た。
「あなた、とてもきれいな目をしているわ。私の故郷の海の色とそっくり…。
伝説があってね。青い目を持って生まれた子は、自分の目と同じ色の海のそばで
暮らすと、幸せになれるというの。
海のお恵みをいっぱいにいただけるからね」
シスター・オルネッラは、その言葉が届いたからか、やっとまばたきをした男の子に、
思わず声を大きくしていた。
「そうよ。あなたもそうすべきよ! あなたの幸せはきっとそこにある。
そう。ハワイの海にね!」
なぜそんなことを口にしたのか、彼女自身にもわからなかった。
しかし、その言葉に男の子は、にっこりとほほえんだという。
まるで、シスターの話す意味を、心で聞き取ったかのようだった。
「人はね、春の中に生まれてくる子もいれば、夏に生まれる子もいる…。
生まれていきなり人生の冬に投げ込まれる子もね。
でもね、泣くことないよ。厳しい冬を越えたなら、きっと春がくる。
そして、誰よりも、春を喜ぶ人になれるのだからね」
どんなに大きな声で泣いていても、そこがあたたかい母親の腕の中なら、きっと安心だろう。
しかし、その腕を離れ、ひとり置かれて泣く悲しみはどんなだろう。
しかし、その子は今、あたたかな両手に抱かれ、満面の笑みに見つめられていた。
その笑顔は、凍りかけていたその子の心を、あたたかい春の息吹の中へ
やっと招き入れてくれたのだった。
そして少年は、数ヵ月後、ハワイの教会孤児院へと送られた。
その時から、運命はその計画のアウトラインを、少しずつクリアーにし始めていく。
そこはかつて、Ryoが暮らしていた施設・・・。
彼を引き取って、日本で暮らしていたリリノエは、Ryoのためにもうひとり
男の子を探していた。将来、彼を虐待のトラウマから救い出す「もうひとり」を求めて
出かけようとしていた、そんな場所だった。
Ryoを取り巻く運命は、ひとつのドラマのように、動き始めていた。
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