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安倍スキャンダル4

国会審議が昨日われた議において、安倍内閣の答弁に多くの疑問が出たことは一つの成果である。
 しかしながら、野党側の追及の甘さも目立った。
 甘さの原因は、安倍不信の原因の認識に誤りがあることにある。
 野党は不信の原因は、獣医学部新設に際しての学校選定に不正があると言っている。
 ここに誤りがある。
 不信の原因は、安倍内閣の言動に対する不信にある。森友、加計、自衛隊と続くスキャンダルを通じて、事件に関わった当事者間に、金銭の授受、文書の有無、言った言わない等々多数の食い違いがある。また、言っていることと、事実との不整合、祖語、も同様に多数ある。更に、記憶にないという発言もある。
 これらの奥には、嘘があるのではないかという疑念である。
 責める野党のやるべきことは、この嘘の疑念をはらすことにある。勿論野党の力にも限界があり、疑念のすべてを晴らすことはできないであろう。その場合、疑念を、国民は一目で理解できるように描き出すことである。
 そのためには、事件の一つ一つを追うのではなく、全体を概観し、嘘や嘘が疑われていることを明らかにすることである。
 真相の追及ではなく、嘘の追及が今望まれていることである。

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安倍スキャンダル3

安倍スキャンダル
 
 来週から安倍首相を迎えて一連のスキャンダルの解明が行われるようだ。
 ここで注意すべきことは、安倍内閣に対する不信はどこにあるかということである。森友学園に安値で土地が売却されたことでもなければ、加計学園が選ばれたことでもないのである。一連の騒動を通じて、安倍内閣が嘘の疑惑に問われていることこそが不信の核心なのである。この点について、安倍首相、野党双方が理解できていないようだ。
 安倍首相は丁寧に説明して誤解を解きたいと言っている。しかしながら、どんなに丁寧に説明しようと嘘が嘘であることを覆すことはできないのである。むしろ、丁寧に説明すればするほど嘘がはっきりするだろう。例えば、森友騒動における100万円の授受である。もし安倍首相側に嘘があれば、丁寧に説明するほど嘘が明らかになるだろう。もし、この問題に関し、安倍首相が嘘でないと主張するならば、安倍首相は籠池氏の証言を覆す必要がある。籠池氏が宣誓して証言したままの現状では、安倍首相がいかに丁寧に説明しようと安倍首相の主張が疑われることはやむをえない。
 野党は、一連の事件の真相を突き止めるべく努力しているようだが、これは的外れだ。
 言った、言わない、文書がある、ない、記憶にないなど事件当事者間で、食い違うところに不信の根源があることに注意すべきである。
 したがって、追及は、当事者間にある食い違いをすべて抽出し、抽出された食い違いの一つ一つについて、対立する当事者のいずれがホントでいずれが嘘かを明らかにすることである。
 食い違いの中に原因となる嘘がはっきりしないかぎり、いかに丁寧に説明しようと、不信は解けないだろう。

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安倍スキャンダル2

 安倍スキャンダルは、加計関係の新たな事実や自衛隊など、拡散膨張を続けている。
 野党やマスコミは、次々と出てくう新事実に追いつくのに精いっぱいという様相である。まるで、漁の下手なクマが群をなして遡上する鮭に目を奪われて、一匹も取れない様にソックリだ。
 ここはじっくりと腰を据えて安倍一党の嘘を暴き出すことが重要だ。
 例えば、森友騒動における00万円の授受問題は、安倍首相側と籠池氏側とで、真っ向から対立しており、いずれが嘘かを解明する絶好お材料であるのみ、未解決のまま放置されている。
 また、加計問題では、怪文書と称される文書の中に、首相官邸の圧力が文科省に加えられたという認識が文科省内にあったという事実が見逃されて、文書のあるなしだけが議論されている。さらに、萩生田官房副長菅は記憶にない発言し、そのままになっている。
 重要事項を忘れてしまうような人は、副長官として失格だが、発言はそのまま放置されている。
 一連の事件を通じて、言った言わない、もらった受け取っていない、など多数の当事者間の食い違いがる。
 即ち、いずれかが嘘を言っているのである。食い違いの半分が安倍首相側の嘘だとしても、10個くらいは安倍首相側の嘘になるだろう。
 野党やマスコミは新事実に目を奪われることなく、全体の俯瞰し、これぞと思ったところを深く突っ込んでほしい。
 すなわち、下手な熊ではなく、鷹の目を持ってほしい。

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安倍スキャンダル

 森友学園、加計学園と続くスキャンダルはなかなか収まらない。来週には安倍首相が出席する予算委員会で追及があるようだ。一連のスキャンダルを概観すると、安倍首相側に、意外にも責められる理由がないことである。
 即ち、「森友学園」では、安倍首相はペテンにかけられた被害者であって、同情されるべき理由はあっても、責められる理由はない。
 「加計学園」でも規制の岩盤突破という立派な動機に基づいた政策遂行だったのである。
 攻める野党にもこの辺に弱みがあるようだ。
 一連のスキャンダルをよくよく、見ると、100万円をもらった、渡していない、文書があった、ない、言った、言わない、記憶にないなど、当事者間に食い違いがあることが目立つ。
 即ち、嘘が付きまとうことが不信を招き、この不信が世間の注目を引いているのである。東京都議選における自民党の大敗もこの不信にあるようだ。
 安倍首相は丁寧に説明することによって国民の理解を得たいと言っている。
 首相のこの発言は首相が問題の本質を理解していないことを示している。
 即ち、問題の本質は嘘かホントかが問われているのである。嘘はどのように丁寧に説明しても、嘘であることに変わりはないのである。
 例えば、100万円の授受に関しても、籠池氏の証言が嘘であることを証明しない限り、疑惑は解けないのである。嘘は申しませんと宣誓した籠池氏の証言は、何の裏付けもない安倍首相の発言よりも格段に信頼度が高いのが現状なのである。
 攻める野党も問題の核心を理解していないようだ。
 100万円の授受問題では、安倍首相、籠池氏の発言を放置したままである。
 そのほか、加計学園問題では、文書の有無に拘っていて、その先の追及を行っていない。ここで問題なのは、文書に記載されている認識が文科省内にあったことはまぎれもない事実だということである。このような認識は首相官邸が文科省に対して働きかけたからこそ生まれるのであって、この点が見逃されている。
 「記憶にない。」という萩生田副長官の発言があるが。記憶にないと発言されると、その先の追及をあきらめてしまった。重要事項を忘れてしまうような脳の持主、あるいは、発言を重要性を認識できずに忘れてしまうような価値観の持主は、官房副長官として失格なはずである。
 野党は、事件の真相の追及よりも、安倍首相周辺に漂う嘘臭の追及が問題を解決するカギであることを認識すべきである。



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内閣支持率(続)

 内閣支持率をめぐる議論はこのように、極めて怪しげな基盤の上に立った議論である。
 ここには、日本民主主義政治の根底にあるいい加減さがある。
  日本政治のいい加減さは他にもある。財政赤字である。一千兆円を超える赤字を抱えながら平気で居られるいい加減さである。
 技術の世界における精密無比とガバナンスにおけるいい加減さ、世界から称賛される律義さと太平洋戦争で見せた凶暴さ、これらが同居する日本は驚異の国である。
 

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