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昨夜、久しぶりにオーケストラの演奏会に足を運んだ。何かと、慌しい毎日だが、ちょっとした息抜きである。場所は、東京オペラシティ武満メモリアルホール。ウィーン学友協会の大ホールを真似た、シューボックススタイルのホールである。管弦楽は東京シティフィルハーモニック管弦楽団。指揮は、ベテランドイツ人指揮者ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト。プログラムは以下の通り。 ブゾーニ(1866−1924) 喜劇序曲 作品38 ヒンデミット(1895−1965) ウェーバーの主題による交響的変容 コルンゴルド(1897−1957) 交響曲 嬰ヘ長調 作品40 ドイツの近代音楽史の書物を紐解けば必ず登場するのはヒンデミットである。彼は、ナチスドイツから「退廃音楽」のレッテルを貼られ、国外脱出を余儀なくされた。ユダヤ人作曲家と積極的に交わったり、ヒトラーの悪口を言ったりして、とかく当局からは目を付けられていた存在である。指揮者のウィルヘルム・フルトヴェングラーが、彼を擁護してヒトラーと対立したのは有名な話である。ヒンデミットの傑作「ウェーバーの主題による交響的変容」は、交響曲「画家マチス」と並んで、彼の作品の中では、最も人口に膾炙したものであり、演目に上がることも多い。この作品は、ヒンデミットがナチスを逃れアメリカに移り住んだ後の1943年に書かれており、ジャズの要素がちりばめられており、なんとも不思議な魅力を持つ。打楽器もふんだんに使われ、演奏効果も高い。 さて、コルンゴルドである。彼は、神童の名をほしいままにした少年時代をウィーンで送っており、「モーツアルトの再来」とまで言われた作曲家であり、誰もがその将来の大成を疑わなかった。第一次大戦には軍楽隊の一員として従軍もしている。しかし、ナチスの台頭という時代の波に翻弄され、ユダヤ系であったコルンゴルドは、家族とアメリカのカリフォルニアに移住し、当時アメリカで、最大の娯楽として確立しつつあったハリウッドの映画産業で映画音楽の作曲家として大きな成功を収め、オスカーも受賞している。しかし、彼はクラシックな作曲家としてヨーロッパで認められたいという意思を強く持っており、戦後1949年にウィーンへ戻っているが、前衛音楽的潮流が支配的となっていたウィーン楽壇は、コルンゴルドをハリウッドの通俗作曲家扱いし認めず、結局彼は失意に打ちひしがれ、アメリカに戻ることになる。この夜演奏されたコルンゴルド唯一の交響曲は嬰ヘ長調というやや特殊な調性を持つ作品であるが、その作風の中に、ハリウッド流のリリシズムを感じ取ることは容易である。特に、第二楽章アレグロ・モルトは12分の8拍子という急速なロンド形式の楽章で、途中まるで「スターウォーズ」を思わせるようなホルンの合奏が現れ、これが登場する度にと何やら胸が躍る。尚、コルンゴルドは1952年に書かれたこの曲を、故・フランクリン・デラノ・ルースヴェルトの思い出に捧げている。ファシズムに追われ、故国で認められることのなかったコルンゴルドを、かくまい擁護し、居場所を与えてくれたアメリカに対する返礼だったのだろう。 ヒンデミットに戻るが、彼はアメリカに亡命し市民権を得たが、最終的にはアメリカを離れ、スイスでその生涯を閉じている。尚、彼にも、ルーズヴェルトの思い出のために書かれた、ウォルト・ホイットマンの詩を題材にしたWhen Lilacs Last in the Dooryard Bloom'dという声楽付きの管弦楽作品があり、なかなかの傑作である。要するに、当時ルーズヴェルトは、ファシズム勢力に対抗する象徴のような存在で、彼の終戦を目前にした死は、彼の政治的な実像は別にせよ、民衆レベルでは、大きな衝撃と悲しみを持って受け止められたのである。 さて、問題の演奏会だが、指揮者のアルベルトは、現役の指揮者の中では長老格だが、まさにヒンデミット、コルンゴルドのスペシャリストと呼んでも良い存在で、両作曲家の管弦楽作品の全曲録音を、ドイツのCPOレーベルに行っている。すなわち、彼らの作品の解釈者としては、世界的な権威で、東京シティフィルも、金管に多少の不安定さが見られたものの、アルベルトの指揮に十分応える熱演を展開したと思う。さすがはプロである。 以上のように、音楽と政治は歴史的にも無視できない関係にあるのだが、この度アメリカを代表するオーケストラのニューヨークフィルハーモニー管弦楽団(NYP)が北朝鮮のピョンヤンを訪れるのだそうである。今回NYPを率いるのは、インド出身の指揮者ズービン・メータであり、アジア出身の指揮者としては、ヨーロッパでの地歩を築いたのは、小澤征爾よりもメータのほうが早かったと思う。保守性と排他性で悪名高いウィーンの楽壇でも相当に認められた存在である。メータはイスラエルフィルとの関係も深いし、音楽家として政治的な責任感のようなものを強く持っているタイプの指揮者だと思う。彼は、若い頃、アメリカのロスアンジェスフィルの音楽監督として、指揮者としての名声をゆるぎないものにしたし、NYPの監督も以前勤め、アメリカには色々と思い入れがあるのだろう。米朝がお互い歩み寄りを見せているとは言え、核問題や拉致問題に確固たる進展が今だ見られない状況での訪問であり、ここでも、音楽と政治の結びつきを意識せざるを得ないのである。
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シティフィル、仰るようになかなかの熱演でした。コルンゴルトの交響曲は、第4楽章でウィーン風のカンタービレが出てくるのを聴いて感じたのですが、かなり「自分史」的要素の強い作品ではないでしょうか。
2007/12/16(日) 午前 3:41 [ dsch1963 ]
ご訪問有難うございます。「自分史」的な要素は確かにあるのだと思います。彼の根っこはやはりウィーンですし。ヴァイオリン協奏曲なども、今後取り上げられる機会が増えるのだろうと思います。
2007/12/16(日) 午後 0:07