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日米文化論という学問分野が存在するかどうかは大いに議論の余地がある。国際文化論でさえ、国際文化学会が出来てからまだ10年しか経っておらず、専攻として確固たる位置を獲得しているとは言い難いものがあるからだ。国際関係を、政治経済から分析する、国際関係論というのは存在しており、その中のエリアスタディーたる日米関係論は以前からあって、内外の研究者による相当の研究蓄積がある。我が国にあっては、五十嵐武士、油井大三郎、細谷千博各氏らが中心的存在であり、アメリカでは、入江昭、ジョン・ダワー、マイケル・シャーラー各氏らの名前がすぐ頭に浮かぶ。 さて、日米文化論だが、あえてこの方面における先達を挙げるとすれば、東京大学の亀井俊介氏ということになるだろう。しかし、ここにあげる日米文化交流史の書物は、常磐大学国際学部に勤務する研究者が共同で書き上げたものである。6名の研究者の論文を一冊に纏めたものだが、面白いことに、ほとんど全員が、アメリカを専門としない研究者であり、その意味では、学際分野としての国際文化学の特徴をよくあらわしているともいえる。戦前から戦後の日米交流に、英語教育、映画、野球、武道、両国におけるイスラム受容、日米協会の果たした役割などの側面から、多角的に光をあてようとする試みである。 英語教育というと、戦前は専らイギリスの影響が強く、英文学に傾いていたのだが、戦後は、これに「話す」という行為が加わる。所謂「英会話」の誕生である。即ち、英会話というのは、頗る戦後的現象であり、アメリカ文化の影響が強いのである。第一章の「英語教育ことはじめ」において、英語教育・バイリンガリズムを専門とする柳田恵美子は、NHKラジオ英会話で戦後一世を風靡した平川唯一から、英語教育を通じて、日本の民主化に寄与しようとした二人の人物、松本重治とジョン・ロックフェラー3世や、日本英語教育研究委員会(ELEC)が果たした役割等を簡潔に論じている。論文自体は二次文献に依拠したもので、必ずしも深い考察がなされているわけではなく、やや食い足りない。 第二章は英語学を専門とする井上徹による「アメリカ映画のなかの日本」である。日本人俳優として唯一 オスカーを受賞しているミヨシ梅木や、二枚目俳優として、ハリウッドでルドルフ・ヴァレンチノに匹敵する名声と人気を誇った早川雪州、さらに最近の渡辺謙らを通して、映画メディアに見られる、アメリカ人の日本人観の変遷を辿る。 「日米野球交流」と題された第三章において、政治学を専門とする代表編者波多野勝は、野球を通じた日米交流を跡付ける。GHQは、占領統治時代、剣道などの武術を戦争につながるものとして禁止したが、野球に関しては、逆に日本の民主化を促進するものとして、直接間接の援助をした。この分野で活躍したのが、戦前ベーブ・ルースの来日にも大きな役割を果たし、巨人軍の創設者のひとりでもあった鈴木惣太郎であるが、戦後日米の野球交流を、鈴木とブルックリン・ドジャース(現ロスアンジェルス・ドジャース)のオーナー、ウォルター・オマリ−との密接な交流を中心に描いてゆく。この章は、二次文献からの記述を時系列的に並べた観があり、やや面白みに欠けるところがあるのと、年号の間違いなど、校正段階でのミスがみられるのが悔やまれる。しかし、現ドジャースの会長ピーター・オマリーが、ウォルター・オマリーの息子であり、野茂英雄がメジャーリーグデビューを果たしたのもドジャースであったことを考えれば、オマリー家と日本野球のつながりは、やはり強いものがあり、その背景にあって、鈴木の果たした功績は無視できないものがあるのだろう。 第四章は「武道の発展・普及と国際化」と題する武道論で、スポーツ医学を専門とする小澤聡による小論である。ここでは、剣道が議論の中心となる。戦前、大日本武徳会という民間団体が武術としての剣道に大きく関わっていたが、この団体は東条英機を会長に迎えた如く、剣道は、軍国主義との関連で、戦後もマイナスのイメージが強く残った関係上、前述の如く、占領期間中はGHQによって事実上禁じられていた。この小論は、戦前から戦中にかけての剣道を通じての日米交流を、笹森順造、中森藤吉、森寅雄という3名の人物を中心に描く。これは面白い事実なのだが、実は剣道では一本取ったあと、ガッツポーズをすると一本が取り消されるというルールがある。しかし、柔道はそうではない。その背景に、柔道と剣道が辿った国際化の影響があると著者は論ずる。柔道は、東京オリンピックを契機に国際化し、その結果体重別となり、本来の極意である「柔よく剛を制す」の精神は失われた。ガッツポーズも、国際化の副産物である。しかし、剣道は、外国団体の要求があれば、普及に赴くという体制をとっているため、国際大会でも、今だ日本のルールがほぼ全面的に適用されており、「身長別」などという摩訶不思議なルールが導入されるに至ってはいないのである。 西アジア史専門の依田泉による第5章「日本、アメリカそしてイスラーム」は、日米両国におけるイスラム受容の比較考察である。依田は、戦前の日本におけるイスラム受容に、軍部の意向が多分に反映されていたと論ずる。その中心となったのは、東亜経済調査局付属研究所所長の大川周明であり、それと平行して、日本がアメリカを始めとする連合国との対立を深めるに従い設立された回教圏研究所、大日本回教協会などが果たした役割などにも言及している。戦後日本において、イスラムは、小数のイスラム圏出身者を除いて場所をもたぬ存在となり、今日に至っている。翻って、アメリカでは、イスラムは、主に黒人を中心に信者を増やしたが、アメリカのイスラエルを中心とした中東政策の枠組みの中、白人層からは、過激な原理主義と結び付けられ、常に周辺的存在であり続けていると論じる。 第6章「日米協会の演じた役割」は、日本外交史専攻の飯森明子による。日露戦争期に活躍し、セオドア・ルーズベルトとの個人的な親交が深かった金子堅太郎を初代会長とする民間団体日米協会が、戦後、吉田茂や佐藤栄作らとの関わりを深めるにつれて、日本の利害を代弁する政治団体としての役割を強くしていった過程を簡潔に論じている。 いずれの論考も、概ね二次史料に基づくもので、緻密な論証がなされているとは言い難いが、第二章の「アメリカ映画のなかの日本」と、第四章の「武道の発展・普及と国際化」における剣道文化交流論はなかなか興味深く、論旨も明瞭であり、個人的には面白く読んだ。しかし、いずれのトピックも、これらの論考の基になった二次文献が存在するので、詳しくはそれらを参照すべきだろう。しかし、剣道やイスラムに関する論考は、それほど多く存在するわけではないと思うので、日米文化論への入り口としての役割は十分に果たしてくれる書物であると思う。 書名:日米文化交流史−彼らが変えたものと、残したもの
編者:波多野勝(常磐大学国際学部教授、1953年生まれ) 出版社:学陽書房 ページ数:216 定価:2000円 |
書評(人文、社会科学系)
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