錯乱気流

無茶苦茶忙しいやんけ・・・

全体表示

[ リスト ]

斉藤貴男は、当初産経新聞社に所属し、独立後も、主に保守系の媒体を中心に活動していたと思う。現在では、むしろリベラルな立場から、雇用問題や改憲問題について積極的に発言している。その意味では、この書物は彼の一連の著作の中でも異彩を放っていると言える。著者は、幼少の頃から一連の梶原作品に大きな影響を受けて育ち、空手に手を染めてみたりもしたと言う。現在の彼の風貌を知っているものにとっては、失笑−失礼!−する以外にないが、要は、それほど梶原作品が、高度経済成長期の青少年に大きな影響を与えたということだろう。

これは人物を扱ったノンフィクションである。歴史学を専攻する人間が人物を扱う場合、対象人物が残した文書や書簡の類を読み込み、オーラルヒストリーと呼ばれる、関連人物への聞き取り調査をこれに加え、その人物が生きた時代状況を浮き彫りにするという手法をとる。ノンフィクション作家が扱う人物伝も基本的には同じだが、彼らはインタヴューなどの聞き取り調査をより多く駆使する。従って、この作品にも、アントニオ猪木、大山増達らの格闘家、梶原と関わった漫画雑誌編集者や漫画家らに対するインタヴュー記録が大いに活用されている。ただ、ノンフィクションの場合、引用符が使用されていても、それが発言者の言葉を一字一句再現したものとは限らないし、注釈、脚注の類は付せらない。歴史学では、それは許されない。

肝心の作品だが、これは総じて出色の梶原論となっていると思う。梶原一騎(本名:高森朝樹、1936−1987)は、戦後純文学作家を志し、小説作品を発表していたが、時代の流れもあり、結局は漫画・劇画原作者として成功を収める。一言で言えば、梶原は、コンプレックスと上昇志向の塊のような人物であったと言える。斉藤は、梶原の複雑な心理状況を、作品分析や関係者談話を絡めて、極めて効果的に描いていると思う。「あしたのジョー」「巨人の星」「愛と誠」ら、日本の漫画史上に残る名作を生み出した梶原は、やがて大山増達との出会いから、格闘技の世界へと踏み込み、映像プロダクション会社を設立、異種格闘技のプロモーターとして活躍しつつも、純文学作家として成功できなかった自分に対する恨みを生涯引きずり、晩年数々の暴行事件を引き起こし、刑事告訴され、最後は病魔に倒れる。そんな梶原の壮絶な50年が、「抑制された熱気」を持って淡々と綴られる。

梶原の漫画出版業界における権勢は一時期すさまじく、彼に文句を言える編集者はほとんどいなかったという。しかし、同時に彼は周囲から孤立し、零落してゆく。梶原に楯突いた出版人は、梶原の取り巻きや、時には本人から恐喝されることなど日常茶飯事だったようである。「つのだじろう監禁詫び状事件」「ちばてつや恐喝事件」など業界筋で有名な事件も書き込まれているが、同時に斉藤は、梶原の哀しいまでの繊細な感受性を、共感を持って描きながら、決して感情に流される事がない。

この作品は、梶原と様々な雑誌編集者の関わりを通じて、高度経済成長期の漫画雑誌業界の内部事情にも光を当てる。在日コリアン二世であった大山増達やアントニオ猪木との関係、田淵幸一元婦人や、池上季美子等、様々な女優・芸能人を巡る女性遍歴など、所謂ゴシップネタのようなものも満載だが、当事者・関係者への聞き取り調査を通じてしっかり裏は取っていると思われ、信憑性は高い。中でも、梶原が、プロレス団体の創設を目論見、成功した暁には、千代の富士と高見山が角界を退き、レスラーとして加わる裏取引が出来ていたという話は驚きである(結局、資金繰りに失敗し頓挫)。

しかし、この作品を読んで思うのは、梶原一騎は、台風のような男であったということである。彼に関わった人間は、漫画人であろうが芸能人であろうが、その鬱屈した暴力の嵐に巻き込まれずにはいられなかった。まさに災厄を撒き散らすような人物であったにも関わらず、ナイーヴなロマンチストで子供のような純粋な面も持ち合わせていた梶原は、その眩いばかりの個性と才能を燃やし尽くし、「平成」の世を見ることもなく、まさに台風の如く過ぎ去っていった。享年50歳。病魔に冒された梶原は、晩年しきりに「小説を書きたい」と言っていたようである。文学への志向を終生捨て切れなかったのだろう。考えてみれば、「巨人の星」にせよ「あしたのジョー」にせよ、その「スポ根」的側面ばかりが強調されるが、終盤にかけて描かれる「無常」とも言える哀しみの世界は、彼の純文学者としての資質を確かに感じさせる。

斉藤貴男による本書は、梶原一騎という人物を通して、「昭和」という時代の断面を鮮やかに切り取って見せており、梶原作品ファンならずとも、必読の一冊と言えるのではないだろうか。尚、斉藤貴男が、社民党で国政に打って出るのではないかという風の噂を聞くが、もしそれが本当なら、「それはやめておけ」と言いたい。文筆家が政治家に転じると、たいがい、ろくなことはない。このような優れた作品に接すると、文筆こそが彼の「闘い」のフィールドだと断言できる。


著者:斉藤貴男
出版社:文春文庫
出版年:2005年(改訂版)
定価:780円
ページ数:505頁

「書評(人文、社会科学系)」書庫の記事一覧


.
och**obor*maru
och**obor*maru
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

クラシック音楽!

自作小説関連

思想、時事、政治経済

文化、生活

教育関連

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事