錯乱気流

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書評(人文、社会科学系)

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蓮池透氏は、拉致被害者家族の会の元事務局長である。まずこの書物が、かもがわ出版という、リベラル左派の出版社から出ていることが注目される。私は、個人として、拉致被害者関連の集会などにも顔を出すことがあるし、以前勤務していた某大学に横田夫妻がおいでになったときも、その場にいて、ご意見や訴えを拝聴させていただいた。

蓮池透氏は、拉致被害者蓮池薫氏の兄であるという立場上、この問題の当事者であるということが言えると思う。私が氏の発言について、「あれ」と思ったのは、安部晋三内閣の折に、山崎拓が単独訪朝したことがあって、あの時、氏がこれを評価するような発言をしたことがあったからだ。しかし、それはすぐに、事実ではないと、新聞紙上では訂正された。そのいきさつについては、本書の中で述べられているので、ご一読いただきたい。

氏は、以前は大変強行な主張をされておられた時期があった。太田昌国は『拉致異論』で、和田春樹等の無責任な態度を追求するという左派批判の前提に立って、9条と拉致を、何の媒介項もなく結びつける氏の発言を批判しており、私もいささか同様に感じた次第である。そのうち、曽我ひとみさんの家族や、蓮池薫夫妻のお子さんなども帰国し、それを前後に、氏は、拉致問題の表舞台から消えたような感じとなり、代わりに、家族会の顔となったのは、横田夫妻であり、増元氏であったりした。

蓮池氏は、この書物で、まず小泉純一郎が総理だった時、政府が拉致問題の解決ではなく、国交正常化を念頭に行動しており、拉致問題が複雑化した場合の対処案を全く考えてなかったという事実を指摘する。それが証拠に、「平壌宣言」には、拉致問題とは全く書いておらず、「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」と、実にあいまいな表記になっている。国家犯罪である、拉致問題について、これを断固解決する意思が政府にはなく、あくまで国交正常化ありきで動いていた証拠であると氏は主張する。安部晋三も、この点については、その時も、その後も、なんの行動もとろうとはしなかったということである。

政府が、ただやみくもに制裁を主張するだけで、交渉の窓口を事実上閉ざしてしまったことも批判しておられる。日本単独の制裁が効果がないことを知っていて、政府は「制裁」の声だけ発しているのである。いくら日本が単独で制裁をしても、北朝鮮と国交のある国は、中国やタイはもちろん、スウェーデンなど外にもあり、国際機関等を通じて、食料や資金援助はなされるので、結局、「制裁」は日本国内向けのジェスチャーでしかなく、日本がやっている雀の涙ほどの制裁は、結局北朝鮮の人民を苦しめるだけの結果になっているとも論ずる。また、マスコミが、このような制裁路線をそのまま横流しして報道し、拉致問題を適正に論評し、意見を言うということをしなくなったと、日本のマスコミをも批判する。私は、この点は、朝日新聞など、日本のリベラル紙にも大いに罪があると思う。要するに、「制裁」という声だけ発していれば、国民が納得するから、政府はただ「制裁」に固執し、マスコミもそれさえ報じていれば、上からも下からも批判されることがない。すなわち、言論機関としての役割を全く果たしていないのが日本のマスコミであるという氏の意見には賛同できる。

さらに、重要なのは、政府が、何を持って拉致問題の「解決」とするのか、という確固たるヴィジョンを持たず、したがって、行き当たりばったりの対応しかしないことも問題だと論じておられる。「全員取り戻す」とはどういうことか、ということなのである。政府が特定失踪者として拉致被害者である可能性が高いと認定しているのは12名であるが、それ以外にも拉致被害者であるという可能性を排除できない方々がいると政府は言う。しかし、日本で毎年失踪し行方不明になる人間の数は、数万人単位である。もし、「可能性を排除できない」というようなあいまいな状況の方々も含めて「全面解決」というのなら、それでは、永久に解決不可能である、と氏は主張される。その通りだろう。何を持って「解決」とするのかという線引きと、戦略が不在なまま、ただ「制裁」だけ声高に主張しても、相手の回路はどんどん閉じてゆくだけだろう。北朝鮮はキチガイ国家で相手にならない、などと言うのなら、最初から無駄だから、一切の交渉をやめてあきらめなくてはなるまいが、そういう話は、政府から正式に出てきたことはない。中川(酒)が、金正日は糖尿病で思考不全だ、みたいな独り言を言ったことはあったと記憶するが。


これに輪をかけて問題なのが、「家族会」が、「救う会」の強行右派に同調するような状況が生じており、拉致被害者を救うという目的が、いつの間にか、北朝鮮打倒、NHK、朝日新聞打倒、先制攻撃論のような、政治スローガンにすり替えられ、人の命に関わる重大な人権侵犯事案であるはずの拉致問題が宙に浮いた状況になってしまっていることである。私も、いくつかの集会でそういう場面は見ているから、それはわかる。そして、これは右派に限らず、左派にも起こりうる問題であることに、我々は自覚的であるべきだろう。

非正規雇用の問題等で、組合や左派運動体が集会を開く場合にも、「憲法を守れ」というようなスローガンが出ることはあるが、それが、目的を達成するための手段の範囲内にとどまっている場合は、ある程度しょうがない。何らかの社会的問題を解決するのに、政治性を100パーセント排除することは不可能であるし、雇用の問題は、結局憲法の問題でもあるからだ。しかし、もし、いつの間にか、手段が目的を食ってしまっている場合。例えば、何らかの集会が、特定の利益集団の利害目的だけに利用される、もしくは、目的が全く別のものに変容するようなことになるならば、これほど不幸なことはない。蓮池氏は、「救う会」「家族会」「政府」の三者がまさにこの悪循環に陥っていると指摘されている。つまるところ、人の命の話が、いつの間にか、北朝鮮打倒、リベラル左派打倒のような話になって、左右対立の構図ばかりが目立ち、結局、北朝鮮を実質的に動かすなんらの策もないまま、いたずらに時間が経過してしまったというわけである。

もうひとつ、氏は、日本政府が、「行動対行動」の原則を持って、日本の過去の植民地支配についての補償を段階的に行うべきとも主張する。なぜなら、政府は、それを平壌宣言に盛り込み同意した上で署名したのであって、そうである以上、これは国家間の公約であり、安倍政権から麻生政権に至る政府は、この平壌宣言を前提に交渉するという態度を変えていないからである。もちろん、これを言うと、右派は、ミサイルぶっ放して、宣言破ったのはどっちだというようなことを言い出すから、結局、話が堂々巡りになることは、これまでの経緯が示すとおりである。しかし、氏は、それでは、お互いの相互不信が増幅するだけで、拉致問題の解決にはならないと言う。要するに、国家のメンツなどという感情論を排して、事に当たることも必要だということである。北朝鮮にも、プライドやメンツはあるわけだが、要するに「子供の喧嘩じゃないのだ」と、氏は言いたいのだと思う。日本が成熟した国家だというなら、日本から具体的な戦略を練り、イニシアチブをとるくらいの余裕がなくてどうするのか、ということだ。その通りだと思う。

「家族会」は、海外まで出掛けてブッシュ大統領などにあったりしている。この件は、私も、色々なところで主張しているのだが、アメリカが拉致問題解決に積極的に乗り出すようなことは絶対にありえない。そんなことはあたりまえである。それはアメリカの問題ではないからである。もちろん、そういう行動が無意味なわけではなく、国際世論の喚起という点で、一定の意義はあるが、それで拉致問題が解決するわけでは決してない。拉致問題は、あくまで日本と北朝鮮の問題であり、そのための現実的な行動が必要だが、政府はそれを詰めることなく、世論におもねるような形で、ただ「制裁」の文句を繰り返し、そのうち、拉致問題は、国内政治闘争にすり替わってしまった。そのことを、蓮池氏は嘆くのである。これは痛ましいことこの上ない。この本の副題が「左右の垣根を超えた闘いへ」となっているのには、このような理由があるのである。

今、氏は、「右翼的」な人々や、かつての運動仲間から、「裏切り者」扱いされ、バッシングを受けておられるという。当然予想されることである。弟の薫さんも、国民の税金でのうのうと食っているんだろう、みたいなバッシングを受けることがあるそうである。そうした性質の問題についても、氏は本書のなかで、弟さんのことも含めて、ご自分の気持ちを書いておられるので、ご一読いただきたい。もちろん、この問題に真剣に取り組んでこられた市民や政府関係者の方も数多くおられることを、氏は認めたうえでの発言である。しかし、この書物を読む限りでは、氏の中山恭子氏の評価はあまり高くないように感じる。私も、実際彼女が、拉致問題について、具体的に、どのような問題提起をし、行動をしたのか、どうもよくわからない。

最後だが、先日テレビを見ていたら、横田めぐみさんの御尊父が「制裁ばかりではなく、今後は、交渉も大事にしてほしい」と、言っておられたのを聞いた。「家族会」の中でも、少し雰囲気が変わり始めているのかもしれない。しかし、石原慎太郎が9条を評価する発言をしていた事は本書ではじめて知った。多分に、東京オリンピックを見すえた、外向けのリップサービスである可能性が高いが、公人が、公に発した言葉は、それ相当の重みとなって残るのもまた確かである。

なお、9条について、蓮池氏は、9条が、日米同盟と同様に、日本の外交政策を思考停止状態にしてきた要因であるならば、これは問題である、と述べられている。これについては、私も、危惧するところがある。護憲の側にしても、単に9条を連発するだけで、平和構築の道のりを明らかにしてゆく努力がややもすればかけてきたきらいがある。9条が浮いてしまっているな、と感じるのは、私だけではなく、運動仲間にも多くおり、こういう自己反省は極めて大切なことと思う。しかし、氏は、田母神氏のような人物が自衛隊の中枢から出てくるような現状で、日本が「正式な」軍を持つことには、明確に否定的である。

なお、この書物の内容について、例えば、かもがわ出版のでっちあげではないのかというようないちゃもんをつける方が、よもやいまいとは思うが、もしおられるなら、蓮池氏ご自身に話を聞いてみればよいだろう。彼は、「家族会」とは一定の距離を置きつつ、現在でも、各地を講演して回っておられるから、お近くに現れることもあるだろうし、早い話が、ご自分で、講演に呼んでみればよいだろう。もちろん、書物であるからには、編集部の多少の修正が入っているのは想定内だが、新潮社の『奪還』から、太田昌国との対論まで、氏の発言を大まかではあるが追ってきた私にとって、氏の本書における問題提起は大変重いものであり、当事者という複雑な位置にいながら、ここまでご自分を相対化し、客観的な発言をなされたことに対して、まずは敬意を表したい。


著者:蓮池透
出版社:かもがわ出版
定価:1050円(税込)
ページ数:111(巻末資料含む)
発行年月日:2009年8月

*この書評に対するコメントに関しては、内容に即して、論理的整合性に欠ける誹謗中傷の類は、削除いたしますので、あしからず。

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