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書評(人文、社会科学系)

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加藤陽子は、東京大学の歴史研究者であり、近現代史を専門とする。氏が以前出した、『戦争の論理-日露戦争から太平洋戦争まで』(勁草書房)は、普通の歴史家が言及しないような、司馬遼太郎の統帥権に関する認識等にも触れた書物であり、日本が関わった戦争に関する基本的事項が頭に入っていないと、ややとっつきにくいと思われるような内容であった。

私の専門は歴史学であり、中でも「日米文化交渉史」―厳密にこういう分野は存在しないが―を主たる研究対象としている。歴史学者が物を書く場合、二つのスタンスがある。一般向けに平易に語る場合と、同業者を意識した専門的書き方をする場合である。新書の類は前者に属し、学会研究紀要などの場合は後者である。そういうくくり方をするのであれば、本書は、明らかに前者に属している。栄光学園という、私が高校生なら、逆立ちしても入れそうにないような、進学校の生徒を相手に、生徒との質疑を踏まえながら、5日間の日程で行った講義を一冊の本にまとめたものである。

内容については、いちいち詳しいことは言わない。ただ、この本を読んでわかることは、加藤氏は根っからの歴史好きだなということである。歴史研究者は、一次史料というものにあたるが、一次史料にも、官側のものと、民衆側のものが存在する。第一次世界大戦や、第二次世界大戦のような、多数の国が関わった大規模な戦争であれば、各国の公文書館に保管されているような、史料を突き合わせることにより、思わぬ事実が浮かびあがることもしばしばある。歴史学者は、年がら年中図書館や公文書館に閉じこもって、史料と睨めっこするという、「暗い」商売なのだが、研究対象の核心に触れる史料に出くわしたときの高揚感は、他に代え難い(それを、読み込むのは大変だが)。

しかし、あまりにも細かい史料の渉猟にこだわるあまり、木を見て森を見ずということになる場合も十分ある。そういう意味で、全体の流れを常に俯瞰するという態度を維持しつつ、史料を読み込み、その背後にあるものをも想像しつつ、歴史を検証するという多角的視点が歴史家には求められる。そのことの重要さを、加藤氏は、本書を通じて、生徒に伝えようとしたと思われ、ご自分も楽しんでおられるのが、行間から伝わってくる。歴史学で重要なことは、あらゆる視点から物事を見るという複眼的思考と、さまざまな史料を読み込み、特定のものを排除しない、という懐の深さである。

大東亜共栄圏や国際連盟脱退などで、強硬派のイメージが強い松岡洋右が、実は、日本の連盟脱退を阻止しようと腐心していたことや、明治期の自由民権運動が、結果として国益論に包摂された事実など、本書が語る様々な事柄は、一般の読者にはかなり新鮮に響くのではないだろうか。本書は、日本が20世紀の戦争を戦ってきた上で、いかなる諸力が働いたのかという問題を、おもに為政者の視点からマクロに論じている書物であるが、民衆の戦争観にも若干ながら触れている。私としては、後者に重点を置いた、本書の第二弾のようなものが出ると非常に良いと思う。

ひとつ、ああ、やっぱりそうだったのだな、と思うのは、日米開戦時の一般の日本人の反応に触れた部分である。「胸のつかえが下りたような晴れ晴れとした気分」になった日本人が、知識階層、一般大衆の如何にかかわらず多かったという件である。これは、私の祖父が召集令状を受け取った時の反応と符合する。生前、祖父に赤紙が来た時のことを訊いたら、「嬉しかった。何か、心にモヤモヤとしていたものがあって、それがパット晴れたような気分になって、一つ働いてくるかという心境になった」と語っていたからだ。戦後反戦運動に一生を費やされた、ある元予科練の方も、親の反対を押し切って、自ら志願したそうある。意外と、そういう方は多かっただろう。思想家の吉本隆明なども、戦中がくらかったなんてのは、戦後民主主義論者の大嘘で、高揚感に溢れ、イケイケの明るさがあった、というようなことをどこかに書いていた。日中戦争については、当時の日本人も、やはり、どこか後ろめたさのようなものを持っていた。しかし、アメリカが相手となると、大義名分は立つのだという、一種の思考転換が脳内で起こり、それが、ABCD包囲網などという言葉に煽られ、「大東亜戦争」の大義へと変換される。それが、戦後日本人が、戦争を「加害」よりも、「被害」の視点から見がちである一因であるというのは、その通りだろう。満蒙開拓団の悲劇などもシベリア抑留という「被害」の側面から見られがちだが、そこには、分村移民という国策も大きく関係しており、長野県飯田市が編纂した『満州移民』という文献に、良質な地域史の成果が凝縮されていると氏は論じている。

進軍や開戦に関して、天皇の裁可を仰ぐのに、当時の参謀本部が、「大阪冬の陣」やら、「桶狭間の戦い」のような、歴史講談のごときものを持ち出して、天皇を説得した、などという件は、「さもありなん」と思われるが、ちょっと笑い話では済まされない。また、氏は最近書店を賑わす、自慰的日本万歳論は、結局同じ言説の使いまわしで、「溜飲を下げる」以上の役割を果たさないと論じる。私も同意見だが、私は、そういう書物にも、極力目を通している。買うまではいかないが、図書館で借りる(確かに、どれを読んで同じことしか書いてないが)。私が今勤務している、東京郊外のT大学は、まさにそういう本を書く方々が、少なからず存在している学校なので、図書館に行けば、しっかり揃っている(もちろん、大学というからには、リベラル系の本も多数おいてあるけれど)。私など、独協大学の中村粲なんかが書いた『大東亜戦争への道』(展転社)なんてのは、保守派が何を考えているのか、どういう気持ちでいるのか、それがよくわかる書物だから、一度は読んでおけと、学生に言う。

専門的な学究書が敷居が高すぎる、さりとて、『ゴーマニズ宣言』では物足らん、という高校生やら大学生に、本書は大いに勧められる。一通り読んでみて、大きな流れをつかんだら、巻末の文献一覧から、適当なものをチョイスして、読み、さらに理解を深めてゆけばよいし、そうすれば、また次の段階への道も見えてくるだろう。

書名:それでも、日本人は「戦争」を選んだ
著者:加藤陽子(東京大学大学院人文社会系研究科教授)
出版社:朝日出版社
出版年月日:2009年10月
ページ数:414
定価:1700円

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