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ジョー樋口さんが亡くなられました。81歳と聞いて、まだ若かったのだなと思いました。ジョー樋口と聞いて分かる方とは良い酒が飲めそうです(笑)。全日本プロレス全盛期の時代のレフェリーとしての印象が、私のような世代には強い。スキンヘッドで、リングを所狭しと動き回り、時にはレスラーのチョップや頭突きさえ食らうことがああった。
私にとって、子供のころのヒーローと言えば、ジャンボ鶴田でした。彼が、アマレスからプロレスに転向、デビューした当時、「試練の10番勝負」というのがあって、ラッシャー木村やジャイアント馬場らを相手に、白熱の激闘を演じました。プロレスは、もちろん筋書きのあるドラマですが、彼らが相当鍛えており、場合によっては生命の危険さえあるスポーツなのは、三沢光晴の例などをみても明らかです。しかし、なにより、70年代のプロレスの面白いところは、国別のステレオタイプを体現する文化的要素があったことです。「黒い呪術師」などと言われた、アブドーラ・ザ・ブッチャーは、先が丸まった「凶器シューズ」なんてのを履き、眼つぶしなどの反則攻撃をするわけで、如何にも中東の怪人という感じがしたわけですが、実はカナダ出身だったわけで、今はアメリカに住んでいいるはずです。
イギリスの場合は、ビル・ロビンソンというレスラーがいて、反則をしない「紳士」ということで通っていました。ダブルアームスープレックス(人間風車)が得意技でした。ジャイアント馬場が生前、一番怖かったレスラーはフリッツ・フォン・エリックだったと語っていました。「アイアンクロー(鉄の爪)」を持つ男ということで、彼の手で頭をつかまれると、その驚異的な握力で、だいたいのレスラーがギブアップとなります。で、フリッツ・フォン・エリックは、たしかハンガリーの出身ということになっていたはずですが、実は、アメリカ人です(笑)。
アメリカを代表する選手というと、やはりドリー・ファンクJr.とテリー・ファンク兄弟でしょうか。後者は、テキサスブロンコ(テキサスの暴れ馬)の異名をとりましたが、スタイルは正統派で、どちらかというと正義の味方という感じでした。祖父は大変プロレスが好きで、体を揺らしながら見ていましたが、先日亡くなった柔道のアントン・ヘーシンクがプロレス界にデビューして、全日本プロレスで馬場とタッグを組んだときには、「ヘーシンクが日本の味方になった」と大喜びでした。
頭突きと言えば、ボボ・ブラジルと、韓国出身の大木金太郎。この二人の対決は、頭突き対決ということで、両者ダブルノックダウンという結果だったと思います。タイガー・ジェット・シンとブッチャーが最凶・最悪の反則タッグで、テリー・ファンクの腕にフォークを突き刺し、大流血になった時は、「うわっ!ここまでやるか」と、子供心に驚いたものです。戦後から高度経済成長期にかけて、プロレスは、ナショナリズムと密接な関係を持っていて、力道山の空手チョップが、アメリカ人レスラーを次から次へとなぎ倒すのを見て、日本人は敗戦の溜飲を下げていたのでした。その力道山が、今の北朝鮮出身の韓国人であったことを当時のほとんどの日本人が知らなかった。
とまれ、これら名勝負?の傍らにあって、その存在感を遺憾なく発揮していたのが、「レフェリー、ジョ−樋口」だったのであります。
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ジョー樋口さんの訃報、このブログで知りました。ご冥福をお祈りいたします。
2010/11/9(火) 午前 0:14 [ あつこ。 ]
七海さんと楽しく呑めなくてつまんないです。プロレスのことは全然知らなくて。
よそでも記事を見たんですが、「ジョーなくして馬場はなし」と言われるような人だったんですね。
2010/11/9(火) 午後 0:41
あつこさん、コメントありがとうございます。私の世代は、プロレスと言えば、馬場とジョー樋口でした。ちょっと寂しい気がします。
2010/11/10(水) 午前 10:14
ゆまりんさん、楽しく呑める材料は他にもありますよ。京極ネタとか。文学とか。そのうち、これまでほとんど読んでないミステリーを大量に読んでやろうと思ってますし。ジョー樋口と馬場の組み合わせは欠かせません。
2010/11/10(水) 午前 10:16
京極様を肴に♡ それは素敵♡ 今週末なんかいかがですか♡ 嘘♪
2010/11/11(木) 午後 11:35
週末は忙しい(^_^)。それに京極の作品の話なら、ゆまりんさんに太刀打ちできそうにないですからね。
2010/11/12(金) 午前 1:46