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あれはもう30年前になる。青年会議所−まだ、そこそこまともだったころのJC−が主催した「幸福の翼」というのがあって、四国4県の高校生が、50名の親善訪問団を組んで、中国を訪問した。3週間ほどの日程で、上海、西安、北京を周って、地元の高校生と交流をした。私は、その一人だった。今から思えば、旅の恥はかき捨てもいいところで、はっきり言って与えられた機会を十分に生かしたとは言えないようなものだった。交流と書けば響きは良いが、実際は、物見遊山であって、今の高校生が海外に修学旅行に行くのと大差ないほどのものであったろう。
しかし、世の中には、志の立派な若者というのがいて、あの訪問団の中に、将来は外交官になって、「日中親善のために尽くしたい」というようなことを言う方もいた。愛媛の高校生だった。もちろん、外交官は、国の利害のために働くわけだから、必ずしも、親善などという「お花畑」ではないわけだが、まあ、それはそれでおいておこう。何が立派かと言うと、その方は、外交官にこそならなかったが、大手商社だか、金融機関だがに就職し、望み通り中国駐在となったからだ。もっとも、それは1999年くらいの話で、今も中国にいるのかどうかは分からない。
私は、あの時の親善訪問のパネルディスカッションで、日本側のパネラーを務めた。あの旅行には、RKC高知放送が同行取材し、ラジオやテレビで特別番組も組まれ、私も当時土佐高校だったかに在籍していた女性の方と二人で、ラジオ出演したことがある。日本側のパネラーだったから、テレビでも露出度が妙に高かった。残念なことには、まだ家庭用ビデオが普及する前のことだったので、録画したテープなどは手許に残っていないことである。もちろん、放送局には保管してあるだろう。ラジオのほうは、あれも生ではなく、録音、後日放送だったと思うが、あれは録音してあったので、探せば、田舎の家のどこかにカセットテープが埋もれているかもしれない。
ともあれ、あの当時は、日中国交回復から、まだそれほど時間が経っておらず、日本の経済も活力があり、日本人は、なんとなく上から目線で中国を見ていたように思う。人民公社がまだあって、ほとんどの市民が人民服を着て、自転車に乗って移動していた時代で、中国と言えば、発展途上国的イメージが色濃くあった。
まあ、色々な事を経験したのだが、今も忘れられないのは、北京のホテルに滞在した時のことである。訪問中に、日本の代表団の一人が誕生日を迎えたのである。みんなで、彼女にサプライズパーティをプレゼントしようと言う事で、ホテルのレストランでの夕食を、手っ取り早く活用しようと言うことになった。ホテルのレストランであるから、世界各国からの観光客もいる場所である。我々以外に、50名ほどの他国からの観光客がいたように記憶している。そのほとんどが、ヨーロッパや北米だったろう。さて、我々の中の一人が立ち上がって、ちょっとした前口上を述べた後、誕生日を迎えた人の名前を挙げて、起立を促す。本人は、思ってもみなかったことだから、面映ゆいことこの上ない。なんだか、顔を真っ赤にして、嬉しいやら恥ずかしいやら。
さて、音頭をとって、例のHappy Birthday to Youを歌い始めると、レストランの空気が一気に変わった。我々だけでなく、その場にいた他国の観光客のほんとんど全てが、「これは目出度い」という風に、全員揃ってHappy Birthday to Youを歌い始め、場内大合唱になったのである。祝ってもらっている本人も、これには驚き、感激のあまり、ちょっと涙目になっていたことを覚えている。これが、日本のホテルでの出来ごとなら、こうはならなかったかもしれない。日本人というのは、こんな時、「あちらさんのことだから」なんて、どこかよそよそしい。おそらく、彼女は、30年経った今でも、あの時の出来事を、覚えているだろう。もうご結婚なされて、お子さんもおられるだろうけれど、語って聞かせるようなこともあったに違いない。あの場にいた、私たちの全てが、あの時の出来事を覚えている筈だ。
言葉は、翻訳されない限り、国境を超えないし、翻訳された時点で、原義とは異なっていたりする場合もある。それに比べ、音楽は直接感性に訴えるし、Happy Birthday to Youのようなシンプルなものとなると、メッセージが明白だから、ああいう場で、自然発生的に縦横に拡がっていくのである。あれこそが、ベートーヴェンが頭に描いていた、「歓喜の歌」の理想形なのではないかとさえ思う。誰からも強制されず、誰からの指示もなく、即座に共有されるシンプルな経験と感情。陶酔というようなものともまた異なる、日常的な臨場感。そういう「歌」を、私たちはもっと大切にすべきなんだ、などと、そんなことを考える。
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その場にいたかった……。
2012/6/4(月) 午前 9:29
あれは、良い光景でしたね。理屈抜きで伝わるものがあるってのは良いもんです。
2012/6/4(月) 午後 10:17