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敬遠と言えば、いつぞやの松井の一件以来、高知の明徳義塾高校の代名詞みたいになってしまっている。報じられているところによると、なにやら、今夏の予選の決勝で、明徳義塾が高知の四番打者を5打席「敬遠」して、僅差で勝ち、甲子園への切符を手にしたのだそうな。もっとも、この場合、明らかな敬遠は2回で、後は敬遠気味の四球ということのようだが。
まあ、一応、私は高知県出身で、父親も高知商業という学校を代表して甲子園に出たことがあるし、また、小学校は高知学園に通っていて、そこの少年野球チームにも属していたから、なんだかんだ、毎夏どこが郷里の代表校になるのかは、興味がないわけじゃない。明徳義塾ってのは、要するに、県外から選手が集まる私学の典型で、レギュラーに高知県出身者がほとんどいないような学校である。まあ、そういうことだから、私としては、高知高校が出てくれることを、どこかで期待していたわけである。もっとも、高知高校も私学で、県外出身の選手がいないわけじゃないし、別にどこから生徒を集めようが、そんなのは私学である以上、学校の勝手ではある。
さて、四番打者を、四球で5回塁に出すことについては、感情と理屈の区別を一応しておいた方が良いように思う。だいいち、この類のことは、自分の実感に基づいて言わないとウソになる。私は、あの時の明徳対星陵の試合をテレビで見た。つまり、明徳の投手が松井を5回歩かせた場面をテレビではあるが見ていたのである。細かいことはうろ覚えだが、最初の三度の敬遠は、塁上にランナーを置いた場面で、松井を迎え、この敬遠は「ありうる」と思った。問題は、後の二つのほうだ。いずれも、2点だかリードした場面で、ランナーがいなかったと記憶している。あの二つの敬遠に対する私の反応は次の二つがないまぜになったものであった。
1.ここは一発打たれても、まだリードを保てるのだから、勝負してよい。
2.松井には長打を打たれる可能性が高く、四番が打つことにより、一気に流れが変わり、逆転されかねないので、勝ちに拘るなら勝負を避けたのは正解。
つまり、以上の二つの感情が半々だったということだ。これが、私のあの時の実感であり、これすなわち「感情」の側面である。私が2の感覚を持ったのは、そりゃ高知県代表の学校だから、「勝って欲しい」という気持ちがあったからである。これが、他県の人なら、もちろん「松井の打撃を見たい」という感情が勝り、1の感情の割合が大きくなることがあるだろう。
実は、今も、感情的に言えば、1と2が半々であるが、どっちかにしろと言われれば、声を大にして「2である」と言う。どうしてか。それは、あの一件以後、明徳義塾の選手、学校、関係者に浴びせかけられた批判とも言えぬ罵声や罵倒を目の当たりにしたからだ。球場は「帰れ、帰れ」のコールとなり、二回戦以降の抽選会でも、抽選にあらわれた明徳の主将に「ひきょう者」等の罵声が浴びせかけられた。当時は、まだインターネットなんてものはなかったが、学校には脅迫電話の類が多数かかってきたと言う。百歩譲って、あの敬遠策がちと「異例」であることを認めたとしても、選手に罵声を浴びせたり、学校を脅迫したりする権利は何人にもないはずである。そういうのは、日本社会の良くないところで、市民社会の困ったところだと、私は思っている。ひとたび、何者かが弱い立場に置かれた場合、途端に元気が良くなる市民の声ほど、恐ろしいもんはない。特に、甲子園てのは、「爽やか」とか、「清々しい」とか言う、「それはなんだ」と問われれば、結局のところ、茫漠として、実体の説明さえ難しいような「イメージ」がついてまわっているから、益々始末が悪い。
明徳義塾は、千葉の麗澤大学と強い関係を持つ学校で、開校当初からスポーツには力を入れ、野球部のグラウンドには、最初から「全国制覇」の文字が掲げられた。したがって、その野球部も、「勝つこと」が、最初から大前提としてあったのであり、黎明期には、父が甲子園に出た時の高知商業の監督だった、松田昇を総監督に迎えて体勢を整えたくらいだ。そもそも、私は、プロは勝負に拘り、アマチュアは「正々堂々」なんて区分けは意味がないと思っている。魅せることも仕事のうちのプロと違い、次がないからこそ、アマチュアが勝負に拘るってことは十分にあり得るし、心情的にも理解出来ることである。要するに、そんなこと、場合によるから、いちいち「こうだ」と言えないのである。
もちろん、理屈の面で言えば、色々ある。曰く、「ルールに反してはいない」。曰く、「他の打者が打てなかったのだからしょうがない」。曰く、「作戦勝ち」。しかし、そんなことを言ってみてもしょうがないようにも思う。ましてや、敬遠をせず、勝負していたら、どうなっていたかなんてのは、後付けの理屈で、そんなの解りやしない。勝負していたら、意外と松井は凡打に倒れ、次の5番に打たれたかもしれないし、結局のところ、“what if”でしかありえない。だから、特定の打者に連続して四球を与えることについて、私の気持ちは今も同じで、似たような状況なら、まあ1と2の半々である。1が強い場合、それはやはり、五回も連続で敬遠されるほど、ヤバイ打者の打撃を見てみたいと言う理由からであって、間違っても、それが「爽やか」だからとか、「潔い」からだとか、「教育上正しいことだから」とか言う、「そう言うあなたはどうなんですか」と問い返したくなるような理屈からではありえない。
松田昇については以下をご覧あれ:
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だって、だって、高校野球はプロ野球と違うんですもん、一回負けたら終わりなんですもん……って……おもいます……。あのときの、ブーイングとか、ものを投げ入れるとか、スゴい……哀しかったです……。
2012/7/26(木) 午後 8:01
そう言えば、物も飛んでましたかね。脅迫電話とか、アメリカだと、それだけで逮捕されかねませんけどね^^;
2012/7/26(木) 午後 10:01
内緒さん、
読みました。まあ、気持ちは分からんでもないし、相当リベラルな人でも、そう思うかも知れませんね。
それにしても、四国の○○県出身者には随分失礼なことではないかと思いますけど・・・
2012/7/26(木) 午後 10:12
OKです。って、返事遅いか^^;。ここ24時間忙しかったもんで・・・
2012/7/28(土) 午前 0:57
≫当時は、まだインターネットなんてものはなかったが、学校には脅迫電話の類が多数かかってきたと言う。
まるで今話題の、大津のいじめ事件に対する、一般の市民感情と同じ構造ですね。
こういう陰湿さが、職場でも地域でも子どもの世界でも「いじめ」を呼び起こすことに、日本の市民感情は気づいていない。
なんか最近、日本人の陰湿さに耐えかねているので(笑)、暫く西アフリカへ行って来ます。(←ウソです。が、半分本心)。
2012/7/30(月) 午前 11:52
いやいやそう言わず、西アフリカ行って下さいw
2012/7/30(月) 午後 5:49
わかりました。行ってきます!
2012/7/30(月) 午後 6:15
いや、そんなに嫌なら、行かなくても・・・
2012/8/1(水) 午前 6:17