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今は、オリンピックの季節で、私もスポーツ大好き人間だから、ここはスポーツの話題で。日本、かなり健闘してますね。金メダルの数は少ないけれど、銀、銅を結構稼いでいて、アーチェリー、重量上げ、卓球、フェンシング、ボクシングなど、これまで日本があまり目立ってこなかった競技で結果が出ているのは、良い傾向でしょう。女子のアーチェリー選手など、全員が高校生から初めて、ある選手にいたっては、「スポーツをやりたかったが、走らなくてもよさそうだから」というのがアーチェリーを始めた動機だというのだから笑います。それでも、メダルを取るところまで行くわけです。もちろん、へらへらやってきたわけじゃなくって、かなりの強化体制の中で、ここまでやってきたのでしょう。メダルを取った人が、異口同音に「これまで支えてきてくれた多くの人達」に感謝の言葉を述べるのは、一人でそこまで行けたわけではないことを身に沁みて知っているからでしょう。
ちょっと前に、「敬遠と高校野球」という記事を書きました。明徳義塾高校の投手が、星稜高校時代の松井を五打席連続で歩かせたあの件に関する事です。それで、今年の夏の地方予選でも、明徳は似たような四球による四番封じで甲子園出場を決めたというような話し。この二つの出来ごとの間には、20年くらいの間隔がありますけれど、監督は同じ馬渕さんですね。この馬渕さんという方に対する私なりの意見ですが、彼は、基本的に勝ちに拘るタイプの監督で、選手の面子よりも、チームの勝を優先するタイプと思えます。松井を5打席歩かせた時の、明徳の投手は、確か河野だったと思います。あの一件は、河野の人生に、大きな影を落としたと思います。5打席連続敬遠をしたことそのものではなく、その後、世論から、袋叩きに遭い、卑怯者呼ばわりされたことがです。彼は、あれ以降も、大学に行って野球をやり、一時は、プロになることに拘りがあるような発言をし、アメリカの独立リーグまで行って野球を続けました。「松井とやりたい」というような発言もしていたと思います。それほど、あの一件が、彼の人生に与えた影響は大きかったと思います。
これは、一野球ファンの意見なのですが、河野はプロに行ってやれる逸材ではなかったと思います。推測ですが、馬渕さんは、「お前に松井は抑えられない」と、直接言った可能性があると思います。もしそうだとして、これをどう評価するかですが、私は、指導者としてのその発言は十分ありうることで、河野が自身を客観的に見ることの出来る人物なら、それは納得したのではないでしょうか。なぜなら、河野と松井では、もうそれほどの差がある。河野は、どうひいき目に見ても、高校野球における、ごく標準的な投手で、30年に一人の逸材であり、超高校級の松井とは較べものにならない。もちろん、投げてみたいというような気持もどこかになかったわけではないでしょうけれど、指示どおりに歩かせたということは、自分の勝負より、チームの勝利を優先したということであって、あの時の彼は、それを優先事項として、納得した上でやったのではないでしょうか。
つまり、ある意味、そういうレベルだった河野を、アメリカの独立リーグにまで行かせたのは、やはりそれは、「自分は、卑怯者などではないんだ」という気持ちを引きずっていたからではないでしょうか。彼は、世間から、「負け犬」「卑怯者」の烙印を押されて、それを背負って、野球に拘り続けたのだと私は推測しています。馬渕さんが、河野には松井を抑えられる力がないと考えていたのは、恐らくあたっていると思います。というのは、2002年に、明徳義塾が夏の甲子園で優勝した時、マスコミに「今でも、あの時の敬遠策は、正しかったと思いますか」と訊かれ、馬渕さんは、ほとんど躊躇することなく、「田辺くらいの力があれば、違う策をとったかも知れませんが」と言った主旨の発言をしたからです。これは、物凄い正直な発言で、高校野球の指導者で普通ここまで言う人は少ないでしょう。つまり、「今回のエースの田辺くらいなら、5打席敬遠はなかったかもしれないが、河野では無理だった」と、公言したに等しいからです。私は、この馬渕さんの発言に、彼の指導者としての理念を感じた次第です。
明徳義塾のような学校は、主要選手のほとんどが潜在的にプロを目指し得る立場にあると一応は言えます。明徳義塾出身で、プロ野球に進んだ選手は何人もいます。要するに、馬渕さんは、河野を、そういうレベルではない」と、判断していたのだと思いますし、本人にもそう言ったのではないでしょうか。私は、この発言を、格別無慈悲とは思いません。ある意味、極めて正直な発言で、本当にそうなら、大学で野球を続けようがどうしようが、本人がそのことを自覚して、野球に取り組むのは極めて重要な事とも言えるからです。
私は、今どういうわけか、ナレーションの勉強をしています。まあ、声を出すのは職業上意味のあることってのもありますが、色々な意味で実益も兼ねてやっているのです。現在、あるプロについていますが、練習仲間は、プロダクション所属の声優さんやフリーアナウンサー達です。彼らは、声優としては、既にアニメや洋画の出演歴があって、超売れっ子とまではいかないけれど、一応その業界では、そこそこ「なんとかなっている」人達です。でも、そこまでいけずに消えていく人の方が圧倒的に多い。あの世界は、指導者から、「あなたにこの世界は向いていない。まだ若いから別の生き方を考えなさい」と、言われてしまう場合があるのです。見込みのない人を善意で囲ってくれるほど、甘くはありません。技術と芸で生きていくってのは、もう「通用するか、しないか」の二つに一つです。そういう観点から見た場合、馬渕さんの指導方針というのは、そうおかしくはないというのが、私の味方です。でも、この件については、いずれ一息ついたら、本腰入れて取材をしてみたいと思っています。松井もキャリアの終盤を迎え、河野も、過去との折り合いがついているのであれば、このあたりで、「あれは、一体なんだったのか」をはっきりさせておく社会的意義はあるのではないかと思っています。
しかし、無理とわかっていても、とにかく野球に拘り続けた。それも一つの人生だし、「負け犬」でも「卑怯者」でもなんでもないと私は思います。なんでも、とにかく一度は、一生懸命やってみること。それが何よりも大切だと私は思っているし、息子にもそう話しています。
さて、女子卓球の団体決勝をちらとテレビでみましたが、中国と日本では、まさに天地ほどの差があります。今日見た限りでは、あと5年頑張っても、日本は中国に追いつかないのではないでしょうか。それほどの差を感じます。中国から、指導者を呼ぶ必要もあるでしょう。それとねえ、やっぱり、どこかに、ここまでこれてひとまず満足って感じがあるわけですよ。両チームの選手入場を見たけれど、日本の選手が笑顔で手を振りながら出てきたのに対して、中国チームは、二コリともせず、もう体中から闘志を発散させている。普通にやれば負けない筈の相手に、あれだけ気合いを入れているってのは、もう、一ゲームも取らせないという気持ちで来たんじゃないでしょうかね。そんな中、よく、日本は2ゲームとったと思います。
でも、とにかく、一生懸命研究し、練習し、挑戦することは本当に大事。それは、老いも若きも、人生のどこかで、一度はやっておくべきことなのではないでしょうか。もちろん、自分も含めてのことですが。それが、出来ないと、人はいつまでもそれを引きずるものです。そんなことを思いながら、オリンピックをちらちら見ています。
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