|
韓国のサッカー協会から日本の協会宛に届いた「謝罪文」を読んだ。書簡の全文については、韓国メディアが既に公にしているが、公的文書とは言え、現在進行形の事案であり、著作権上の問題もある可能性があるので、全文掲載はしない。
さて、この書簡については、「謝罪だ」、いや「謝罪じゃない」とか、なんだかおかしな話になっているが、当事者の気苦労の大きさは推して知るべしであって、お気の毒というほかない。しかし、ビジネス現場で英語を使ってきた立場からすれば、書簡は、英語では、こういう言葉の使い方はおおむね普通であると思えるような表現を使って書かれている。例えば、We deeply regret that the mistake has been made.というような書き方をする場合があるが、これは、「行き違いがあったことを大変遺憾に思う」というような意味の釈明文であり、英語国民は普通に使う。ま、一種のテクニックである。
今回の書簡の場合、convey my regretsと言う言葉が使われているが、「遺憾に思う」というような意味の婉曲表現である。選手の行為を、「無礼な」を意味するunsportingという形容詞で説明しているし、同時に「今後このようなことが起こらないように指導する」という後半の文章と併せて考えれば、この書簡を「謝罪文」と呼ぶことに全く問題はないと思われる。「政治的意図はなかった」「故意ではない」「喜びすぎた」というような言葉もあるから、一種の「釈明文」とも読みとれるが、「釈明」とは、手元の広辞林(三省堂)によれば、「状況を説明して、責任の所在を明らかにする」という意味であり、「再発防止の為に、あらゆる手段をつかって指導する」と書かれているわけだから、彼らは、あくまで責任は自分たちの側にあることを認めており、事実上の謝罪であろう。
それで、この書簡に対して、日本の協会側が、「了解した、今後も協力してやっていこう」というような返事をしたのは、最後の二つのパラグラフの内容からして、全く妥当な大人の対応であり、非難されるべきところは何もない。この件については、さすがに、韓国側もまずかったと思っていることが伺えるし、こうした内容の手紙を日本側に送ったことに対して、彼らが自国内で批判される理由もまたない。もちろん、彼らは、件の韓国選手がFIFAやIOCから、メダルはく奪等の厳罰処分を受ける可能性を危惧しており、状況を説明し、まずは日本側に釈明を受け入れてもらうことにより、それを防ぐための布石をいち早く打ったとも言えるが、そうであれば、なおのこと国内世論から批判される言われはなく、韓国市民は、彼らに対して寛大にふるまうべきだ。
当事者意識を持って考えれば、このような手紙を受け取った場合、余程の事がない限り、日本の協会が行ったような対応になるのは、大筋で妥当であり、「弱腰」でも「妥協」でもなんでもない。むしろ、この件で、韓国の協会は、日本の協会に借りを作ったことになり、FIFAにも、IOCにも提出されるであろうこの文書は、彼らの公的な意思表示として半永久的に残る。報じられているところによれば、選手たちは、集団で「独島セレモニー」をやるつもりだったらしく、この点、韓国の協会には猛省を促すとともに、自ら世論を煽っておきながら、「寛大な処置を」などとのたまう、与党議員連中は、まさに噴飯ものである。もちろん、煽られる方にも大いなる責任があることは言うまでもない。同じことは、この件で、鬼の首取ったように騒いでいる日本の一部世論にも当てはまるが。
なお、謝罪文だが、IOCから早期の回答を迫られていた事情から、やっぱり急いで書いたのか、文法的な誤りが散見されるし、最後のパラグラフなど、意図したことを遥かに超える大言壮語となっており、ちょっと苦笑する。後期の授業で使おうかと一瞬思ったが、韓国の学生を4名抱えているので、さすがにそれは趣味が悪い。「あいつのおかげで、徴兵期間が延びた」とか, 李明博の悪口を言う男子学生がいたりするが・・・
|
スポーツ関連
[ リスト ]




