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いかなる主張も、だいたい次の3つの要素があれば、「陰謀論」と呼んで差し支えないと思う。
1.想像上の脅威が、実際の脅威をはるかに超えて肥大化する。
2.証拠が存在しない。
3.陰謀を行使する主体は、大抵影響力のある大組織等である。
ところで、「陰謀論」と「陰謀」は似て非なるものである。陰謀論とは、要するに「噂」のごときもので、巷間に様々な形で流布されている真偽不明の言説である。しかし、陰謀は違う。手元の辞書によれば、陰謀には次の二つの意味がある。
一.良くないことを、密かに計画すること。または、その計画。
二.二人以上の者が犯罪の計画をすること。
つまり、「密かに」計画され実行されるものであるから、陰謀が陰謀足り得るためには、その事実を、それを画策している当事者しか知らないという要素が不可欠である。赤穂浪士による吉良の屋敷へのうち入りは、そういう意味では「陰謀」である。その計画の存在が、白日の下に晒されてしまっては、陰謀にならないのである。だから、陰謀は大抵過去形で論じられる。「張作霖の爆殺は関東軍の陰謀であった」のような具合である。つまり、当時は明らかではなかったが、後日、史料や証言等によって、真実が明らかにされた場合、それを陰謀というのである。であるから、現在進行形の物事について、「○○が○○のようになってしまっているのは、○○の陰謀だ」と言うのは、語義矛盾である。もう一度言うと、陰謀は、当事者以外に、その計画が誰にも知られていないから陰謀なのである。
陰謀論の場合、特定の計画の行使主体については、街の八百屋とかでは役不足で、やはりロックフェラーとかロスチャイルドとかじゃなきゃだめだ。日本なら、電通とかNHKとか。電通が、財界や新聞社やテレビ局等のマスコミと大きな関係をを持った組織であるのは、彼らの業務の内容から言って当たり前だが、「彼らの背後に特定の国家勢力が存在する」などと論じ始めると、俄かに話が陰謀論めいてくる。NHKについても同じことが言える。特定の案件について、政府や政治家等と、彼らの中の特定の部署や個人が、個別的に関わるということはあるかもしれないが、全体として陰謀集団であるかのように語るとなれば、やはりそれは「陰謀論」以外のなにものでもない。
陰謀論は、集団間のパワーバランスが崩れ、特定の国家や集団の力が相対的に弱まった場合に、その内部から出てくるものである。例えば、対日貿易収支が悪化した、80年代のアメリカでは、ある種の陰謀論が大手を振ってまかり通っていた。たとえば、「日本資本が、アメリカの企業や大学など、あらゆる組織を浸食しており、このままではアメリカは日本に乗っ取られる」というような議論である。ロックフェラーセンターやコロンビアピクチャーが日本企業に買われ、モンタナの農場やカリフォルニアの不動産が、日本企業や日本人よって次々と買収されていた当時、そのような議論は、アメリカ社会の一部の層に、かなりの実感をもって受け取られ、実際、タイム誌には、零戦が円札をばら撒きながらマンハッタンの上空を飛ぶ絵が登場したりした。一方で、宮本武蔵の『五輪の書』とかが、爆発的に売れたりもしていた。「日本から学べ」というわけである。詳しくは忘れてしまったが、あるアメリカ人と話していて、なんの他愛もない日常的な会話をしていたつもりのときに、「それは、武士道か?」と訊かれて、当惑したことがある。『五輪の書』を読んだことのある日本人ですら少ないはずなのに、いやはや。いずれにせよ、「アメリカを乗っ取る計画」を日本企業や通産省が画策しており、それに協力している大学や組織がいるかのような議論は、明らかに、「想像上の脅威が、実際の脅威をはるかに超えて肥大化した」典型的な陰謀論である。
陰謀論のもう一つの特徴は、陰謀の行使主体とされる組織や個人が、次々と増えて行くことである。陰謀論が、国民国家共同体の次元で論じられる場合、議論は、その人の政治的立場や心理状態により、大抵両極化される。つまり、アメリカの批判をしないメディアや組織は、「アメリカによってコントロールされている」となり、中国の批判をしないメディアや組織は、「中国によってコントロールされている」となる。従って、これまで中国(アメリカ)に批判的な発言をしていた、Aという組織や個人が、ちょっと中国(アメリカ)に対して「好意的な」発言をしたりした場合、その個人や組織は、たちまち横滑り的に陰謀論の対象となる。かくて、少しでも怪しいところは、どんどん陰謀論の対象となり、その数は爆発的に増えて行く。「反日○○」と題する書庫を何十も構えておられるブロガーがおられるが、まさに周囲は敵だらけであり、心労も並大抵のものではないであろう。無論、陰謀論の全てが、無根拠な妄想と主張したいわけではなく、その中には、後日、事実として明らかになるものも含まれているかもしれないが、そういうケースは、むしろ稀だろう。
陰謀論は、それが「論」である限り、証明され得ないものであり、事実というよりは、一種の心理現象と言えるものである。しかし、たとえそれが根拠薄弱なものであるとしても、時として、実害をもたらす場合があるので注意を要する。太平洋戦争勃発当時、アメリカでは、西海岸に集住する日系人が先鞭約となり、日本が攻め込んでくるといううわさが流布され、結果、彼らは、一網打尽に強制収容所にぶち込まれてしまった。世界で、陰謀論が実際に猛威を奮って市民に災厄を及ぼしたという意味では、やはり軍事政権下における韓国であろう。だいたいのことは、共産主義者の陰謀にしておけば、世論が納得したので、為政者は「拷問」「死刑」「弾圧」、なんでもありであった。そういえば、第一次安倍内閣が河野談話に手をつけようとしたとき、アメリカが、下院慰安婦非難決議という形で先手を打ち、日本に対する非難の声が、またたく間に世界に広まった。その時、外相であった麻生太郎は、「アメリカと日本の仲を裂こうとする策動がある」と、問題を陰謀論にすり替えた。保守メディアは、「反日包囲網論」を展開したが、「包囲網」でもなんでもない、起こるべくして起こったことである。
このように、陰謀論は、実害をもたらす厄介なものであるが、証拠がないということは、反証が難しいということでもあって、かくて、数多くの人がこれを好んで論じるのである。世の中の物事は、色々複雑な要因が絡み合っており、いかなる組織とて、決して一枚岩ではありえないのは、実感に即して考えれば明らかなのだが、問題の所在を単純化出来るので、便利である。よって、あえて陰謀論の正体を申せば、それは「不安」である。自分の心の奥底に巣食う不安が肥大化したものが陰謀論であるから、数々の陰謀者と闘っている人は、自分自身と闘っていると言っても過言ではない。従って、他者を傷つけながら、自分自身も相当に傷ついているので、その負の力は、最後は、極大化して自分に跳ね返ってくる。
ところで、日本とアメリカは同盟国で、政府の主張によれば、より対等で双務的な関係になるために、集団的自衛権を行使できるようにするらしいのだが、安倍首相には、オバマにあったとき、是非、より双務的になれるように、アメリカ本土に、日本の「国防軍」の基地を置かせて貰えるように頼んで頂きたい。その場合、もちろん、費用はアメリカの「思いやり」におすがりしたい。戦略的な意味がない?そんなことはない。麻生太郎によれば、アメリカにも、日本を陥れる策略のネットワークがあるようであるから、彼らが、アメリカ国内でクーデターを起こしかねず、その時、アメリカ国内の「国防軍」の基地が、役に立つだろう。
最後に、実は、私は、某国の諜報組織によって派遣されたエージェントである。私の仲間は、既に、全国各地に存在し、私の合図ひとつで、彼らが一気に動き出す手筈となっている。残念だが、諸君らには、それを証明することもできないし、とめることもできない。ハッハッハッ
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そんな、「ハッハッハッ」て、悪者みたいに(アハハ)。
郵政民営化はアメリカに金を回すためとか聞いたことあるんですが、これはどうだったんでしょう、陰謀論だったんでしょうか。
2013/1/15(火) 午後 10:29
ハッハッハ。
郵政民営化ですが、そりゃ、アメリカは期待したと思いますが、やったのは日本政府で、それを「よし」としたのも、日本の国民ですから。「国民のみなさんの意見を聞いてみたい」と言って、参院じゃなく、衆院を解散した、シングルイシューの選挙で自民が勝ったわけですからね。それに、郵政民営化は、80年代末からの郵政政策の延長線上にあったので、突然始まったわけじゃないでですけどね。
2013/1/16(水) 午後 8:22