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昨日、「アイデンティティの捻じれ」というタイトルで、パク・ヨンハについて書いたけど、J−POPで通用している韓国の歌手はいるぞ、と息子が言うので、これを書いている。Kという、アルファベット一文字の歌手だ。この手の話には滅茶苦茶詳しい人がいて、日韓近現代史が専門の私の師匠もビックリらしく、私のような新参者は発言を控えたほうが良いかもしれない(笑)。だいたい、日韓関係ってのは、昔は、とにかく政治の話しかなくって、それも、大抵ロクな話じゃなかった。金大中拉致事件とか、大韓航空機爆破事件とか、例のT・K生からの通信とか。韓国語の講座なんて探すのすら大変。日朝関係史も、在日コリアンや帰国事業の問題等があったから、学術というよりか、運動体のほうから派生していった。
もちろん、完璧に日本の大衆文化シーンの一部だった韓国人は過去にもいたわけだけど。私の世代なら、もう大木金太郎だろう。彼は、力道山との関係で、日本に密入国してきたわけだけど、祖父なんかは大木金太郎好きだったな。頭突きの大木金太郎。まあ、それはともかく、隔世の感とはこのこと。一昔前まで、韓国の映画なんてのは、マーケットベースにすら乗らず、公民館あたりで自主上映されていたものを、愛好家とか運動体の人が集まって見ていたに過ぎなかった。音楽なんて、それ相当に日本にも知られていた人と言えば、紅白にも出たチョ・ヨンピルくらいではなかったか。チョ・ヨンピルは私は結構好きで、CD何枚か持ってる。
で、まあ、聞くところによると、Kって歌手は本国の韓国じゃ人気がないんだそうな。日本が活動のベースだから当たり前とはいえるけど、パク・ヨンハみたいに俳優じゃないから、そのあたりは、ストレートに行けるのかもしれない。もちろん、彼に、アイデンティティ上の葛藤がないってわけじゃなくって、そりゃ、当然あると思うけど。
いずれにせよ、政治的問題は多々あれど、世界は本当に狭くなった。だいたいマーケットってのは相互浸透性があるんで、鎖国でもしない限り、相互の交流は活発になる。韓国は、一時期まで日本からの大衆文化の流入を禁止していたというが、そんなのは建前で、CDショップには日本の音楽のCDが大ぴっらに売られていた。自国の壁を越えて、異文化に身を置くってのは、要は国境を超えるってことだから、今後は、紆余曲折あれど、そういう現象は増えて行くんだろうと思う。なので、パク・ヨンハが言った「韓流ブームを越えて、普通にJ−POPシーンの一部として見られる」って現象は、これからは普通に起こるだろうし、逆に日本人が向こうに行くってケースも出てくるだろう。ただ、オーストラリア、イギリス、カナダ等、英語圏の俳優や歌手が、アメリカで活動するのと違い、日韓や日中の場合は、政治的問題もあるけれど、何より言語が違うから、そこはひとつの壁になる。でも、政治的問題も含めて、それを越えて行く強さっていうか、柔軟性ってのは、古い人より、若い人のほうがあると思う。大衆文化ってのは、どことなく底が浅いって感じがあって、それはそうかもしれないが、私は、ろくでもない政治家が10人いるよりか、歌手一人のほうがマシくらいのものだと思っている。そもそも、古賀政男からして、朝鮮半島の民謡の影響を受けていると論じる人もいるくらいだ。
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萬の事
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「ろくでもない政治家が10人いるよりか、歌手一人のほうがマシ」というの、なんか、解ります。文化やスポーツ、若い人たちのいろんな形での交流、大事ですよね。
2013/2/3(日) 午前 7:39
やっぱり、歌とかの芸能が一番良いですかね。スポーツもありですが、あれは勝ち負けがあって、ちょっと疑似戦争的になっちゃう場合がありますからね。日韓は特に盛り上がる。それも両方の国で(笑)。恐らく韓国のほうが凄いですよ。あと、マーケットから外れた、民間交流。これどんどんやらないといけないし、これからは増えて行くと思います。
2013/2/3(日) 午後 4:03
「日本と韓国の関係」……ということで思い出す人は立原正秋です。あの人も、なんかちょっと捻れた人のようですね。
2013/2/5(火) 午前 10:08
立原正秋は、最近在日文学の枠組みでわりと論じられる機会が多くなりました。ここ数年幾つか新しい論文が出てますね。大昔に、幾つが文庫本で読みましたが、あんまり覚えてないんですよね。
2013/2/6(水) 午後 3:59