錯乱気流

無茶苦茶忙しいやんけ・・・

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屈折した日本の自画像

ある日、中国からの留学生が私のところにきて、何やら見せたいものがあると言う。自分の村の出身の若者が歌手としてデビューし、今、韓国で大変人気があり、メジャーのチャートで上位に食い込んでいるというのだ。その歌手の映像を、いかにもうれしそうにYou Tubeで見せるのだ。

彼女は、吉林省の朝鮮族の出である。中国の吉林省は、中国の東北地方にあり、旧満州に相当する地域だ。吉林省には、150万人ほどの朝鮮族が存在しており、中国に50以上ある民族のひとつである。自治権を有しており、第一言語は朝鮮語である。従って、彼らの子弟は中国人だが、中国語よりは、朝鮮語のほうが得意なのである。漢字よりもハングルのほうが読める。つまり、朝鮮族としてのアイデンティティを保持しているということだ。しかし、韓国からは、同じ文化的ルーツを持っているにも関わらず、ある意味、あまり相手にされておらず、ちょっと、そういうところが残念なのだと、彼女は言うのだ。それは、多分、韓国人から見れば、大韓民国籍を有する在日コリアンが、概ね日本人に見えるのと似たようなものだろう。

彼女は、この朝鮮族出身の歌手が、韓国で「認められた」ということに、「これまでなかったこと」と、誇りを感じているわけだ。現在、韓国の歌手や俳優が日本で人気で、これを「韓流」というわけだが、「韓流」という言葉はそもそも中国語であり、この流れは、当初中国に及び、それから東南アジアに伝播したものだ。当たり前のことだが、韓国のドラマやアイドルグループは、日本だけで人気があるわけではなく、中国、台湾、東南アジアあたりでも受容されている。歴史認識問題や領土問題など問題はあるにせよ、韓国の若い世代の多くは、年配の韓国人ほど日本に対する「特別な感情」を持っているわけではない。

私が、朝鮮半島というものに興味を持ち始めたのは、運動体に関わってからであるから、ほんのここ10年くらいの話だし、韓国のドラマに至っては、半年前に見始めたくらいで、それまで全く興味がなかったのである。しかし、数作みただけで、その素晴らしさに引き込まれてしまった。「なぜ、この人たちは、これはど力強い声を出せるのか」。それが、私の韓国ドラマに対する第一印象である。特に、今私は自ら発声に取り組んでいるから、なおのことそこに注意が行くのである。韓国の俳優は、歌を唄わせても大変上手い人が多く、多分発声の基本からたたきあげられているのだろう。

単刀直入に言うと、私は韓国という国というか、市民を大変尊敬している。知れば知るほど、「日本人は敵わない」と思う。特に、戦後の民主化運動のことを知れば知るほど、これが日本人になしえただろうかという思いを禁じ得ない。銃口に立ち向かい、或る時は自ら武装し、蜂起し、数万の民が銃弾に斃れた。その民主化の過程は、挫折も多かったが、彼らは、今日まで立ち止まることがなかった。私は、国民とか民族とかそういうことを抜きに、一人の人間としての倫理意識において、民主化闘争を戦い、命を落とした韓国市民に対して、深い畏敬の念を持つ。韓国の歴代軍事政権が、アメリカをバックにした日本の政権にも支えられていたことを考えるとき、私は、たとえそれが、「感傷だ」と一笑に付されようとも、「申し訳ない」という気持ちを禁じ得ない。日本が朝鮮半島を植民地支配していたころ、私はこの世にいなかった。朝鮮戦争の頃も、まだこの世にはいなかった。安保闘争の頃、私はまだ幼く、何も知りはしなかった。しかし、韓国の市民が、民主化闘争を戦い血を流していたころ、私は同時代を生きていた。私の安穏とした日常は、彼らの犠牲の上に成り立ったものでもあった。

かつて、ディミトリー・ショスタコーヴィチは、自らの交響曲について、「私の交響曲は、全てが墓標である」と述べた。私は、それと同じことを、韓国の民主化について思う。彼らの民主主義は、自由を希求する市民の血の犠牲の上に立っている。私は、たとえ見せかけであったとしても、自由にものが言え、そこそこの幸福を享受しえた戦後の民主主義を大事に思っている。もちろん、その民主主義は、他者の犠牲の上に成り立つところの経済発展と同じコインの裏表であり、その枠外に自らを措定出来ないことは、理解している。しかし、民主主義に「中身」を与えていくための「闘争」は放棄されてはならない。韓国の民主化の歴史は、そのことを私に教える。況や、日本人が、朝鮮半島や中国大陸はもちろん、地球上のあらゆる場所において、今後、市民の殺戮を行なったり、それに加担したりすることが、間違ってもあってはならない。

なお、私の父は、吉林省の出身であり、父方の祖母は朝鮮族であると聞いている。会ったことはない。一時期仙台にあって、私が生まれた際に、祝いのなにがしかを送ってきたということを聞いた。父は、戦後の混乱期に、高知に養子に出された。その詳細については知らない。吉林省の朝鮮族の多くが、日本が朝鮮半島で行なった土地整理事業の結果、農地を簒奪され、移住を余儀なくされた人々の子孫である。アメリカ市民にとっての長崎・広島・イラク、韓国市民とっての北朝鮮やベトナムがそうであるように、私が朝鮮という鏡を覗き込むとき、屈折した日本の自画像が、私の瞳に焼きつけられる。




奥の細道―千住



弥生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は有明にて光おさまれるものから、富士の峰幽にみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。むつまじきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。千住と云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。 

行春や鳥啼魚の目は泪 

是を矢立の初として行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと、見送なるべし。
 
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ちょっと、出だしで気負いすぎたけど、まあいいか・・・。それから、「行春や鳥啼魚の目は泪」は、どう読むのかいまひとつ判然としない。字余りなので余計混乱する。「鳥啼」(とりなき)を一区切りとすれば、最後の「き」を無声化するのは間違っていると思うが、とりあえずそれで読んでみた。 

政治家の「声」

今、シリアスな話題を書いている暇がないので、とりあえず「声」関連で。音声言語医学の権威米山文明氏によれば、日本で一番ダメな発声をしているのは、政治家と教師なのだそうである。その通りかと思う。大学の先生なんてのは、もう悲惨なもので、ヨレヨレの人が多い。政治家の発声というと、今はそれほどでもないが、昔は本当に酷かった。吉田茂、田中角栄、大平正芳等々。思いだしていただくと解るかと思うが、要は、喉を絞ったような「だみ声」である。ご本人の地声もあるだろうけど、あれが、威厳のある喋り方と受け止められていたということはあったと思う。麻生太郎も、ちとそれっぽい。福田赳夫も酷かった。「私は、まあ、はー、はー、はー、そのを、ほー、ほー、ほー」と、話しがまるで前に進まない。
 
  田中角栄。ほとんど漫才である。面白けりゃいいってもんじゃないが、リベラル左派の演説もこ
      の程度に面白ければ、多少聞く気になるんだが、真面目すぎるっつーの。「正しい」ことを言えば
      人が解ってくれるかというと、そんな簡単なもんじゃない。
    
 
今の政治家も情けないが、一番情けない声は誰かと問われれば、安倍晋三である。前もって言っておくが、私は彼を政治家として全く評価しておらず、あのような人物が、次の首班(主犯?)になりそうな日本社会は、てんでだめで、やっぱり戦後民主主義は偽物だったかと思ってしまうのだが、この「声」に関しては、そういう政治的な評価は一切ぬきである。
 
まるで鼻の奥に声帯がついているのではないかと思えるような声。拡声器を通すと、多少ひ弱感が減じるが、それでもしかし、鼻腔から声道にかけて、器官的な疾患があるのではないかと思えるような、よわよわしい声である。声というのは、全身運動であり、腹筋、横隔膜、声帯、顎間接、舌筋、呼吸器系統など、全てが連動していて、力強い声を出せる人は、そういう身体的なファンダメンタルがしっかりしているということだ。つまり、その人の発声を聴くだけで、どういう身体状況にあるかが、かなりの程度判断出来る。さらに、彼の場合、滑舌も悪い。カ行は曖昧だし、サ行は潰れる。滑舌というのは、単に舌が回ると言うような問題ではなく、表情筋の柔軟性や呼吸の強さがかなり関係している。
 
安倍晋三に、髭をつけたらヒトラーに似ているという人がいるが、後者と彼の違いは、声である。ヒトラーは、まことに力強い声で、演説をやらせれば、魔力的な魅力を発揮した。少なくとも、そういう表向きのカリスマは、安倍晋三にはない。支持者からは、「先生」とか、「閣下」とかのタイトル付きで、呼ばれたりしているけれど・・・
「もうちょっと勉強してほしい・・・やっぱり」という記事を書いたが、「河野談話を守る会」さんから、以下のようなご批判を頂いた。急いで書いたので、結論部分がやや雑になった部分は否めず、大筋で異論はないのだが、李明博大統領の行動については、私なりの批判もある。それは先方さんのところでつらつらと書かせて頂いているので、ご参考頂きたい。
 
 
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「(李明博大統領が)竹島に上陸したり、突然慰安婦問題を表に出し、天皇の謝罪にまで言及したのは、日本の政財界とのパイプを持つ兄が窮地に陥ったり、土地購入疑惑やらで、彼の国内での立場が危うくなったため、国内世論を味方につけるパフォーマンスを行う必要があったためである」という意見には賛成できないが、他はだいたい賛成である。
 
「国内世論を味方につけるパフォーマンスを行う必要があったためである」というのはただの憶測にすぎないからだ。「兄の窮地」は「状況」に過ぎず「理由」ではない。「理由」は、日本側の慰安婦問題の対応が進展しなかったからである。「いや、そうではない。慰安婦問題はただのパフォーマンスで、それは窮地脱出のためなんだ」と言う人もいる訳だが、いったい大統領任期が切れる人間がパフォーマンスして人気をとって一体何になるのか?よくわからない。
 
突然慰安婦問題が再び表に出たのは、例の韓国裁判の判決が大きいだろう。そこで去年の終わりごろから李明博大統領は日本政府をせっついていた。野田総理は会談では「善処する」と述べたが実際には何もしなかった。さらに日韓の軍事協力を推進しようとしたが、韓国国内には「日本との事実上の同盟」を「独島、慰安婦」問題で反対する人々がいた。こうして軍事協力は立ち消えてしまったのである。
「天皇の謝罪」が飛び出したのは、その後の話である。
 
パフォ−マンスというよりも本心であっただろう。日本人は、本音と建前の精神構造をもっており、賢い人は何でも「裏がある」と考えがちである。しかしこれは「パフォーマンス」なんていう言葉で解釈するべきものではない。つまり憤懣の心情が自然に出た行動だと思われる。
世の中に「知識人」という名で呼ばれる人々がいる。私は、大学の教壇に立っているから、多分そのカテゴリーに入れられてしまうのかもしれない。「知識人」と言っても、専門というものがあるから、大抵の人は、専攻分野には大変詳しくても、それ以外の件に関しては、「それほどでもない」という場合がほとんどだ。
 
「知識人」というものに対する反発というものも世間にはある。アメリカ史で良く使われる言葉だが、「反知性主義」という言葉があって、まあ大体宗教的文脈で使われるものだ。聖書解釈学などの如きものは、聖書を至上のものとする根本主義的立場からは、許し難い行為ということになる。日本において、「知識人」と言うものに対する反発があったのは、やっぱり全共闘時代だろう。あの時代は、ごく大雑把に言えば、体制側に安穏とする権威主義的知識人を、反体制的左派が吊るしあげるという構図であったわけだ。
 
今も、そういう雰囲気がないでもない。しかし、今は、反体制派が権威主義的知識人を吊るしあげるのではなくて、むしろ、体制に取り込まれつつある大衆が、反体制的知識人やメディア関係者に反発するという構図だ。ブログなどで交流をしていると、如何にも、「私は一般人ですが、それが何か?」というような、一種の「開き直り」をされる方がいらっしゃるし、私が大学の教壇に立っているということをそれなりに知っている方が、「あんたらに何が解ってんの」と言わんばかりに、色々書き込みをしていかれることもある。私など、このようなブログにいちいち能書きを書きこんでいる暇がある程度の研究者で、大したものでは全然ないが。
 
現在の、反知性主義は、全共闘時代と違って、あまり表だって目だたず、大体ネットという匿名空間で繰り広げられるものである。吉本隆明は「大衆」というものを結構持ち上げた言論人だったが、あれは全共闘時代の文脈で解釈されるべきものだと思う。いずれにせよ、世の中に、一般大衆を見下すような、鼻もちならない「知識人」がいるのも確かではあるけれど、現今教える立場にある者として言わせてもらうならば、今の大学生あたりの近現代史に関する知識は、ちと悲惨なものがある。私は、外国語系統の学部で教えているけれど、一般に語学をやっている人間は、専門家でも、一般人でも、人文社会学的な情報に極めて疎く、政治的にナイーヴなところがある。
 
日米の問題や日中韓の問題を授業で話すことがあるが、その経験からくる実感として申すなら、「日本無罪論」というべきか、「強い日本待望論」というべきか、その根拠となる情報をほとんどネット上から得ている類の学生は、10人に2〜3人くらいはいるという感じである。それで、そういう学生は、ある意味政治に興味があったり、物凄く真面目だったりして、私から見れば、好感のもてる学生である場合が多い。だから、彼らは、日本が、本当に「不当に貶められている」と信じているわけである。ネット上で右的言論を展開する不特定多数には、彼らも含まれているのだろうな、とふと考えたりもする。
 
そういう学生に出会った時、私は、「お前の考えは間違っている」とは決して言わない。なぜなら、それはそれで、ひとつの考えであるから、その限りにおいては尊重してやりたいという気持ちがあるからだ。でも、一応、私なりの意見は言う事にしている。例えば、日韓の戦争責任の問題は「日韓基本条約で解決済み」という学生がいたら、私は、次のように訊ねる。
 
「日韓基本条約を読んだことがありますか?」
 
すると、「え、読んでません」という答えが来る。あれは物凄く短いものであるから、読もうと思えば、10分とかからない。ネット上に全文でている。読んでもいないのに、なぜ「解決済み」という答えだけが簡単に出てくるのかと言えば、それはそういう言論に接しているからである。そもそも、政府もメディアもそういう言説を繰り返している。そこで、私は次のような質問をする。
 
「日韓基本条約が結ばれたのは、何年で、その時の日韓の首脳は誰でしたか?」
 
だいたいが知らない。日韓基本条約が結ばれたのは1965年だが、交渉自体は1951年から開始されているから、この条約に関わった日本の首脳は、吉田茂から佐藤栄作までであり、締結時の首相は佐藤栄作である。その間の、韓国の大統領は、李承晩、朴正煕の二人であり、締結時は後者である。そこで、私は次のような質問をするわけだ。
 
「日韓基本条約が結ばれた当時、韓国内で条約締結反対を主張する学生や市民の運動があり、それを当時の朴政権が弾圧し、多数の死傷者が出たことを知っていますか?」
 
もちろん、知っている学生は少ない。とういか、いない。そこで、私は、当時韓国内で日韓基本条約反対運動があったのは、あれが、冷戦構造の中、日韓米の政治的意図を反映した、経済援助紐付き条約であり、『日韓の』戦争責任、及び日本の植民地支配の問題を曖昧にする妥協案であったことを一応説明する。『日韓の』というところが重要である。私は、ここで次のような質問をする。
 
「朴正煕が、日本統治時代に、帝国陸軍中尉であり、日本の統治機構をそのまま受け継いで権力を掌握した『親日派』であったことを知っていますか?」
 
ここで重要なのは、「親日派」と言う言葉である。盧武鉉が政権について以降、韓国では、「真実・和解のための過去史整理委員会」や「反民族行為特別調査員会」が立ちあがり、植民地統治機構の一部として、強制動員に協力したり、戦後民衆を弾圧したりした自国民を糾弾する動きが出てきているが、その対象となるのが「親日派」であり、この言葉には大変ネガティヴなイメージが付きまとっている。韓国では、過去を清算し、日本との関係を前進させたいと言う思いで、日本との関係を重視しているリベラルは「知日派」と呼ばれている。つまり、「親日派」と「知日派」とは違うのである。このことを知らない日本人は多い。そこで、私としては、次のように問わざるを得ない。
 
「朴正煕はその強権的な政治手法から、国内で何度も窮地に立ち、国際社会からの批判も大きかったが、そのたびに、彼を救ったのは、アメリカをバックにした日本政府(自民党政権)だったのを知っていますか?」
 
この文脈で、最も大きな役割を果たしたのは池田勇人であったろう。重要なのは、「真実・和解のための過去史整理委員会」や「反民族行為特別調査員会」は、強制動員や戦後の民主化運動の弾圧が起こったのは、日本やアメリカなどの外国の責任だけではなく、自分達の側にもあったのだという自己反省と、民主化弾圧の犠牲になった人々の名誉回復も視野に入れた社会運動であるということである。しかし、この「親日派」と言う言葉は、韓国社会を分断しかねない活断層のようなものであることは頭に入れておいた方が良い。つまり、この件について、韓国社会は一枚岩ではないのである。単純に言えば、この自己批判を重要視する市民連帯の立場に立つ政治家は、韓国内では「リベラル」であり、これに積極的でないのは「保守」である。現大統領の李明博という人物は、日本の政財界と深いパイプを持つ人物だが、彼が政権の座に就いた時の言葉をご記憶だろうか。「過去の事にとらわれず、未来志向で、日韓関係を前進させたい」。これは、如何にも、「保守」の立場の発言である。その李明博が、任期の最後に来て、竹島に上陸したり、突然慰安婦問題を表に出し、天皇の謝罪にまで言及したのは、日本の政財界とのパイプを持つ兄が窮地に陥ったり、土地購入疑惑やらで、彼の国内での立場が危うくなったため、国内世論を味方につけるパフォーマンスを行う必要があったためである。つまり、李明博は、「親日派」と糾弾されかねない事態に危機感を募らせたと言う事だ。まあ、このあたりまで来て、私の最後の質問は以下のようになる。
 
「来る韓国の大統領選挙で、与党セヌリ党の候補朴槿恵が、朴正煕の娘であることを知っているか?」
 
知らない人が多いのではないだろうか。少なくとも、私の学生で、この事実を知っている者はいなかった。というか、それ以前の問題があるわけだが。「親書をつき返したり、天皇を侮辱したりする韓国にガツンと行って欲しい」と言うが、そんなに単純に物事を見てもらってはやっぱり困る。「韓国はベトナムでの責任を棚に上げて、日本の批判ばかりする」。これも、大変流布されている言説だが、これについても、保守とリベラルとでは、取り組み方が違う。だいいち、もし当時日本に憲法上の制約がなかったら、大変高い確率で日本も派兵していただろうし、日本は名実ともに、米軍の前線基地であったから、しっかり加担しているのである。
 
教員としての私の立場から言えば、何を主張しようが、それはその方の自由だが、最低限の情報は頭に入れたうえで、感想なり結論なりを出して欲しいと願うばかりだ。日韓関係は私の専門ではないけれど、基本文献を読む労を惜しまなければ、以上のようなファンダメンタルなことは、簡単に頭に入るのである。で、「出身国を問わず」、私は学生にいつも言う。
 
「意見は尊重する.。自分も勉強不足なのは重々自覚の上で言うが、結論を出すのは、もうちょっと勉強したあとにしてくれないか」・・・と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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