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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
半ば失業状態の時に、暇を持て余して始めたブログも7年目に突入である。素顔は、左手にご覧のように、いかついヤツを出してあるが、もっと柔らかで、草食系のほうがよろしいようであれば、そういうバージョンもないわけではない。20年ほど前のやつでよければ・・・
のっけから政治の話もなんだが、昨年の衆院選挙後に、石破が気になることを言っていたので、それについて、私見を書いておきたい。NHKの特番だった。香山リカとか藤原帰一とかの論客さんが、与党になる予定の幹事長を相手に政策談義をやった時のことである。論客さんの一人が、「戦争を知らない人が外交をやるのは不安だ」みたいなことを言った。すると、石破が、あの独特の粘りつくような口調で、「戦争を知らない人ではなく、軍事を知らない人が外交をやるのが問題だ」と反論をしたのである。言わんとすることは、「喧嘩吹っ掛けると、ただじゃすみませんよってことを、相手にわからせるために軍事ってのはあるんである」みたいなことであった。つまり、集団的自衛権が行使出来たり、「国防軍」を持ったりすることには、軍事的意味があるとの主張である。 あれ?それ、イマイチ説得力に欠ける。なぜなら、日本は、「喧嘩吹っ掛けるとタダじゃすみませんよ」と、相手にわからせるだけの「軍事力」は既に保有しておって、それを持って、専守防衛と呼んでおるのではなかったか。つまり、外交努力むなしく、万やむを得ず、「明確な侵略意図を持って」やってくる勢力に対しては、陸上であろうが、海上であろうが、これに断固対処するというのが、専守防衛のはずである。少なくとも、そう聞かされて育ってきたが、空耳だったか。「周囲の国際環境が変わった」というかもしれないが、客観的にみて、周囲の環境は、私が子供の頃とさほど変わらないか、むしろ安全になっているとさえ言えるように思うが。
70年代に良く聞いた話は、ソ連が、北方領土から北海道に侵攻してくるって話で、中川八洋とか栗栖弘臣とかが、そんなことを書いた本が、それなりに売れていたように思う。なにしろ、当時中学生だか、高校生だった私も、なぜかそんな本を読んで、「やべえぞこりゃ」と思ったりしたからだ。今、ソ連はなくなってロシアになってる。少なくとも、ロシアが、北方領土から北海道に侵攻してくる可能性はかなり低い。韓国とは、歴史認識やら領土問題でゴタゴタしているが、人的・文化的交流は、まさに隔世の感があるほど進んだし、そももそ同盟国である。韓国と北朝鮮は、「休戦状態」にあって、もちろんお互いに警戒を解いてはいないが、今の韓国市民に訊いてみれば、北朝鮮と正面から戦争するなんてことは「ありえん」という意識のほうが強いだろう。つまり、「少々のことで」喧嘩を吹っ掛けて、それがエスカレートした場合、その代償が大きすぎて、割に合わないことを身を持って体験しているからである。朝鮮戦争勃発当時は、韓国よりも、北朝鮮のほうが元気だった。だって、日帝は、北のほうを中心に工業化していて、南のほうの経済的基盤は脆弱で、その影響が当時はモロに残っていた。
今も、北朝鮮は、世界第四位と言われる兵力を保有し、その70パーセントが、非武装地帯から160キロ以内に配置されていて、最前線基地からソウルまでの距離は、たったの48キロである。と言うと、いかにも怖そうだが、今の北朝鮮は、核実験やったり、「人工衛星」やらを打ち上げたり、島に砲弾を飛ばしたり、瀬戸際外交をやらなきゃいけないほど「瀬戸際」で、国内の状態はガタガタである。50年代と違い、現在、韓国と北朝鮮の力関係は逆転し、前者の国力は、後者の27〜28倍と言われている。よって、北朝鮮に、38度線を越えて進軍してくる余裕はないと考えるのが妥当だろう。石破が、「日韓米の関係がこじれて、一番喜ぶのはだれか」などと言うときは、恐らく北朝鮮のことを言っているのだろうけれど、以上のような理由で、それもいまひとつ説得力に欠ける。もっとも、「こじれて」の部分は私も共感できるところで、日韓は、歴史認識や領土問題を適切に処理すべきであり、そこは石破も同意してくれるはずである。
問題は中国だろうけど、中国も、ご覧の通り、内政上の問題をたくさん抱えている。世論に火がつくと、若者が暴徒化しちゃうし、周辺の自治州もざわついてくる可能性がある。そもそも、50以上の民族を抱えた、他民族国家で、共産党が睨みを利かせて紐帯を保っているというのが正直なところである。兵力は相当なものだろうけれど、こちらが、外交的手段を多面的に使って対処すれば、全く脅威になるとは思われない。ここが、市場経済ってやつの面白いところである。マーケットってのは相互浸透性を持っていて、物資やお金と一緒に、情報や人も動くので、国自体が外に開いてきて、求心力よりも、遠心力が働き始めるのである。だから、今の中国は、解放路線をとったが故に、遠心力が働き始め、後戻りできない状態なので、昔は考えられなかったことだが、私ごときが教えるクラスに、中国人の学生がわんさかいるというようなことになる。昨夏来の一件で、今年は、出願者が減ることを覚悟したが、教務に訊いてみたら、全然影響がないようである。政治的レベルでは、まあ色々あるけれど、少なくとも、私の周りの日中韓の学生は、お互い対等に付き合っていて、そういうところは、今の若い人のほうが柔軟性がある。
というわけで、ほれ南沙諸島だとか、ほれチベットだとか、ほれ領空侵犯だとか、色々理屈はあるけれど、こっちが、ヒステリックにならなければ、全く脅威とするに足らないであろう。現状維持で結構である。なので、改憲する必要もないし、国防軍にする必要もないし、これも現状維持で結構である。日本人が、自らの意思で国防軍にするというならそれも結構だが、アメリカに引っ張られての改憲だから、それはやめておいたほうが良い。その場合、ベトナム戦争に派兵した韓国の例が一番わかりやすい。韓国は、アメリカに次ぐ大兵力をベトナムに派兵し、アメリカを大いに喜ばせたが、結果は、アメリカ兵に匹敵する残虐性を発揮、民間人を虐殺、現在、国際的にも戦争責任を問われている状況である。さらには、枯葉剤の影響に苦しむ帰還兵や、家族がバラバラになるという後遺症も未だに引きずっている。ところが、歴代韓国政権は、これらの責任を一度も認めていない。従って、韓国内には、こんな状況で、日本に戦争責任を問うことが出来るのかという意見もリベラルを中心にある。ところが、これは多数派ではないのである。これは、日本の保守政権が、戦争責任を認めたがらないのと同じ構図である。韓国内で、このことを追及する知識人やらメディアは、ことによると「アカ」のレッテルを貼られかねないのである。もっとも、さすがに、東西冷戦構造終結から20年余、日米韓における、「アカ」の神通力はかなり弱まってはいるが。
ベトナムの件で、鬼の首取ったように、韓国を批判する日本人がいるけれど、当時日本には自衛隊が存在しており、日本がベトナムに派兵しなくてすんだのは、憲法上集団的自衛権が行使できなかったからである。つまり、日本は、アメリカ軍の前線基地となるにとどまり、直接戦闘行為に加担することをまぬかれたがゆえに、ベトナム戦争に関しては、戦争責任を問われなくても良い立場にあるのである。韓国と日本が、北東アジアにおける、共産主義に対する防波堤に設定されたのは御承知の通り。その構図は今も残っているが、ほぼ形骸化し、よって石破の「日韓米がいがみあっていて喜ぶのはどこか」という文句も、いまひとつ白々しく聞こえるのである。
結論として言うならば、日本は、「明確な侵略意図をもった」いかなる国に対しても、これに断固対応する、専守防衛の態勢を、ロジスティックな面からも有しており、軍事的にみても、「国防軍」にする必要はなく、また、憲法を固持することは、ひとつの自制的契機として有効であり、アメリカも、このような条項をもっておれば、分別もなくイラクを攻撃し、戦費と軍事費の増大により国内経済を圧迫し、その肩代わりを日本に求めるようなことをしなくてすんだのである。私は、日帝の責任追及と同時に、ベトナム戦争の責任を韓国政府に認めさるために活動する韓国内の世論に同調する。イラク戦争の責任を追及する、アメリカの世論に同調する。それは、決して、特定の個人や、民族や、国民に対する批判ではない。行為遂行主体としての政府に対する批判である。それは、単なる一国を越えた問題である。
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こんな人がいたとは驚きだ。感心したので、今年はもう終わりにしようと思ったけど、最後にアップしておく。
韓国のアイドルというと、少女時代、KARA、T-ARAとか、グループが多いんだけど、この人はソロアイドル。名前は、IU。今年あたりから日本で活動を始めているようだ。とにかく、出だしのキーが高いんだけど、まだ高いところに声が伸びていき、その爽快感が素晴らしい。マライア・キャリー並と言いたい。CDを買い求めることとしよう。
このレベルの歌唱力のアイドルは、今の日本には存在しない。これだけ声を鍛えておくと、少々唄ったくらいでは、声帯がいかれない。日本語の歌詞も、曲調にマッチしている。誰が訳詞を担当しているのだろう。所属は、日本ではEMIである。しかし、誰が歌を作っているのかよく知らないが、松田聖子を思い出す。松田聖子を初めてテレビでみたときのような衝撃を覚える。テレビジョッキーで『青い珊瑚礁』を唄った時の松田聖子。彼女は、だんだんと上手になっていった郷ひろみなんかと違って、もう最初から上手かった。あの独特の声は天性のものだ。
もちろん、IUは、日本のアイドルにはなかったスタイリッシュな現代性を持っている。察するところ、韓国では、歌がまずければ、舞台には立てないのだろう。日本では、浅田美代子や松本伊代など、下手なのも魅力のうちみたいなところがあって、僕らは、それを半ば揶揄しながらみていたものだ。そこへきてこれだ。実力を備えたアイドル。日本のリスナーが、心の中では期待しながら、無理だと思っていたことを、韓国の芸能界はやってくれている。それも、韓国語と日本語の両方で聴くという付加価値もついている。恐らく、日本語は、母音が5つしかなく、全ての音が漏れなく発音される言語なので、音が拾いやすいのだろう。フランス語とかドイツ語だとこんなわけにはいかない。
とにかく、このレベルの歌唱力となると、今の日本では、シンガーソングライターあたりでないと無理だ。このIUと松田聖子を並べて聴いてみると、なぜ今の日本人が自信をなくし、70年代以前に戻りたがっているのかがわかる。近代は、資本主義の時代である。資本主義を決定するのは、マーケットである。マーケットでは、良い物は売れる。良い物を作り、営業努力をすれば、国境を問わず大概売れる。どこかのテレビ局に日の丸持って押し掛けてもムダである。
単に、お金を流し込んでもダメである。いかなる困難があっても、国境を超える創造性とチャレンジ精神。昔あったものを「取り戻す」のではない。まだそこにないものを「生み出す」のである。エリック・フロムが、『自由からの逃走』でこう書いている。
「それを、誰かが既に言ったということは問題ではない。それを他ならぬあなたが、今言っているということが何より大切なのだ」
来年は、そういう年にしたい。それでは、本当に、良いお年を。
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不肖、YOU TUBEに、自分の音声ファイルをアップしたりしている。最近忙しく、それどこどじゃないのだが、幾つかアップした中で、『奥の細道』が二つある。今年のお盆過ぎにアップしたのだが、最初の一カ月で、アクセス数が100を超えるくらいだったのに、10月を越えて、急激にアクセス数が増え、11月には2千を超えた。今は、2千5百くらいである。「なんで?」と、思ったのだが、息子が、「中学生じゃネ?」というのである。どうもそうらしい。中学生とか高校生が、学校の課題の参考にしているようなのだ。『奥の細道』というと、有名な古典だし、著作権上の問題はないから、他にもありそうなものだが、これが意外となく、普通に吹き込んだものは、私のしか見当たらない。どこかの俳優さんが、朗読しているものもあるが、ちとドラマチック過ぎて、アナウンサー調の私の音源のほうが参考にしやすいようである。解析結果をみてみると、意外に色々な地域からアクセスがある。日本は当然だが、アメリカ合衆国、シンガポール、大韓民国、台湾、ロシアまで。現地在住の日本人かな?それとも、日本文学を勉強している外国人だろうか。まあ、誰でも良いんだけど。
しかし、あれ、今聞くと、結構恥ずかしい。まあ、そこそこのクオリティだが、今のほうが声のパワーは上なので、発声に余裕がある。リスナーがついてしまったので、削除しにくくなってしまった(笑)。これは、知る人ぞ知るわけだが、私は、昨年の12月10日から、ボイストレーニングをやっている。あれから1年が経過したが、休んだのは、電車の中でぶっ倒れた日と、和歌山に出張した1日と、風邪で調子が悪かった先々週の一日の3日だけである。発声障害と思しき状態から、回復し、さらにパワーアップ中で、30分くらいのナレーション原稿なら、ほとんどプロと同等のレベルの声が出せるまでになっている。滑舌も、そのあたりのアナウンサーよりましと豪語したい(笑)。さらなるレベルアップを目指し、コツコツと努力している。
それでは、みなさま、良いお年を!
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五打席連続敬遠のことは書かないよ。前に書いたし。だが、松井の引退は、やっぱりさびしい。甲子園の逸材が、プロに入ってからっきしという例は結構あるから、松井がプロに入った当時、私など、ものすごく心配して、気が気ではなかった。だから、松井が、プロ初ホームランを打ったときのことは良く覚えている。ヤクルトの高津からだった。左に引っ張った打球が、ライナーで、スタンドに突き刺さった。「まさにゴジラ打法だね」と、当時の監督だった長嶋茂雄が試合後のインタヴューで語った。掛け値なしに大砲であり、MLBに行かず、日本でずっとやっていれば、通算本塁打700本は越えていたはずだ。松井に匹敵するのは、日本では、全盛期の清原くらいではないか。広島球場では、場外ホームランも放って見せた。球場が狭かった時代の、王、田淵、山本浩二あたりとは単純に比較できないだろう。
松井がメジャー行きを、ジャイアンツとのすったもんだの末に決めた年、日米野球があった。昔、二年に一回やっていたあれだ。あの、日米野球が、松井のプロ野球選手としての日本での最後の舞台だったのだが、最終試合が終わった後、テレビのカメラが、肩を震わせて泣いているジャイアンツファンの姿を映していた。別にジャイアンツファンじゃないが、その気持はなんとなくわかった。イチローがメジャーに行った時以上の感慨を、私は松井のときには感じていた。松井は、或る意味、日本の野球ファンの夢を載せてメジャーにいったのだと思う。正直に言うと、私は、子供のころから、日本のプロ野球が、来日するメジャーの球団やメジャーのオールスターチームに、ホームランで勝てないことが凄く悔しかった。ボルティモア・オリオールズのエディ・マレイや、カンサスシティ・ロイヤルズのジョージ・ブレッドらの、ど迫力のホームランをみる度に、「王、田淵。あいつらの度肝を抜くホームランを打ってくれ!」と思ったものだが、日本の選手が打つと、王でも山本浩二でも、スタンドすれすれに入る、イマイチのホームランが多くて、なんとなく、しょんぼりしたものだ。まあ、今にして思えば、素朴でマッチョなナショナリズムなのだが、野球が好きな日本人なら、たいてい、同じように思ったのではないか。
とまれ、野球の華と言えば、やっぱりホームランだ。王貞治が、世界記録を塗り替えたなんていってるのは、日本人だけだ。だから、多くの日本人は、松井が、メジャーで、ホームランを40本、50本打つところを見たかったのだと思う。松井が、メジャーで打つホームランの一本一本には、単にホームラン以上の意味があった。日本の野球人は、よく昔、「本当のワールドシリーズを!」という言葉を使ったものだ。それは、多分に、こちらの勝手な「思い上がり」だったのだけれど、日本の選手がメジャーに行くのが当たり前になり、WBCで二連覇までした今日、そんな言葉も聞かれなくなった。思うに、松井は、本人の意思とは無関係に、野茂、イチロー、松坂以上に、「本当のワールドシリーズを!」という、日本の野球ファンの夢を背負ってメジャーでプレーした野球選手だったと思う。
今後は、その経験を、指導者として生かしてほしいと思う。間違っても、選挙とか出ちゃダメよ。
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昨日で、今年の仕事をほぼ終えた。「終えた」と言っても、来週またあるわけで、後期は続くから、全然終えてないんだけれど。
昨日の新聞で、安倍晋三の奥さんの明恵さんの話が出ていた。彼女は、確か韓国ドラマ好きだったように聞いている。「もうやめた」とか言う記事がチラと流れたようにも思うが、それは、政治的なポーズで、本当のところはそうでもないだろう。一昨年自殺した俳優で歌手のパク・ヨンハの御母堂が、自著で、安倍夫人のことに触れていて、彼女自から、パク・ヨンハに「会いたい」と言ってきて、驚いたそうである。新聞記事にも、原発事故を受けて、エネルギーを使わない生活が出来ないか、講師を招いて勉強会などを開いたというようなことが書いてある。おそらく、明恵さん自身は、結構庶民感覚を持った人なのかなとも思う。
安倍晋三という人は、もちろんのことだが、「悪人」ではありえない。母親が安倍晋三と知り合いで、何度か会ったことがあるという学生が、私のクラスにいる。聞いたところでは、話好きの、「良い人」なんだそうだ。もちろん、人として良いのと、政治家として良いのは次元の異なる問題だ。「子孫に辱めを残すわけにはいかない」なんてのも、本当にそう思っているだろうが、残念ながら、子孫に辱めを残すわけにはいかないからこそ、国策の中で起こったことであるから、兵士や業者になり変って、政府が謝罪し責任をとるという態度が正しいし、そのほうが、国際的にも評価されるはずだ。肝心の国がトンずらしてしまったのでは、単なる、トカゲのしっぽ切りに等しい。河野談話や村山談話は、国際的にも評価されているのであり、むしろ、足りないくらいなのである。
ただ、政治家の家系で純粋培養されてきた人だから、父親や祖父の影響をかなり受けてきており、もし彼が、別の家庭に生まれていれば、今とは全く別の立場で活動していたのかもしれない、などと思う。私は、彼は、この度、総理になることはあまり想定してなかったと思う。尖閣や竹島の問題が追い風になり、民主党の体たらくもあり、彼が期せずして総理に帰り咲いてしまったということだろう。
相当深刻な病気を抱えていることも確かで、あの発声を聞いても、身体的なファンダメンタルがかなり弱いという印象を受ける。難題が降りかかり、抜き差しならない局面に来た時、彼は果たして耐えられるのかとも思う。メンタルな部分にもやや不安を残す。小泉純一郎のような「鉄面皮(鈍感?)」ではない。あの、金融緩和政策にしても、インフレにしたところで、中間層の賃金が上昇しない限り、実質賃金は下がることになり、得をするのは財界だけで、富の偏在の是正にはならないだろう。非正規雇用から抜け出せないでいるような層が−つまり、彼の親衛隊を構成しているかもしれないような層が−恩恵を被ることはありえない。この度、これほどの低投票率にも関わらず自民党が勝ったのは、地方の業界団体を見方につけたからである。建設業界などは、公共投資という部分に惹かれたろうし、農協などは、TPP不参加ということで自民党に投票した。日韓との外交問題で、強く出ることを期待して自民党に投じた人の実数は相当少ないと思う。であるから、経済問題で袋小路に入った場合、参院では困難な立場に置かれるであろう。外交問題というアキレス腱もある。これは彼の強みのようでいて、結構弱みでもある。とにかく、今の保守政党の頼みは、投票にくる無党派層ではなく、投票に来ない無関心層である。彼らが、積極的に立ち上がって、投票所に足を運ばない限り、自民党は安泰の構図である。その意味では、「なんも」新しくはなっていない。昭和に戻っただけのことだろう。
今、アメリカは「財政の崖」の議論の真っ最中である。100万ドル以上の富裕層に対する増税をするかしないかのところで、与野党の攻防が続いているが、共和党保守派の抵抗が強く、ねじれ状態の中で、どうやらまとまりそうになく、アメリカの経済は危機的局面に入り、これは恐らく日本の経済にも影響を与えるだろう。年収100万ドルと言えば、日本円にして8400万円である。日本的な感覚からいえば、それほどの所得層に対する増税は当然やるべきだと思うが、なかなかどうして、しかし、アメリカでさえ、このような議論がなされているのである。日本では、そういう議論はでてこない。お隣の韓国でも、保守が勝ち、経済の財閥主導が強まり、格差問題の解決が先送りされる可能性があるが、それでも、若いリベラル層がかなり厚く、5年後に向けての巻き返しをはかってくるだろう。
現今、日本に必要なのは、中道リベラルが票を託せるような勢力を育てることである。護憲派やリベラル志向の市民が目指すべきは、そのような層を強化するための連合形成に向けた働きかけをすることだろうと思う。少々時間がかかるかもしれないが、安穏ともしていられない。安倍がどんな人物であるとか、そんなことはどうでもよい。相手は、一国を背負った大の大人であり、私は主権者である。市民の生活や安全を脅かすような政策には断固反対であるし、外患を内政を動かす材料として使うのは、民意に対する冒涜であるから、これがはなはだしいようなら、断固批判していきたい思う。批判のしがいがあるほどの、手ごわい相手となることを望む。その意味でも、健康にはくれぐれも留意していただきたく、状況によっては、明恵さんにも相談すると良いと思う。
あと、数日中に、山に籠るが、その前に、景気の良い話をひとつ書いて、今年は終わりとすると思う。
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