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ケラー保安官は 拳銃をかまえながら 玄関から上がった。
水音はキッチンからなのか、近づくと、いっそう音が大きくなった。
ケラーはキッチンにつくまで、4つのドアを開け放して拳銃を突き出した。
しかし、どの部屋にも、侵入者の気配は感じられなかった。
(会社が倒産して、どうしようもなくなったのだろう。みんなで逃走したのかもしれない。
なら、家に人がいなくて当たり前だ)
ケラーは拳銃を下ろし、ホルスターにおさめた。キッチンでなぜ 水音がするのか不明だったが、
行ってみればわかることだ。廊下を奥まで進み、キッチンをのぞく。シンクがうなって、
蛇口から水がほとばしり出ていた。
(あわてて出たのだろう、廊下の破れた雑誌も、首のとれたおもちゃも、そのせいだ)
保安官は蛇口をひねって水をとめた。大きな音が消えたとたん、かつてレストランの
社長だった男の家は、シ〜ンと静まり返った。(異常なし)と報告しようかと思い、ケラーは
鼻先で笑った。
一応、裏庭も点検しておこうかと思い、ケラーは勝手口を探した。
会社が順調に行っているときは、ペットもたくさんいたのだろう。ランドリールームの隣りに、
ペット用のお風呂と 彼ら専用の出入り口があった。床には電子キーのついた首輪が落ちている。
この首輪をして出入り口に近づくと、電子音がなってドアが開く。便利な首輪ができたものだ。
勝手口を見つけてノブに手をかけたとき、ケラーは床に倒れこんでいる黒い影に驚き、
思わず拳銃に手を伸ばした。カーテンを閉じたままの部屋は 光が入らない。犬がまだ部屋に
いたのかと、かがんで確かめた。ぴくりとも動かない影に、かがんでさらに驚いた。
幼いこどもだったのだ。
「ジャスミン! ケラーだ。この家の家族構成はどうなっている? 2、3歳の男の子が
ひとり、まだ部屋にいたんだ」
「それは・・・養子ですね。こどもは女の子ばかり3人で、男の子がほしいと 半年前に
養子縁組をしています」
「なんだと〜! 自分達家族だけで逃走して、養子にした男の子は置き去りにしたのか!」
ケラーは無線を置き、リビングにもどった。ソファーに寝せておいたはずの男の子がいない。
あわてて廊下に走る。 階段をたどたどしく上っていく小さな背中が見えた。急いで追いかける。
男の子は2階に上がり、奇妙な行動をとった。
天井裏に上がる階段室のドア…そこに押し付けてあるライティングデスクと ドアの隙間に
入り込み、重いライティングデスクを自分の方に引き戻し、ドアを閉じたのだ。
(寝るのにしても、どうして寝室じゃなく、階段室なんだ?)
ケラーは腕に力をこめ、ライティングデスクを引いた。重いはずの大きなデスクが、軽々と
動いて壁に激突した。理由がわからない。デスクはまるでホバークラフトのように滑って
移動したのだ。
デスクの下にざらざらした粒子があった。そして、デスクの下から紙製のコースターが
見えていた。コースターを白い粒子の上に置き、そっとつま先を乗せて左右に動かしてみる。
(これは!?)
なんということだ。90キロはあるケラーの巨体を乗せて、コースターは自在に床の上を
移動していた。
ドアを開け、男の子を探す。窓がないので 廊下の明かりだけでは 見渡すことができない。
壁に手を伸ばし、スイッチを手さぐりした。ガツンと固いものが手に当たり、ケラーは思わず
叫んでいた。
どういうことなのか、明かりのスイッチの上に、板切れが3枚も 重ねて打ち付けられていた。
怒りに任せ、ケラーは階段室の小さなドアを、バリバリと引きはがした。
廊下からの明かりがまっすぐに入ってきた。男の子が、娘と同じくらいの男の子が、
床に敷かれたダンボールの上にひざをまるめて眠っていた。
長いこと ここで寝ているのだろう。ダンボールには、丸くなって眠る男の子の
からだの輪郭にそって、くぼんだ跡がついていた。
いくら養子だからといって、こんなことが出来るものなのか!
まだ3歳にもならないこの子を、ふとんもなしに、階段室に、しかもダンボールに
寝かせていたなんて! なんてことをするんだ!
ケラーは男の子を抱き上げた。さっきもそう思ったが、娘よりはるかに軽かった。
もしかして、まともに食事ももらえてなかったのかと、ケラーは吐き捨てた。
ネコのようにまるくなって眠る 男の子の左の親指が、すっぽりと根元まで
小さな口に くわえられていた・・・。
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