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四話
兵隊さんに抱きあげられて、やっと助けられた少女は、そのまま道端に放置されてしまった。
街中が、異様な光に包まれていた。どんどんと灰色におおわれていく空には、ただ、巨大化した
真っ赤な太陽だけが燃えていた。
自分より重傷のクラスメートを救護所に運ぶためか、兵隊さんたちは、すぐにいなくなった。
(こんなところで、ひとりぽっち・・・)
あちこちで上がっている火の手が、今にも、通りの向こうから、迫ってくるように見えて、怖い。
どうしていいのかわからずにいると、目の前に、14、5歳くらいの少年兵が近づいてきた。
どこかの工場で働いていたのだろうか、服はあちこち破れ、顔中真っ黒に汚れているのに、
それでも兵隊さんのような帽子を、しっかりとかぶっていた。
「どうしてこんなとこに、いるんだ!」
「足が・・・切れて、歩けないの」
少年兵は、少女の足にまかれた、体操服の包帯に目をやり、背中を向けた。
「ほら、おぶってやるよ」
行き先はこれといってなかった。家は、どっちなんだろう。建物は、みんな壊れて、
まるで、知らない「ひろっ原」だった。
少年兵は、少女をおぶって、なんとなく、太田川に向かった。川原なら、火の手は
やってこない・・・そう判断したのだろう。
大やけどをして、うずくまる人。
燃えている家に向かい、大声で、家族の名前を叫ぶ人。
からだが燃えて、骨だけになった人から、夢中で熱い骨を拾う母親。
頭から、背中から、おなかから、血を吹き出させながら歩く人。
かすれる声で、(この子に・・・水を・・・)と手を合わせた母親は、無傷の赤ちゃんの
そばで、息絶えていった。
助けてあげたくても、だれひとり、心が動かない。叫びは耳に、届いていた。でも…。
通り過ぎる人たちは、無表情のまま、そのそばを後にした。
かたむいて、火を吹いている電柱。焼けただれた電車。中に、黒こげの乗客たち。
「見るな!・・・」
男の子が叫ぶ。でも、もう、見てしまった。見ても、なんの感慨も浮かばない。心が動かない。
「ここにいたら、水もあるし、家族の人が見つけてくれるよ」
少年兵は、少女を川原におろすと、そう言って、去っていった。川原には、十数人が
座り込んでいた。
きれいで、底が見えるほど透明だった川が、今は、ひどく濁っていた。ときおり、
黒い人が、流れてくる。恥ずかしいところを、隠すこともできなくなって、ただ浮いて
流れてきた。
流れながら、気配を感じたのか、水の中から顔を上げ、何かを岸に向かって
叫んでいる人もいたけれど、誰も、動かなかった。棒きれひとつ、差し出さなかった。
原爆を積んで飛び立ったB29は、午後三時には、テニアン島に帰っていた。
歴史的な功績に、乗組員は大勲章を授与され、パーティーが始まっていた。
夕方、妖しく曇っていた空から、雨が降ってきた。熱い肌に、さわやかな雨ではなかった。
やけどのヒフにまとわりつく、ねっとりとした雨だった。
「黒い? 雨?・・・」
一瞬、そう思っただけで、少女の心は、ガラスのように壊れていった。
この朝、周囲は、さまざまな色に変化したと言う。
晴れわたった、青い空の夏の色。たちまち、あかねいろになり、紫になり、
信じられないほどに、色が、まざりあって見えたという。
現代人が、もしかしたら、一生に、一度は体験するかもしれない災害に、
少女は、短い時間に、これでもかというくらい、出会ったのだ。
お手玉をしていた友達は消え、吹き飛んだ建物、燃える家、電車、たくさんの黒い人かたまりを見て、
やけどのからだの人や、目の前で死んでいく人を見た。
でも、今は、呆然と、川を見ている。
目は、何かを見てはいたが、心まで届かない。
暑いのか、寒いのか、満腹なのか、空腹なのか、それさえもわからなくなって、
少女は呆然と、うずくまっていた。
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