心の散歩道

小説、論文、評論、雑記など、思いつくままに書くつもりです。読後の評価をお願いします。厳しすぎても結構です・・・。

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 強がってはきたが、年々、我が身の体力が衰えてきていることは、傍目にも明らかなはずだ。そ
 
の上、同居している娘は出戻りで、これから何が起こるか知れない小学生を抱えている。普段は
 
親の健康を第一にと心配してくれるが、彼女たちの生活費に、この身の年金が大きな役割を占め
 
ているのも事実だ。長生きして欲しいという言葉に、娘親子が生きるためには欠かせない収入だ、
 
という思いも大きいに決まっている。それを考えたら、老いによる消耗など、噯にも出せない。

 他国のことは知る由もないが、我が国の年金制度は、配偶者がいない本人が死亡した場合、
 
実子との同居に年金が果たしている比重がいくら大きかろうと、配慮も見せずに、切り捨て御免
 
に打ち切られてしまう。

「良い親でいて欲しい」

 亡き妻から末期に言い残されているだけに、娘親子の先々を準備せずに、死を迎える訳にはいか
 
ない。それを成し終えてこそが、亡き妻との約束を果たしたことであり、同居してくれた娘の優しさに
 
報いたことにもなる。

 そうなれば、心理的な流れとして、やり残していることはないかが気がかりになってくる。それを果
 
たすことが亡き妻との約束であり、同居してくれた娘の優しさに応える義務でもあろう。そんな焦りか
 
ら、1年前の手術の際には、切羽詰まって銀行を訪ね、許される時間内でそれなりの準備をして臨
 
んだのだった。しかし、生き延びた今、あの時の手続きだけで、残る者たちへの配慮が行き渡ったの
 
かというと、自信を持って断言できるだけの確信には至っていない。

 大した財産がある訳ではないが、それだけに、相続税だけでも少なくなるような工夫をしておいて
 
あげたいのが、親の本音である。だからと言って、重病という診断から外された今、準備を急くと、
 
新たな問題が派生したときに、苦い目に遭うことも起こり得るだろう。そんな思いが喉元の凝りに
 
なっていたのに、この1年、銀行を訪ねるまでの腰が上がらなかった。娘の逞しさを思えば愚かな
 
先走りだと、一笑に付されそうなことかも知れないが、それでも、僅かでも多く楽をさせたいという願
 
いが募ってしまう。余命の見え始めとは、ついつい必要以上の気配りが浮かんでくるものだ。何とも
 
切ない日々の繰り返しである。

 銀行のドアを跨いで渡辺氏を指名したのは、そんな思いを胸に秘めてだった。

「前田さん。これ以上の心配はいりませんよ。あれから1年。任された分の3分の2は、娘さんとお
 
孫さんの名義に移行されています。お二人に、通帳と印鑑が渡るように手配しておいていただけれ
 
ば、必要になったら何時でも出し入れできますよ。これ以上の気配りは、あなたの今後に不便を引
 
き起こすことも考えられます。まあ、残った分が贈与に指摘されるようなことがあっても、大した数字
 
じゃありませんから、この程度にしておきましょうよ」 
 
 

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