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なるほど・・・。自分では、相続税をゼロにすることが工夫だと考えてきたが、渡辺氏は、負担を感
じないほどの少額なら、相続税が付いても良いと言う。程度を考えなさいという訳だ。さすがは銀行
マン。数字に長けている。
「それに、前田さんのお考えは十分に承知しておりますから、こちらに全てを任せていただければ、 大きな声では言えませんが、今後についてもご希望通りに運べます。大船に乗った気持ちでいて
下さい」
1年前を思い出した。彼の進言では、年金以外の現金と債券を、残される二人の分として、徐々 に名義変更しておくということだった。定期的な移行では作為が見え見えになるので、生活色が臭
うように、少額ずつを乱数的な方法で移行してくれるとまで言ってくれた。これまでに二度も経過報
告が届いているので、渡辺氏の確かさは確認できている。その上での助言だ。もう十分だという思
いが、自信となって溢れているように映った。
「それでは、通帳と印鑑を受け取ることにしましょうか」 「そうですね。此処まで来れば、その方が良いでしょう。そして、時々、前田さんの手で、出し入れに 使用して下さい。こちらの方でも、為替の動きという危険要素もありますから、引き続き監視していき
ます。でも、私の退職までは、健康でいて下さいね。そうでないと、不安を取り除いたために気力ま
で失わせてしまったのではと、寝覚めが悪くなってしまいますから・・・。ハハハ」
ーー人として命を全うするとは、今後に間違いなく降り掛かってくる経済不安を、残される者のため に少しでも減らしてやることですよーー
退職金の運用を機会に知り合い、その時点で、こう、忠告されたのが、彼との付き合いの始まりだ った。その渡辺氏の教えは、5年後の今になって振り返っても、間違いなかった。大金を預けてしま
うことに不安そうな表情を見せていた妻も、黄泉の世界で、安堵しながら眺めているに違いない。
「前田さん。念のためですが、この娘さん名義の通帳は、あなたがお亡くなりになったときに、娘さん が必ず見る場所に置いておかなければ意味がありませんよ。病院や役所への手続きに、また葬儀
や諸処の出費に、『先ず現金』ということになりますからね」
「そうですね。これまでは、渡辺さんの氏名と連絡先を書いて手紙にしておきましたが、早速、その ようにします」
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