心の散歩道

小説、論文、評論、雑記など、思いつくままに書くつもりです。読後の評価をお願いします。厳しすぎても結構です・・・。

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管政権批判に思う

 地震ニュース関連の解説やトーク番組を見ていると、現政権に対する批判が80%以上にも
 
感じられる。特に、菅首相への風当たりが強い。その殆どが、国のリーダーとしての対応が後
 
手後手だという憤りだ。テレビ画面に映る発言者の言動には頷ける部分もあるが、批判ばかり
 
で具体的な方策も示せない発言だと気づいたときから、その人物に嫌悪感を意識するようにな
 
った。

 なるほど、管政権の対応のまずさは目立つ。それも、あれもかこれもかと溜息が出てしまうほ
 
ど鈍い。一日でも一時間でも早く落ち着きたいと願う被災者達の気持ちを考えたら、焦る気持ち
 
が生まれて当然である。しかし、彼らはニュースキャスターや評論家だ。被災者の気持ちを慮る
 
のは大事だが、自分が同じ気持ちや不満のまま発言して、何のプラスが生じるのだろう。

 地震による原発被害を聞いて、在日外国人の多数が帰国、日々一刻と伝えられる被害地域
 
の広さと犠牲者の数に焦りを駆り立てられる国民、道路伝染の寸断に線路や駅舎の破滅、そ
 
の上原発が不能になって停電である。生活破綻の酷さを考えたら、何から手を付けるか迷って
 
当然だろう。おそらく、命を取り留めた避難民も、状況判断が出来ずにぼうっとしていた時間が
 
長かったに違いない。

 一ヶ月半を過ぎた今でもまだ、原発による放射線被害の沈静化、田畑の塩害対策、街全体
 
に広がっている瓦礫の撤去、住民の二次的避難所の確保と安全と復興を踏まえた町作り構
 
想、住民の生活費教育費等や事業復活への援助と、一刻を争う行政への要求が列を成して
 
いる。だから的外れな政策だとか、復興への具体策がなく現場対策が遅いと言われるのだろ
 
うが、果たして本当にそうだろうか。

 チェルノブイリ原発事故から25年。たくさんの犠牲者を出したものの、被害者を別地点に移
 
転させて新たな町開発という政策を取った。しかし、チェルノブイリには、未だに高濃度の放射
 
能汚染地が広がっているという。福島原発の事故とはスケールの大小があるだろうが、原発
 
事故だけなのに、これだけの時間を要しているのだ。だとするなら福島原発の処理作業の遅
 
れは、一つ間違えば大変な状況になることを踏まえて、三度目の放射線被害とならないよう
 
にと安全第一を配慮して、多くの人の助言やアイディアを生かして進めてきたからではない
 
だろうか。

 同じように、他の対策の遅さも、先々を見通しつつ進めているからだと見ることも出来よう。
 
政策とは「あれをやったらダメだったから、これをやろう」という訳にはいかない。その上、慎
 
重かつ敏速でなければならない。政権とは批判されるためにあるのだから運命なのかも知れ
 
ないが、この一ヶ月半、敏速さばかり追い求めた報道に、管政権は悪者呼ばわりされたよう
 
に思う。それが、先日の選挙結果になったのだから、何とも気の毒に思えてならない。おそら
 
く、自民党政権であったとしても、これ以上の対策は無理だったろうに・・・。
 

 

報道のあり方

 テレビの地震速報を聞いていると、詳しい情報が説明された割に、胸に落ちるものがない。
 
放射能汚染度を示す単位も初めて聞く言葉だし、発電所の各施設の名称や機械の呼び名
 
にも親しみがない。

 それを知ってか、番組司会者が、解説者の専門用語を必死に砕いて説明してくれているの
 
で、その気配りに敬意を表して理解しようとするのだが、いかんせん、頷けるのはほんの一部
 
なのだ。

「状況を少しでも詳しく伝えたい」
 
 気持ちはよく分かるし、それでこそジャーナリストだという意気込みも有り難く思う。しかし、
 
この一刻一秒を大事にしたい時の報道はこれで良いのか、という思いが日を追う毎に強くなっ
 
ていく。

 時間の無駄とまでは思わないが、同じ時間を使うなら
 
「もっと伝えたいことがあるのでは・・・・」
 
 と気になってしまうのだ。自分の無知と理解力の無さが生み出す結果なのだろうと、自分に
 
言いくるめてはいるが、納得できない日々を過ごしているのも事実だ。
 
 番組制作者の皆さん、批判している訳ではありません。不満を言っている訳でもありません。
 
こんな思いの者もいることを含めて、今後あってはならない事件の準備として、無知な人々を
 
も引き込む報道とはどんなものか、ぜひぜひ、今回の経験を軸に考えていただきたいと、お願
 
いしておきます。
 
 
 歯医者さんの治療を受け、歯磨き指導まで半年ごとにお世話になっています。しかし、指導さ
 
れたとおりにブラッシングを行い、30分以上もかけて丁寧に磨いてきたのですが、始めの頃の
 
誉められた磨き方に気をつけているのですが、良い部分とダメな部分を指摘され続けています。
  
 その度に「どうして、グッ!!」と言われないのか、不思議でなりませんでした。が、先日(3月)
 
の検診で「強く磨きすぎですね。歯茎に傷が出来ているので、気をつけないと、このようになって
 
しまいますよ」と、歯肉が崩れた患者の写真を見せられました。  

 この指導で、「これまでの指導は、歯科衛生士の立場での指導で、患者の立場に立った指導
 
ではない」ことに気づきました。その内容を以下に書きます。
 
「歯磨き」も「ブラッシング」という言葉も適切ではない。磨くと言えば浮かんでくる言葉はピカピカ、
 
ブラッシングといえばこすり落とすイメージだ。どちらも、無意識に力を入れやすい表現ではない
 
だろうか。「軽くですよ」と指導されていたにもかかわらず、半年を過ぎる頃には力の配分が分か
 
らなくなっていたのだ。  

 この日以来、「歯磨き・ブラッシング」のイメージを、自分の意識から捨てるようにしました。その
 
代わりは、室内箒を想像しながらの「掃き掃除」です。結果、ブラシの先が歯と歯の間や、歯の付
 
け根に当たる感触が分かるようになったのです。おそらく、次の指導ではこれまでにない誉め言
 
葉が下されるだろうと思っています。そのくらい調子が良いのです。  

 「歯磨き」は小学校時代に学んだ言葉です。「ブラッシング」は大人になってからだったでしょう
 
か。もし、その表現が力を入れ過ぎる(自分の場合)原因になって、歯の疾病を呼びやすくしてし
 
まうとしたら・・・。最近は、そんな心配が歯ブラシを持つ度に浮かんできます。「掃き掃除」が良
 
い表現だとは思っていません。歯科衛生士さんがダメなら、ぜひ誰かが適切な表現を生みだし
 
てほしいと思っています。、
 
 

席を譲る行為から

 地震から10日目、交通規制実施に協力すために、走行数を減らして運行しているバスに
 
乗った。始発地点に近い停留所から乗車したので、運良く座席を確保できた。次の停留所
 
ではほぼ満席。それから後は、押し込めるだけ押し込むという、終バス並みの混みよう。
 
立っている者の辛さは、想像しなくても表情で分かるのだが、目が合うことを恐れて我が身
 
の靴先を見つめていた。

 バスは、そんな乗客の思いなど全く無視したまま、たんたんと次の停留所を目指して進ん
 
でいる。車内の横揺れが作用してか、揉み合っていたはずの乗客同士の間が緩めになった。
 
停留所間が一番長い坂道に入ったのだ。

「あと僅かの辛抱だ。次の停留所では、たくさんの人が降りるからな」

 自分の足先に見える他人の靴に話しかけた。

 予想通り、バスが止まると半数の人が降りた。対面の客が見えるようになった。どの顔も、
 
ホッとした表情をしている。と、思ったのも束の間。新たに乗車してきた客で、またもや足の踏
 
み場もないほどの混みようになった。車掌のアナウンスが聞こえても、誰一人、奥へ詰めよう
 
とする動きもない。

 そんな時、一人の老女が、他人の脇の下を頭で掻き分けるようにして、顔を出した。右手に
 
杖を持ってはいるが、使いようもない。いかにも心許ない動きをしている。考える間もなく、老
 
女の前に手を出し、その左腕を掴んでいた。

「大丈夫ですから・・・」

 老女の遠慮気味の声を聞きながらも、はや立ち上がっていて、その体を支えていた。

「地震で救われても、バスで怪我をしたのでは馬鹿らしいですよ」

 そう言いつつ、滅多に出ない笑顔が出た。

 普段に起こりうる小さな出来事だったが、ふと、疑問が生じた。

「この老女と顔を合わす前に、何人もの老人が目の前を通っていたのに・・・」

 である。無意識のうちに、人を選別していたのだろうか。
 
 
       
 知らなければ何も理解できない。質問されたり話題になっても、憶測で話すことになる。その
 
不安から逃れるために、大学までの学力を身に着けたのだろうと思っていたら、そうではない。
 
就職のためだという。だから思考範囲が狭い、「全体の奉仕者」を無視した大人達が増えてしま
 
った原因が此処にある。

 テレビラジオといった大衆への報道を例に見ても、視聴率アップを迫られるせいか、全体の奉
 
仕者という立場を弁えない報道や、無責任な番組設定を流している放送局も目に余る。楽は黙っ
 
ていても広がりやすいことは、報道の担当なら熟知しているだろうに、である。戦後間もなくの報
 
道機関は、「全体の奉仕者」という自覚が強すぎて、人々からは面白み不足だと言われたそうだ
 
が、一部の現代テレビに見られる「自尊心の欠片もない番組」と比較したら、どちらが良いと言
 
えるだろう。

 そんな番組が、批判も制約も受けずに蔓延るようになったら、世間はどうなるのだろうか。米
 
粒のような不安を抱えた眼で、ニュースの報道や政治・経済番組を見つめてみると、悪化とし
 
ての風潮が明らかに見えてきた。

 ユーモアと悪ふざけをはき違えた若者達の行動やなりふりと、他人のことまで面倒を見切れ
 
るかという成人までの感覚などは、テレビ報道によって作られたところが多いだろう。政治家や
 
経済界トップの思い上がりやあからさまな自己顕示欲も、そうした報道が生み出し、分別を弁
 
えなければ不信を招くという不安まで、彼らから取り除いてしまったのだと推測できる。

 政界の歴史を振り返ってみると、国会の議論が八方ふさがりにある場合、政権に対し、党利
 
党略より個々の案件を重視すべきだと、修正案が出たものだ。せめて、国民生活だけでも守る
 
のが政治家の務めであると、原点に振り返っての意見だろう。それなのに、現在の国会議員
 
達は、国民の不安などそっちのけで、責任転嫁の話題ばかり議論している。これが百年以上
 
の歴史を持つ国会の姿かと、憂いを感じざるを得ない。

 今日は、予算の大元が決定しなければ、大富豪以外の国民が苦しい状況に置かれる3月で
 
ある。それなのに、なお、自党の利を貪ろうとしている党がある。

 一般人の無知は、我が身に降り掛かっても我慢で凌げるが、他人や国に影響を及ぼす立場
 
に立つ者が、全体の奉仕者だという自覚を無にしてしまったら、国そのものの存亡まで危うくし
 
てしまう。無知への恥を、与党も野党も自らの立場から誤りを認め、速やかに本分としての協
 
議を再開して欲しい。
 
    追伸  この原稿を書いた後、大地震に見舞われました。この数日、一般市民の「全体の
 
         奉仕者精神」がテレビで放映され、少なくとも「一般の日本人には憲法の精神が
 
         残っている」と実感しています。よかった!!
    

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