心の散歩道

小説、論文、評論、雑記など、思いつくままに書くつもりです。読後の評価をお願いします。厳しすぎても結構です・・・。

流れ藻づくり

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 『流れ藻づくり』を書き終えました。ミステリーは疲れますね。長編となると尚更です。途中で、何度か、めまいに襲われ、急いでキーボードから離れてトイレに駆け込みました。自分の頭が宙に浮いているようで、視点が定まらなくなるのです。そうなると吐き気が伴ってじっとしては居られなくなります。いったん、それが起こると、その日は書き込みが出来なくなります。快復にまる1日掛かってしまうのです。目の疲れでしょうかね。肩こりも酷くなっています。首が半分しか回らなくなるほど凝りで固くなっています。それでも、だましだまし書き込んできましたが、めまいの原因が身体の異常かも知れないと思い、終わりが見えてきたところで病院にも行ってみました。
 検査結果は、内科、耳鼻科、脳神経外科、整形外科、耳鼻科のどの検査結果も異常はありませんでした。やっぱり疲労なんでしょうね。
 1週間ほど休んでから、今度は児童文学に挑戦してみます。まだ読み切っていない方は、その間に、ぜひ読み終えて下さい。コメントもお願いしますね。悪い感想ばかりでも結構です。
 追伸 長い文を毎日のように書き込んだ速さを、びっくりしたという感想を頂きました。でも、その場    で考えながら書き込んでいたわけではないのです。下書きが完成していたので、この速さで書き    込むことが出来たのです。そうでないと、まだ、半分も終わっていなかったでしょう。特に僕     は、考えながら書くと普通の人の3倍も時間が掛かる方ですから・・。
 これからも、よろしくお付き合いして下さい。では、また・・・・。 

流れ藻づくり (37)

     流れ藻づくり  (26)          中 島  諄
 その頃、東京へ向かう車中で、正木は瞑想していた。
 ー大洋に漂う流れ藻も、元は一本の海草や藻屑に過ぎない。海の植物を餌にする生物に出会えば、一瞬にして消滅してしまう存在なのだ。そんな一本一本が、群れて結びあうことによって大きなかたまりとなり、頼ってくる小魚たちを労る住処を作っている。幼魚たちは、その海草や藻屑に守られながら成長して、それぞれの時を迎えたときに、海洋へと独立していくのだ。小魚たちも流れ藻も、単独では弱者である。刑事もまた然りだ。三村利行、村井加奈子、水沢恵子も、また然りだ。だが彼らは、新たな流れ藻を作っていくことだろう。長池もまた、同じような存在だったはずなのだー
 電車が大船駅に着いた。ホームに流れるアナウンスを聞くと、正木は、加奈子から聞いた水沢恵子の車内での様子を思い出して、呟いた。
「しかし、水沢恵子が動かなかったら、長池に辿り着いただろうか。三村利行と村井加奈子が水沢恵子を動かさなかったら、警察だけで長池の犯罪を見抜けただろうか。いやいや、今回も彼らに煮え湯を飲まされていたような気がしてならない」
 正木の瞑想は、途切れることなく、江戸川まで運ばれていく。そして、勤務が終わってからも、際限なく続くに違いない。流れ藻が流れ藻を繋ぎ、いつか日本を囲むような長さと広さを持つようにする。それが正木の流れ藻作りであり、刑事という職を選んだ理由でもあるのだから・・・・。
 そして最後は、明日もまた、限りがないほどたくさんの非情な事件が待っているのだと、覚悟して眠りにつくことになるのだ。


              ー完ー

 

流れ藻づくり (36)

     流れ藻づくり  (25)          中 島  諄
 水沢恵子は、加奈子の顔を見ると、間もおかずに崩れるようにして泣き出した。加奈子はようやくの思いで倒れかかってくる彼女を支えながら、ロビーのソファーまで誘導した。
「ごめんなさい。加奈子さんの顔を見たら、ほっとして・・・・」
「もう、泣かないで。恵子さん」
「ありがとう。本当にありがとう・・・・」
「もう肩の力を抜いて下さい。終わったのですよ。水沢さん」
 上京して以来、落ち着いて寝ることも出来なかった三村は、背中にのし掛かっていた荷が軽くなり、脳内で痼りとなっていたものの重みも取り払われてホッとしていた。その晴れやかさを表現するには、難しい言葉はいらない。事件解決の安堵感は、「終わった」の一言に尽きるのだった。
「お世話になりました、三村さん。ありがとうございます」
 東京という大都会に住むことの恐ろしさを、誰よりも痛感した水沢恵子は、谷口の死以来、悶々とした日を送ってきた。抱えていた緊張感が抜け、心にぽっかりと空いた穴の軽さに、精神のバランスを戻せないでいる。
「あら、この指輪、この前は嵌めてなかったわね」
「ええ・・・・」
 水沢恵子の薬指に嵌められている指輪から、加奈子は、解明できないでいる過去の疑問のいくつかを思い浮かべた。
「そう・・・・。あなた達、婚約していたのね。もしかして、事件の一か月ほど前じゃないの」
「はい。突然、指を出してって言われて・・・・」
「そう。あの借金の三十万円は、婚約指輪の支払いだったの。あなたも谷口さんも、心から愛し合っていたのねえ。私、嬉しい・・・・」
「そうか。指輪を嵌めて長池と対峙したと知ったら、谷口も喜ぶだろうなあ」
 言い終わって、三村は加奈子の異変に気が付いた。
「・・・・おいおい、加奈子さんまで泣いてどうするの」
 どちらかというと、心の機微に疎い方に入る三村である。加奈子の顔を下から覗き込んだ。
「いやあん、鈍い人は、黙っててちょうだい」
「でも・・・・。もう、谷口さんに、会うことは出来ません」
 水沢恵子の短い言葉が、三村には切なく悲しい。
「いつか。いえ、気持ちが落ち着いたらでいいですから、谷口の母親に会ってやって下さい。彼にあなたという女性がいたことを報告したときに、『どんな女性でもいいから、会わせて欲しい』とせがまれているのです」
 彼女には複雑な思いがまだ残っている。何と応じたらいいか、返事を渋りながら眉間に皺を寄せた。その表情の意味を読みとって、加奈子が言った。
「谷口さんのお母さんが、恵子さんに会いたいとおっしゃったのね。良かった。私、お腹の赤ちゃんのことが気に掛かっていたの」
「・・・・」
 突然の指摘に、水沢恵子は声を失った。
「だって、あなた、亀戸駅に向かう途中で、急に足を止めて立ち止まったわね。そして、建物を見上げてお辞儀をしてから、また歩き始めたでしょう」
「え、ええ」
「その建物の前で、私も同じように立ち止まったのよ。そうしたら、三階の窓ガラスに、川井産婦人科と書いてあったわ。いつ、分かったの」
 水沢恵子に向ける眼差しが、精一杯の親しさと愛情で満ちあふれそうである。
「あなたが初めて訪ねてきた日です。三村さんと一緒でした。夕方になって急に気分が悪くなったので、近所の医院を訪ねたのです。そうしたら川井産婦人科を紹介してくれました」
 本来なら、谷口と共に訪ねたかっただろう。俯いている水沢恵子に、加奈子の腕がしなやかに伸びた。自分の胸に頭を沈めて目を閉じている彼女を、眠りにつこうとする幼子を眺めるような視線で抱きかかえた。
「谷口の赤ちゃんが・・・・。本当、えっ、すごい」
 驚きは、三村もまた同じである。
「慌てないでよ。そんなに喜んでばかりはいられないのだから」
 子どもが出来る。それだけで男は祝い事だと喜べるが、女は違う。腹に命を感じた瞬間に、人間関係の複雑なしがらみや育てる苦労をも覚悟しなければならない。
「えっ、どうして」
「だから男は駄目ねえ。まったく単純なんだから」
 二人の話が救いになったのか、水沢恵子の眉間から皺が取れた。
「私、産むつもりです。谷口さんの赤ちゃんですもの。それに私には、入院している母しか身寄りが居ません。その母も、今日か明日の命だと言われています。このままでは、寂し過ぎます。後で、谷口さんのお母さんを訪ねて、了解していただくつもりでした」
 加奈子の胸から起きあがった水沢恵子の顔には、谷口を失った悲哀も、人生を否定するような刺々しさもなかった。
 三人は、正木と藤城が近付いてきたのも気付かずに、話に夢中だった。
「そりゃあいい。今後のことは、私も協力するよ。私には子供は居ないが、何よりも子どもを欲しがっている女房という奴がいる。これがお節介でね。喜んでお産までの相談に乗ってくれますよ」
 正木の妻は、誕生からの江戸川区民である。何世代にも渡って受け継がれてきた世話好きの生活感が、彼女にもそのまま受け継がれている。正木は、彼が関係した事件の最後の始末を、これまでにも何度か手伝って貰ってもいた。この妻が居るからこそ、人情を大切にする刑事として勤めることが出来る。日頃からそんな妻を誇りにお思い、感謝する気持ちを大切にしてきた。
「あれ、正木さん。正木さんたちも、今夜はこちらへお泊まりですか」
「いいえ。これから署へ戻って報告です。帰る前に、ちょっと寄ってみました」
「そうですか。ご苦労様です」
「いいえ。水沢さんの元気が戻ったようで安心しました。では、三村さん、明日、署の方でお会いしましょう」
「はい。ここからの帰りに伺います。正木さん、あなたにお会いできて良かった。谷口に代わってお礼を言います。ありがとうございました」
「いいえ。これが我々の仕事です。藤城も、決していいかげんな刑事ではないのですよ。それから、水沢さん、明日、署の方でお待ちしています」
 正木から自分の名が出たのを幸いに、藤城は、胸の奥に刺さっていたくさびを取り除くことにした。
「三村さん、本官は、あなたにお会いできて光栄だと思っております。ありがとうございました」
 藤城のてれ笑いが、ソファーを囲む空気を和やかにした。正木と藤城は、これから三時間を掛けて戻らなくてはならない。
「事件が解決したのだもの、褒美に、止まってこいと言ってもいいのにね」
 加奈子は、声だけでなく、心からそう思った。
「いいえ、気持ちだけは有り難く頂いておきます。でも、私には江戸川の町作りという夢があります。今回の事件はその一つですよ。そのためですから、休養が必要なほど大変だったとは思っていません」
 二人は、仕事に追われている様子を残して、外で待つ熱海署のパトカーの元へ、引き上げて行った。加奈子は、二人がパトカーに乗り込むのを窓越しに見送ってから、続けた。
「ふふっ、藤城刑事って、思ったより素直な人ね」
「素直だから、私と喧嘩になったのかも知れませんね」
「お互い、素直と素直のぶつかり合いだったのね。出会いって不思議だわ。ふふっ」
「私は三村さんと加奈子さんに出会えて幸せです。正木さんが、私のマンションを訪ねてきた折りに、『二人は真心の人です。心を開いて甘えなさい』と助言して下さったの。その言葉に、素直に従って良かった。あのままだと私、世の中を拗ねて生きるしかなかったと思います」
「えっ、正木さんがそんなことを言ったのですか。知らなかったわ」
 加奈子には、正木もすばらしい出会いで得た友である。歳の差はあるが、喫茶スナックのママと同様、友としての親しさと大先輩としての畏敬を合わせ持った人として感じたのだった。仕事柄、店から離れてしまうと友達が出来ないでいた。しかし、今回の事件で、新たに三人もの友達が出来た。何となく谷口のプレゼントのような気がした。
 成人式を迎えたのを機に、新潟から上京して六年になる。寂しさに友を求めて、ただ当てもなく街を徘徊したのは、最初の一年間だけではない。友達らしい集まりを客として迎えたときや、若い男女が連れ立って店に入ってきたときには、何度羨ましいと思ったことだろう。加奈子は、谷口のプレゼントに、これからはそんな寂しい思いをしなくても済むように思うのだった。
「恵子さん、もう、自分の運命を嘆かなくて済むわね。頼もしい味方が増えるのですもの。どんなときも、きっと、貴方を励ましてくれるわ」
「ええ。生きる張り合いにします」
「谷口のお母さん、きっと喜ぶだろうな」
「挨拶に行ける準備が出来たら、連絡します」
 準備と言ったものの、何をすればいいのかも、まだはっきりしていない。全てがこれからのことである。彼女は、腹に手の平を当てて、見えない命の愛しさを感じ取った。
「そのときは、張り切って迎えに出てきますよ」
「私、加奈子さんに付き添っていただいて伺います。加奈子さん、お願いね。ですから、三村さんは、私でなく加奈子さんの出迎えに来て下さい」
「ええ。えっ、いえ、えへへ・・・・。」
「いやだあ、恥ずかしい」
 一つのテーブルから、いくつものテーブルへと、温もりが広がっていく。三人の話は、ロビーの照明が落とされるまで、尽きることがなさそうである。

流れ藻づくり (35)

     流れ藻づくり(24)          中 島  諄
「そこまでだ、長池。今の話、全部聞かせて貰ったぞ」
「何っ」
「もう、終わりにしようや。お前の計画は失敗したのだ」
「どうして、部屋にいる」
「今、お前が言っていただろう。隣は海か山だと。その奢りが、鍵を閉めるのを忘れさせたのさ」
「来るな。それ以上近付くと、こいつの命はないぞ」
「往生際が悪いぞ、長池。水沢恵子を殺しても、お前の罪は消えないのが分からないか。長池重吾、谷口功・前山虎一郎を殺害及び水沢恵子監禁未遂の現行犯で逮捕する。藤城、ワッパだ」
「はい」
「畜生、恵子。貴様、警察と連んでいやがったのか」
「警察を甘く見るな。お前は、谷口さんを殺害した夜、京成線の小岩駅から乗車したな。電車に飛び乗ろうとして駅員とぶつかったのを覚えているか。汗、びっしょりだったそうだな。駅員は、顔や服装まで、しっかりと覚えていたそうだ。前山の死についても、必ず証拠を掴んでやる。それから、過去にも似た手口で保険金殺人をしているな。保険会社からの告訴で、再調査の手続きが取られたそうだ。覚悟するんだな」
 正木は、谷口の歩道橋転落死事件を追っているうちに、この事件の解決が過去の未決事件をも払拭できることに気付いたのだった。
 これまでに、証拠不十分なために容疑者を特定できなかった事件があった。今回と同じように犯行を立証するのが難しい不審な事故もあった。首謀者が居るという疑問を持ちながら主犯を特定できなかった殺人事件が、最も悔しかった。それらの苦い凶悪事件を、改めて思い起こしていた。
 正木は、谷口の死が、保険金目当ての殺人事件であると確証を得た時点で、保険会社に連絡を取り、過去の事件について、保険金支払い時の様子も含めて洗い直しをするよう、要請していた。その結果が、江戸川署から熱海署に届いた保険会社が告訴したという知らせだった。
「うるせえ。証拠はねえんだ。俺は、取り調べには口を割らねえぞ」
「本性が出たな。だが、お前と水沢恵子のやりとりは、すべてこの場にいる刑事たちの耳に入っている。悪あがきはよせ。お前を裁くには、この事件だけでも十分なのだ」
「・・・・」
 愕然とする長池に、正木は説諭の声を掛けた。
「長池、漁師出身のお前なら、流れ藻がどんなものか知っているな。危険が多い大海原で、稚魚や弱い魚たちが頼って集まる避難所のような所だ。その流れ藻を見て、お前も俺も、同じことを感じ取った。だから、自分の身近に流れ藻を作ろうとしたんだな。其処までは悪いことではなかったのだ。ところが、お前はその流れ藻の性質を、人を殺すために利用してしまった。流れ藻は命を生かす目的で存在する自然現象なのだ。漁師の心意気を捨てずにいたら、悪の道に踏み込まずに済んだだろうに・・・・、気の毒な奴だ。だがな、それでもだ。お前が作った流れ藻を信じて、頼った者がいたことだけは忘れるなよ」
「正木さん、机の上に保険証書が二通ありました」
 熱海署の刑事たちが、証拠品の押収を始めた。
「そうか。やっぱり、ここだったか」
「熱海署に連行します」
 長池に掛けた手錠を引き、熱海署の刑事に続いて藤城も出た。
「頼むぞ。今後、合同の取り調べになるので、打ち合わせをしておいてくれ」
「はい」
 最後になった藤城を送ると、正木は視線を水沢恵子に移した。
「危なかったなあ、水沢さん。無茶はいけません。警察というものがあるのですから」
「済みません」
「長池という男は、暴力団の組員で、資金調達役という最も悪質な裏の顔を持つ男でした。人を殺すことなど躊躇なくやってのける奴ですよ。保険金請求という役回りがなかったら、貴方は即座に殺されていたでしょう」
「済みません。私、谷口さんが私と知り合ったために殺されたのだと分かったら、居ても立ってもいられなかったのです」
 水沢恵子は、恐怖と興奮にうち震えながらも、返事だけははっきりしている。
「それにしても、あなたが犯行グループに入ってなくて、ほっとしましたよ。では、ホテルまで送りましょう。三村さんと村井さんが、ホテルでお待ちです。今夜は貴方の側にいてくれるそうです」
 事情聴取が残っている。だが、逃亡の恐れはない。長池に刃物を向けたという程度の行為では、四角四面に扱うこともない。警察は市民との信頼関係で成り立つと考える正木は、信じられる者への対応に配慮する主義でもある。事件の日から一か月足らずのスピード解決だった。その上、過去の迷宮入り事件の手掛かりも得た。金森課長の嬉しそうな顔が、正木の脳裏に浮かんでいた。

流れ藻づくり (34)

     流れ藻づくり  (23)ー2          中 島  諄
「私はそんな悪党じゃない。二つの事件は、偶然の事故が重なったとしか考えられんよ。それに、谷口君が保険に入っていたなんて私は知らない」
「信じられません。前山さんと貴方との関係なら、谷口さんが保険に加入させられたことを知らなかったとは思えません。そして、その保険金の受取人を私にしたこともです。谷口さんの死が事故死と決定され、前山さんの死が自殺と確定されたら、私に保険金の請求をさせるつもりだったのでしょう。命の恩人である貴方に、私が逆らうことなんてあり得ないでしょうから」
 彼女が、自ら、逆らうことなんて有り得ない、と言った。長池は、水沢恵子の歯切れの良い攻撃の裏側に、自分への恩を忘れていない思いがあると感じ取った。
「もし事件の決着がそういうことになるなら、君が金持ちになればいいじゃないか。昔のように飢えて苦しむこともなくなるし、お母さんの治療に役立てることも出来るだろう」
 保険の話には引き込まれたくない。あくまで自分は知らないことにして処理したかった。だが、水沢恵子の話は、事件を高台から見下ろしていたのではないかと思われるほど、正確な推理が出来ている。長池は、その話の流れに吸い込まれるように入り込んで行った。たかが女と、侮った気持ちがなかった訳ではない。
「その代わりに、私を一生飼い殺しにするつもりだったのですね」
「そうか。そんなところまで考えて、ここへ来たのか」
「そうです。貴方が私と前山さんを助けたとき、あなたの頭には、もう保険金殺人の計画があったのだと判ったら、私、ジッとしていられませんでした。私は助けられたのではなく、利用されるために摘まみ挙げられただけだったのですから」
 自分の発した言葉に情けなさを感じて、自身をも責め立てる気持ちが涙を呼んだ。
「それで、私にどうしろと言うのだ」
「保険金は諦めてください。今の私には、夫を返して欲しいという気持ちしかありません。夫を殺した相手に協力して、保険金の請求など出来ません。それから自首してください。恩を着せられなくて済むようになったとはいえ、助けて頂いた恩は恩です。私も一緒に出向きますから」
 彼女に、毅然とした語調が戻った。長池は、言い訳が通用しないことを悟った。
「そこまで言われたのでは仕方がないな。お前の言う通り、俺は、エルザと前山不動産のオーナーだ。そして、谷口を保険に入れるよう指示したのも俺だ」
「谷口さんと前山さんを殺したことを認めるのですね」
「認めるも認めないもない。愚図と間抜けと運の悪い奴は、生きる権利がないということだ。初めの計画とは少し変わったが、今後の計画は、今お前が話した通りだ。死んだ者は戻らない。諦めて俺の言う通りにするのだ」
 弱者を甘い生活にどっぷりつかわせると、その生活を拠り所にすることしか考えられなくなる。その事が自分の生き様に影響を及ぼすようになったのは、彼が傘下に入った組織の資金調達役に上り詰めた頃だった。それは、漁師であったときに、知り得た人間操縦の方法でもあった。
 海洋で流れ藻に出会い、上から竹竿で叩いてみたら、その中から小魚たちが飛び出して、海洋へと散らばるように広がって逃げた。しかし竹竿を持つ手を休めると、飛散した小魚たちは、再び流れ藻へと戻ってきたのである。
 小魚を弱者に置き換え、それを操ることで利益を上げる。ホステスを育てて、一流どころへ派遣して上前をはねたり、ホームレスの男女を美人局に育て上げるなどは、そんな弱者の習性を利用した常套手段だった。彼が計画した恐喝には、一流企業の役員ですら餌食の対象になった。
 特にホームレスを利用するということは、失敗しても被害が自分に及びにくいことでもある。そんな悪行の中でも、最も利潤性の大きい一つが、保険金目当ての殺人だった。身寄りがなく城を持たないホームレスを使えば、捜査が及ぶ道筋を絶つことも容易に出来るからである。彼らが行方不明になっても、拘りを持って捜す者など一人もいなかった。彼らは、長池にとって非常に重宝な存在であったのだ。
 裏の顔を持つ生活の中で、荒くれた男としか親密な関係を持ってこなかった長池は、女を玩具か道具としてしか見ることが出来ない。彼にとって、弱者は男であろうが女であろうが、操れる対象以外の何者でもないのである。その操れるはずの女に弱みを突かれて論理的に追求されたのでは、操る側が操られることになる。とうとう立つ瀬がなくなり、怒りの感情が剥き出しになって、脅し文句しか出て来なくなった。
「嫌です」
「聞き分けがないことを言うな。俺がどれだけお前に目を掛けてきたか、よく分かっているだろう」
「いいえ、それも貴方の計画の内です。。利用するだけ利用して、必要なくなったら、ゴミでも捨てるように海へ放るのでしょう。私もいずれは邪魔になるはずです」
 水沢恵子は、自身の運命に前山の死をも当てはめている。もはや説得も通じない。長池は、彼女に諦めを迫るしかないと判断した。
「そんなことはない。お前は彼とは違う。前山は、私の協力者としては臆病すぎたのだ。三村という男が動き始めると、彼を何とかしろと電話で訴えてきた。彼に手を出せば、警察が事件として捜査を始めるから、返って面倒を招くことになると説明すると、今度はここへ突然やって来て、刑事が会社の周りを嗅ぎ回っているとか、金庫や保険のカラクリが疑われ出したと言って、オロオロしおった。谷口を殺している私を守るためには、死んで秘密を守って貰うしかあるまい」
「殺すことはなかったのです。前山さんはどんな状況になっても、貴方の秘密は守ったでしょう」
 もはや犯罪を隠す言葉はいらない。長池は、身内の男どもに使う言葉そのままに、語り出した。
「俺もそう思い直してなあ、『証拠はないのだ。知らぬ存ぜぬを繰り返して堂々としていれば、そのうち警察も諦めて、事件は事故死で落ち着く』と宥めたのだ。俺の名が表面に出ないうちは、即ち俺と前山の共謀だと分からないうちは、必ず事故死でカタが付くとな。かなり慰めた後で、警察との対応の仕方まで教えてやって、今後はここへ来るなと言ったのだが、奴は俺に自首をしろと言いやがった」
「それで殺したのですか」
「仕方なかった。頷いて庭へ誘い、当て身を喰らわせて、苦しんでいる間に靴を脱がせ、この先の崖から海へ投げ落とした。薄暗くなっていたので、目撃される心配もなかった。それにこの辺は海水の流れが速く、何処へ流れ着くかもよく分かっている。完全に暗くなってから靴とカバンを岩場に置いてきたのだ」
「人でなし」
「そんなに怒るな。谷口も前山も、それなりの運命だったのだ。もう少しましな人間なら、運命も変わっていただろう」
 本来なら、この言葉は、水沢恵子に保険金の請求をさせるための脅し文句でもある。裏の顔を見せた長池には、それだけの凄みがあったはずである。しかし、今の彼女には、それすら通じなかった。
「許せません。私、あなたを許しません」
 今までにも増した厳しい口調で言い切ると、バックから果物ナイフを取り出し、長池に飛びかかった。
「な、何をする。そんな物まで用意してきたのか」
「私,あなたを刺して、私も死にます」
「冗談じゃない。お前は、保険金の請求までは大切な体だ」
「やっと本音が出ましたね。私はあなたの道具ではありません」
「お前の力では、俺を殺すなんて無理だ。しかも命を救って貰った恩というものがある。どうしても死にたいというなら、その恩を果たしてからだ」
 長池は、暴力で生きる世界の修羅場をくぐり抜けてきた男でもある。元の姿に変貌されては、水沢恵子の振るう果物ナイフ程度は玩具でしかない。恐れる様子もなく突かれたナイフをかわすと、彼女を組み伏せていた。
「いやあ、いやあ」
「いくら暴れても叫んでも無駄だ。隣は海か山だ。誰にも聞こえやしないさ。はは・・・・。俺に協力する気になるまで、地下室で頭を冷やしていろ」
 そのとき、居間のドアが開いた。そのドアの向こうには、長池にも見覚えがある正木を先頭に、数人の刑事の姿があった。誰も来るはずのない室内に忽然と現れた刑事たちに、長池は呆然とした。

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