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今週久しぶりに飛騨高山の千光寺に行って来ました。

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階段脇にある石仏、明治の頃の作です。

境内にある「円空仏寺宝館」に所蔵されている円空仏がどれもこれも素晴らしいです。

とりわけ閲覧順のとりをつとめる両面宿儺は抜群に私は好きです。

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人間の持つ本来的な心情が縦横無尽に混在しているように思え何時間でも観賞できます。私は数ある円空仏のなかでも白眉といえる逸品だと思います。

根付新作展示会

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来月10日(水)から16日(火)まで、西武池袋本店にて展示会があります。
私の作品も三点出品します。興味あるかた足を運んでいただければ嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

根付彫刻126

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「慧可断臂図」完成しました。
一度もろもろの諸事情により挫折したんで作り直しました。

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染め上げも含め良い出来に満足しています。

オウム真理教の本質

世代的にはやはり感慨深いものがあります。今回の麻原含む幹部ら死刑囚の死刑執行。
ずいぶん前に読んだ高村薫の書籍にあった正鵠を射ていると思われるオウムの本質があります。


「〜しかしながらどんな宗教団体も自らの生活や布教のためには現世の経済活動を必要とするため、実際にはさまざまな妥協が行われる。しかも一般に、宗教は現世の富の放棄と禁欲によって信者の崇拝と寄進を受け逆に富を蓄えていくとゆうパラドックスを持つ。これはオウムも例外ではなかったが富を蓄えるにつれて世の宗教が社会と敵対をやめて行くのに対してオウムは基本的に最小限の妥協しかしなかった。これはとりも直さずオウムが現世拒否的な宗教的情熱を常に再生産し続けるのに成功したことを示すが、成功の理由はたぶん経済活動よりもっと完璧な敵対者すなわち国家を発見したことに因るだろう。これを裏返せば現世拒否を貫いて得られるはずの内面的救済がますます危うくなったということであるが、その理由として一つにはカリスマたるグルが宗教的情熱や能力を失ったことが考えられる。また一つには、私たちの仏教が直観智というかたちで諸法空相を説くような謂わば最終的な抜け道をしての思索の体系という緩衝材を彼らの救済財がもたなかったということがあろう。私たちは諸法空相を言いつつ同時に諸法実相とも言い『Aではないが、Aでないのではない』というかたちで世界をそこそこ相対化して折り合うが、個々の神秘体験を絶対化するオウムにはそういう芸当は出来なかったということだ。ちなみに、宗教を宗教たらしめる緊張関係には、もう一つ芸術と性愛があるとマックス・ウェーバーは書いているが、オウムはこうした審美的領域とは無縁だったので、ここでは触れない。」高村薫「太陽を曳く馬」より



遠回しに麻原は俗物と決めつけている訳です。間違いないと思います。

小坡美術館

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昨日今日と国際根付彫刻会の伊勢例会でした。初めての参加で少し不安でしたが、多くのリスペクトできる先輩方の経験談や根付芸術に対する意見等を聴くことが出来てたいへん勉強になりました。

例会が終わったあと日本画の伊藤小坡(いとうしょうは)の作品が多く所蔵されている小坡美術館に会員の仲間に誘われ足を運びました。こぢんまりとした居心地の良い美術館でした。
伊勢はまだ知らない見所のある場所があるんだと思いました。
okeya
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